第4話 家族と晋作

家に案内する、そう晋作に言った。

僕は独り暮らしではあるが実家はすぐそばにある。

そもそも魚を捌けないから母親にお願いするしかないのだが、最近ご無沙汰なので一応連絡しておかねば。


「高杉さん。今日は魚を母親に調理してもらうために実家に帰りますね」


政宗はそう言うと


『七色魚か。あまり食欲が湧かないがせっかくだから頂戴しようか』


晋作はニジマスの見た目があまり良い印象でなかったのか歯切れが悪い。

考えてみれば長州に北前船が来たとしても鮭は高級魚だったろうし、鮭の姿を見る機会はほとんどの人が無かったんじゃないかな。

鮭の姿を見たらニジマスは大丈夫だと思うんだけど。


『さて、君の家族には僕の存在を言わんでくれ。見えないものを信じろというのはいささか無理がある』


晋作は続けて


『例え理解したとしても君の家族には意思疎通が効かん。

こちらも心苦しいものがあるのでな』


そう言うと先程座っていた所に戻った。

政宗も好奇心だけでこの人物に苦心させるわけにはいかない。

本当は声を大にして言いたいのだが、晋作も何か目的があって来ているのだから尊重すべきだろう。


「分かりました。家族には黙っておきます。もちろん他の人にも」


政宗はクーラーボックスを肩に担ぎ家に向かって歩き出した。


「高杉さん、こちらです」


晋作が歩いてくるのか心配だったが普通に周囲を見ながら歩いている。

橋から離れアスファルトの道路に差し掛かると


『この道は随分精錬されてるな。土のようなヘコみもなく実に歩きやすい』


物珍しそうにアスファルトを足で踏みつけては擦ってみたりして当時とは違う時代の道を堪能している。


逆の立場ならどうだろう。

僕ならきっとパニックになってその時代を堪能することは出来ないと思う。

そう考えるとやはり昔の人は強い。

そんな事を考えながら歩いていると向かいから車が来た。


「高杉さん、あれは車といって移動に使う乗り物です」


政宗は少し得意げに説明したが、当の本人は政宗の話が聞こえなかったらしい。


『時代も変わると雰囲気も全く違うものだな。同じ日本とは思えん』


車、住宅、電線、電灯などどれを取っても幕末には無い。一つ一つが理解を超える存在である。

それが僕らの世界では"当たり前"なのだ。


『ふむ、鉄の箱が牛馬を使わないで動く。昔、友人とこんなのがあれば…という話の中にあった一つが現実となるか』


晋作は走り去る車を目で追いながらそう呟いた。


『蒸気船を見た時もそうであったが、目新しいものを見るとどうも中身を知りたくなる。まぁ、ゆっくり君に教えてもらうとしよう』


全てが目新しい現代に興味津々な晋作。


逆に政宗は説明出来るか不安であった。

現代の誰もがそうであろう。

いきなり当たり前のものを説明せよ、と言われたら中々出てこないものだ。

政宗もいきなり核心をつかれたら…と思うと落ち着かなくなった。


『政宗君、今回私がこの時代に来た理由が少しずつ見えてきた。

ところで君は僕が蒸気船員の修行をしたのを知っているかな?』


「いえ、存じ上げません」


『そうか。なら良いのだ』


晋作はそう言うとまた歩き出した。


春とはいえ夕方になると肌寒い時がある。

政宗は晋作が風邪を引かないかと思ったが、そういえば幽霊みたいな存在だと思い返したら何故か可笑しみが込み上げてきた。


もう少しで自宅に着く。高杉さんとの本当のお付き合いもこれからが本番になるだろう。

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春風と共に サクラ @sakuratogyo

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