第3話 何気ない会話の中で
『魚とは目に見える場所にいるのは案外釣れない。
うまい釣り人は水面だけを見るのではなく、その周辺の流れを見るものだ』
「周辺の流れですか?」
『左様。 川の流れや鳥の動き、草の生え方や地形などから様々な憶測が出来るものだ。釣りひとつとっても実に学べる事が多い』
晋作はそう言うとその場にゴロリと寝そべった。
『人は経験が無いと憶測も出来ぬ。今のは釣り人から聞いた云わば机上の論、僕も釣りはほとんどやらぬ。だからそれを参考に君は経験を積み給え。僕も憶測をしながら見ていよう』
政宗は言われるがままに釣りを始めた。
そう言われると橋脚(橋を支える柱)部分の川の流れが変わっている。
もし身を隠すならこの辺ではないかと試しに投げてはみたが、一向に釣れる気配は無かった。
『なかなか釣れんのぅ』
晋作は半分寝ていたのか眼をこすりながら言った。
「面目なき事です……」
政宗は後ろにいる晋作の目を感じながら一心不乱に投げてはいたが所詮は素人、動かし方も下手くそなんだろう…
当たり一つ取れずに心が折れてしまった。
「高杉さん、すみません… やっぱり釣れませんでした」
政宗はガックリと肩を落とすと
『そう気を落とす事はなかろう。魚も命がけだ、そう簡単に釣られる訳にはいかん』
晋作はゆっくり起き上がると川を眺めながら指を差し
『政宗君。あそこに水草が群生している場所がある。 あの辺りに投げてみたまえ』
政宗は言われた場所に疑似餌を投げる。
するとすぐガツンッと当たりが来た。
「うわ!! でかい!」
竿は折り曲がり、リールはギーギー音を立てなかなか巻けなかった。
それでもしばらくすると魚は疲れたのか少しずつ大人しくなった。
「もう少し、もう少し…」
政宗は必死に巻き上げると体長50cmくらいの魚が上がった。
「やった、釣れた!」
それは綺麗なニジマスだった。
政宗が投げていた所からほとんど離れていなかったが、鶴の一声によりアッサリと目的を達成した。
『ほう。これは見事な七色の魚だ。何という魚だ?』
晋作は興味深そうにのぞきながら尋ねた。
「これはニジマスという魚です。僕も詳しい事は知らないのですが、食べると美味しい魚なんです」
『ニジマスと申すか。これは鮒や鯉などとは全く違った魚だな』
晋作はこれが食べれるのか…と半信半疑な目でニジマスを見ている。
「でも流石は高杉さんですね。一発で釣れる場所を見抜けるなんて」
晋作は笑いながら
『君が投げていない場所を言っただけだ』
政宗は拍子抜けを食った形になったが、どちらにしても一発で魚の在り処に行き着くのはある意味凄い。
いや、投げてない所をしっかり把握している辺り、やはり抜け目がないといったところか。
こうして釣り上げたニジマスは後に食卓にのぼる訳だが、政宗はふと気付いた事を晋作に聞いてみた。
「高杉さんはご飯食べますか? というより食べれますか?」
そう、相手は実体がない。
他に食事、睡眠、トイレなど色々気になったが、まずは食事を確認したかった。
『食べると言えば食べる。食べるなと言われれば食べなくても問題ない。 僕は好きな時に食べるのでその辺りは気にしないでくれ』
晋作はそもそも僕は幽霊みたいなものだとカラカラ笑いながら答えた。
そうなんだ…と思いながらも実際見えている姿が人間そのものである。
政宗は釣れたニジマスを持ってきたクーラーボックスに入れ帰宅する準備をした。
「高杉さん、今から家にご案内します。家族にも紹介しますね。父親なんかはびっくりしますよ」
『それには及ばぬ。君以外の人間には僕の姿を見ることが出来んのだ』
晋作はそう言うと懐にあったピストルを取り出し、橋脚に向けて照準を合わせた。
政宗は慌てて
「高杉さん! ここで鉄砲撃ったらまずいですよー!」
言い終わる前に晋作はトリガーを引いていた。
"パーン"
弾は見事に橋脚の真ん中を撃ち抜いた。
『なかなかの腕だろう?これは香港で買ったもので良く当たるピストルだ』
政宗はこれはやばい…と思い、橋の下から出てさらに周囲を見渡す。散歩をしている数人がいたが全く慌てる素振りもなかった。
『安心せい。音も君にしか聞こえん』
よく見ると橋脚についた弾痕が消えている。
政宗はホッと胸を撫で下ろした。
『万事この調子だ。僕もいささか拍子抜けなのだが、これはこれで良い時もありそうだな』
晋作はピストルから出ている煙をフッと吹くと懐にしまいそう言った。
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