風来彷――暗ラッキー7の男――
如月風斗
第6件
俺は自分に合った仕事を求めて様々な仕事を転々としている。だが、未だに理想の仕事に出会うことは出来ていない。
今日から俺は警備員のバイトを始める。地方特有の、モールとまではいかないがそこそこ規模の大きい商業施設の警備だ。
静まり返った店内はどこか不気味さがある。厳重なシステムの扉を抜けると警備室だ。鍵が無ければ内側からでも開けられないタイプで、ここだけ造りが頑丈である。中で社員の七瀬さんに制服を渡された。
「まあ気をつけてね。二人一組だから大丈夫だと思うけど」
「分かりました」
二人一組と言われたが、室内には誰もいないじゃあないか。もしかしたらもう、店内で待っているのか。七瀬さんは眠そうに目をこすり、パソコンを眺め、時々整えられていない髭をボリボリと掻いている。どうやらそこまで忙しいわけでは無いらしい。
店内に入ると、遠くに小さな光が見えた。それに向かって進むと、段々姿が顕になる。真面目そうな青年で、警備員の制服が良く似合っていた。
「今日からよろしくお願いします。福田です」
「よろしくお願いします」
一通り挨拶と概要の説明を受け、店内を見回り始めた。といってもさほど店舗数があるわけではないので、やることは限られている。
「大体こんな感じですね。何か質問はありますか」
「うーん」
考えるフリをして辺りを眺める。それといって複雑なことでは無いため、質問は何もないが。
すると、ふとマネキンに目が行った。なんてことの無いマネキンだが、どこか引っかかる。ああ、そうか。帽子屋なのにマネキンに帽子がないのか。
「何か質問ありました?」
「あっ、いえいえ。大丈夫です」
何事もなくその日のバイトは終了した。警備室に戻ると七瀬さんは帰ったらしく、静まり返っていた。やはり社員はいいな、とつい俺は思ってしまった。
次の日、警備をしていると昨日のマネキンには大きな麦わら帽子が被せられていた。帽子が無かったのは、季節物を入れ替えるためだけだったのか。
しかし、昨日とは違って、今日は通路に車のおもちゃが転がっていた。
「たまにあるんです。こういう忘れ物って。後で僕が届けておきますから」
「ありがとうございます」
たとえ忘れ物であっても、こんな道の真ん中にあるのは不自然では無かろうか。まあ、俺には関係のないことであるが。
その次の日は、誰もいないフードコートから肉の焼けるいい匂いがしたような気がした。夜中で、しかも一瞬であるから、気のせいというのも十分あり得る。
またその次の日は、トイレの電気が一つだけついていた。これもまた、センサー式の電気では無いことから、十分に消し忘れはあり得るとのことだった。
この調子でとうとう土曜日までの一週間、少し不自然な忘れ物やおかしな現象が続いた。ここまで来ると今日は何なのか気になってしまう。
「今日も何かありますかね」
「そうかもしれませんね。よく見ておかないと」
だが、その期待に反し、店内には何も違和感も忘れ物もなくバイトが終わろうとしていた。
「ちょっと期待してしまいました」
福田くんは恥ずかしそうにして言う。俺だけかと思っていたが、真面目そうな福田くんも流石に気になっていたのか。
いつものように警備室に入ると、珍しく七瀬さんがまだパソコンを眺めていた。
「七瀬、さん?」
どうしたのだろうか。福田くんは七瀬さんを見るやいなや立ち止まり、凍りついたように動かない。こんな福田くんだが、何かミスをしたのだろうか。俺なら気にせず流してしまうだろうが、正直な性格故にできないのかもしれない。
「七瀬さん、なんですか」
「……」
七瀬さんは何も言わずただただパソコンを眺める。無視をすることは無いのではないだろうか。案外七瀬さんも面倒な性格らしい。
「七瀬さん。返事だけでもしてあげてくださいよ」
「彼に返事をする理由はない。俺を殺したも同然の奴にな」
「えぇ?」
福田くんは何も言わずに固まったままだ。早く謝ってしまえば良いものの。
しばらく経ってから、ようやく重い口を開いた。
「あの時は本当にすみませんでした。僕、七瀬さんが警備室にいたって知らなかったんです」
「……」
「本当ですって!! それに、臨時休業で日曜から一週間開かないなんて……」
「……」
一体何の話をしているのだろうか。俺がここに来る前ということは確からしいがいまいち内容が把握できない。
「福田くん。別に恨んではいない。ただ、不幸な7日間を恨んでいるだけだよ。助けてほしくなかったと言えば嘘になるがね」
七瀬さんの、じっと福田くんを見つめる目に光は宿っておらず、重苦しい。
「ゆっ、許してください。七瀬さん――」
福田くんは怯えた目に涙を浮かべ、七瀬さんの方を見つめる。ただ、そこにあの人の姿は無かった。
風来彷――暗ラッキー7の男―― 如月風斗 @kisaragihuuto
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