第17話 大団円

 準備さえしっかり整っていれば、実際の解呪はほとんど流れ作業のようなものだ。特にニーサは仕事はその傾向が強い。


 さらにセルールの運営技術がそこに加われば「ポジーリの丘」を取り巻く多くの見物客でさえ、しわぶきは聞こえるものの、静かにその時を待たせることも可能だった。


 ダルシアの街は宵闇に包まれて、ただひたすらに白い鳥が「呪い」から解き放たれ瞬間を待っている。


 そんな中、ニーサはコサージュから四つの宝玉をロメロ家の執事に渡した。続いて四人の女中がそれぞれに宝玉を持って、所定の場所へ向かう。


 「ポジーリの丘」に陣を描くためだ。実際、解呪が行われるのが、この時刻になったのは光で陣を描くことが絶対条件だからこそ。


 四人の女中は、それぞれに合図を送り合って調整を進める。幾らかはならしたとは言え、平坦と呼べない場所だ。ニーサが用意されていた壇上に登り、陣を確認して行く。


 いよいよ解呪が始まった、と見物客からも声が上がり「見えない」「どうなっている」などの声が上がるが、丘の上の木に登った者たちが親切に――あるいは自慢げに陣が描かれる様子を皆に伝えていた。


 やがてニーサがうなずき、女中たちがその場を離れて行く。そしてニーサは白い鳥――ナッシュを正面から見据えた。


 ニーサが懐から、ペピータの助けもあって完成させた刺繍をナッシュに見せると、説明された段取り通りであることを理解したのだろう。

 はっきりとわかる仕草で、白い鳥ナッシュはうなずいて見せた。


「では、行きます!」


 ニーサは宣言し、それとほとんど同時に生地が燃え上がる。刺繍されていた糸がほどける。ナッシュの――大きな白い鳥の全身を覆うように。


 それでいて広がる糸は秩序を持って空中に陣を描くのだ。

 

 宵闇に浮かび上がる四色の光。「ポジーリの丘」ごと覆うような陣の見事さは、見物客からもはっきりと確認出来る。

 大きな歓声が上がった。目の前で繰り広げられる超絶の光景に吸い込まれるように。


 その声に応えるように、陣はさらに発光し、まるで「ポジーリの丘」に太陽が生まれた様だった。そして。その光が中心へと集まって行くと――


 明るい茶色の髪、アイスブルーの瞳。そして工房の徒弟姿の青年が中央に現れた。


「ナッシュだ!!」

「ああ、間違いない、ナッシュだ!」「良かった……本当に良かった……」


 見物客か声が上がった。

 ライアンとメラニーは声を出すことも出来ずに、抱きしめ合いながらナッシュの姿を確認すると共に涙を流している。


 カティアも目元を抑えている。まだその資格はないと言わんばかりに、静かに、それでいて深く深く声を飲み込んで。


「さぁて、ここからが大変!」


 ニーサは壇上でローブを脱ぎ捨てると、そのまま壇上から軽い身のこなしで飛び降りる。その姿、技は昼の間に皆を楽しませた大道芸の芸人でさえ及びもつかないほど華麗なものだった。


 跳ねる銀鎖ぎんさ。その銀鎖にまとめられた緑の髪もまた跳ねる。

 アゼリアの瞳が宵闇を貫く。


 その光が人々を魅了する中、ニーサは人間の姿を取り戻したナッシュの身体を担ぎ上げた。


「はいはい。まだまだ忙しい。ナッシュ様。失礼しますよ!」

「あ、ああっと、ありがとうニーサさん」


 どこかズレたようなナッシュの返事。それに笑みを漏らすニーサ。

 だがそれ以上は何も言わず、担ぎ上げたナッシュを地面に描かれた陣から放り出した。


 それもまた段取り通り。

 待ち受けていたライアンとメラニーが、ナッシュの身体を受け止めた。


 そして三人は笑い合う。共に涙する。

 再び会うことが出来た喜びを分かち合う。


 一方でニーサは、宙返りしながら陣の中央に舞い戻った。

 その技に、再び見物客から歓声が上がるが、それが小さくなって行く前に、再び変化が現れる。


 糸が――フルトの固まりのようにも見える光が、陣の中央にいるニーサの周りを取り巻く。そしてその光がニーサに吸い込まれてゆく。

 ニーサはそれを平然と受け止めるかに思われたが、


「うわぁ、これは大変」


 と、声に出すと人差し指を一本立てる。途端にその指先に白い羽が出現した。

 続いてニーサは中指、薬指小指と順番に立ててゆき、そのたびに白い羽が現れる。


 合計で四本。


 それを鮮やかな手さばきでまとめると、ニーサはそれを持ったままで大きく手を振った。


「はい! これで解呪は終わりました! ロメロ家の皆さんにご助力いただきまして、何の問題もなく!」


 あまりに順調に事が運んだせいなのだろう。

 改めて歓声を上げるタイミングを見失っていた見物客から、この日一番の歓声が上がった。

 それはもはや悲鳴に近い。


 そんな大歓声の中、ニーサは呪いから解き放ったナッシュに改めて向かい合い、こちらも改めてのナッシュの感謝の言葉を受け取った。


 受け取る感謝はナッシュからのものだけでは無い。

 セルール、それにここまで輿に乗って姿を現していたペピータ。

 もちろん、ライアンにメラニーも。


 さらにナッシュが世話になっていた工房の親方や仲間たち。

 それが終わると、ダルシアの街の住人が興奮したままニーサに握手を求め、さらにセルールが大盤振る舞いを宣言したことで、さらに騒乱の度合いが増してゆく。


 すっかりと夜は更けているが、そこかしこで明かりが煌々と灯され、誰も寝ようとはしない。見知らぬもの同士で喜びと酒を分かち合い、そこかしこで声が上がる。


 いつ終わるかもわからぬ、誰も止めようとしない祭り。

 やがて、誰が祭りの主役かもわからなくなった深夜――


                ◇


「はい。探してたんじゃないの? それにいい加減寒いでしょ?」

「ありがとう。寒くはないんだけどね。やっぱりこの格好は恥ずかしいし」


 言いながら、ニーサはカティアが持ってきたローブを身にまとった。

 そしていつの間にか回収していた四つの宝玉をコサージュに戻す。


 するとその肩に紅い鳥がとまった。


「あ、フェンディ……本当に戻ってくるのね」

「言ったとおりでしょ?」


 深夜のダルシア。喧噪から離れた街角。二人は無造作に積まれた樽と木箱の上で、笑みを交わし合っていた。

 それだけで十分と言うように、二人はしばらくの間、無言で時を味わっている。


 そのうちに、目を閉じたままのカティアがニーサに尋ねた。


「……ねぇ、あなたの秘密って何? もうどうでも良いことのように思えるけど」

「そういう約束だったわね。うん、あのね。私ってフルトが一欠片もないの。当然、支術なんか使えない」


 その「秘密」に、カティアは目を開けた。

 そしてまじまじとニーサを見つめる。


「大体、手遊てすさびで代用できるのよ。生地に細工して、あとは指先をちょいちょいって動かせば」


 まるで言い訳のように。

 けれど、言い訳のわりには堂々と。


 そもそもそれだけで、あの解呪が説明出来るはずもない。

 ニーサの裏側には、どれほどの秘密が潜んでいるのか。


 けれどカティアはもう一度、目を閉じた。

 ニーサの表情、仕草。そういったニーサの表側に喩えようのない愛しさを感じて。

 それだけで十分だと感じて。


 そして今度はニーサからカティアに話しかけた。


「……さすがに眠くなってきたわ。今日も泊めて貰える?」

「喜んで」


 そして二人は「家路」を辿たどる。

 そんな二人の様子を見て、赤い鳥が「ヤレヤレ」と鳴いた。


 ――こうしてダルシアの街におけるニーサの活躍は終わったのである。


                          了

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解呪士ニーサの裏表 司弐紘 @gnoinori

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