第16話 フェンディの正体

 いよいよ解呪の時が迫ってきた。太陽は大きく傾き、街は朱に染まっている。長く伸びた建物の影が、そこかしこに暗闇を作り出していた。


 その暗闇に潜む、四つの人影。解呪がお祭り騒ぎになったので、ダルシアには今、見知らぬ顔が多い。その中に四人は紛れ込んでいるが、やはり身に纏った雰囲気は隠しようがない。


 荒事を専門に請け負っていると自然と纏う雰囲気を持つ男たちだ。身体の線が出ない緩やかな衣服に、口元を隠すショールを巻き付けてはいるが、その隙間から傷跡が覗いている。


「うん、わかりやすい」


 それを馬鹿にするような声が、男たちの頭上から降ってきた。男たちが潜む影を作り出している建物の屋根に、ニーサが立っている。

 赤い夕日を浴びながら。


「任せて良いのよね? ……というか、それはそれでもったいないんだけど。そろそろ忙しくなるから仕方ないか」


 続けてニーサが語りかける相手は、自分の肩に止まっている紅い鳥に向けてだった。そのまま懐から生地を取り出すと、一瞬にしてその生地が炎に包まれる。


 そんな光景に男たちが目を奪われていると、さらに不思議なことが連鎖して起こった。

 炎と共に、生地に刺繍されていた糸が光り、空中に紋様が描き出される。その紋様を纏うように紅い鳥が飛び立った。


 すると紅い鳥が発光しながら、男たちが潜む暗闇に落ちてくる。――と思った瞬間、紅い鳥は男の姿に変わっていた。


 男の深紅のくせっ毛は肩まで伸ばされている。透明にも見える薄い空色の瞳。薄く笑った顔には隠しきれない険があり、荒事専門の男たちも思わず身構えるほどだ。


 しかしながら、その面差しから察するにまだ「若い」と言っても良い年齢なのだろう。それに危険さを感じる男の雰囲気に慣れてしまえば、その容姿が怖いほどに整っていることもわかってくる。


 大きく襟元が広がったサテン地の白シャツ。黒革の細身のズボン。自分が優れた容姿を持っている事を自覚した出で立ちだ。


 だが身に付けているアクセサリーは、全て半壊状態だ。

 首から吊した金の首飾りは今にも千切れそうだし、耳飾りは片方しかついていない。指輪も複数身に付けているが、石がはまっているべき場所は穴が開いたようになっている。


 このチグハグさに不条理なものを感じたのだろう。たまらず男の一人が救いを求めるように、ニーサの姿を探して屋上を見上げた。しかし、ニーサはすでに姿を消している。


「……一応、確認してやろう。お前たちの狙いはナッシュ。雇い主はヴィニックのロメロ本家だな?」


 さすがに、その問いかけに反応する者はいなかった。

 しかし男――フェンディは不遜な表情のままで構わず続ける。


「お前たちがどこまで繋がっているのかはわからん。だが、勝手やられると俺様も面倒なのでな。――ニーサの師、パドレがことは当然知っているよなぁ?」


 途端、男たちの内の数名が反応した。

 それを見て、フェンディはニヤリと笑う。


「そうかそうか。では、ナッシュが持つ精霊力ジン――こっちではフルトと言ったか。その大きさについては本家が気付いているとして、お前たちはあわよくばそれをかすめとろうとしているな」


 胸を反らしながら、フェンディは決めつけた。

 男たちの間で動揺が広がる。四人の男たちの間でさえ、使う者と使われる者の差が現れてしまったようだ。思わず視線を交わし合う男たち。


 そんな男たちの様子を見て、フェンディは愉快そうに笑い声を上げた。


「フハハハハ! だが、気にすることはない。ナッシュなどとは比べものならない、俺様のジンの前ではな! まとめてお前たちの相手をしてやる!」


 その挑発に誘い込まれたのか。それよりも、フェンディのごとに付き合う必要は無いと考えたのか。

 男の一人が、曲がった短剣をフェンディの喉に滑り込ませる。


 短剣の刃がフェンディの喉を裂いた――様に見えた瞬間、フェンディの全身が陽炎かげろうのように揺らぎ、その場から消えてしまった。


 男たちが「くっ……」と悔しげな呻き声を上げる。そしてフェンディの姿を探して、左右に視線を散らした。

 だが、再び男たちの頭上から声が降ってくる。


「ハハハハハ……ジンを使える者が、真正直にお前たちのような者どもを相手にすると思っているのか。それも俺様が相手だぞ」


 いつの間にか、先ほどとは別の建物の上にフェンディが腰掛けていた。フェンディの全身が夕日を浴びて輝いている。

 男たちの右往左往を見下ろし、楽しむかのように朗らかな笑みを浮かべながら。


「お前たちを殺すのは簡単な話だが、それは禁じられているのでな。その場で眠っておれ。なぁに、この季節だ。一晩ぐらいでは風邪も引かぬだろう」

「な、何……を……」


 反論しかかった一人の男の声が尻すぼみに消えて行く。

 そのまま男たちは、建物の影の中で眠りに包まれてしまった。フェンディの技能によるものだろう。


 そしてフェンディもまた、糸に包まれつつあった。

 それは解呪の時に、ニーサの身体に入り込んだフルトの糸と同じもののように見える。


 黄赤青緑に輝く糸。それがフェンディの身体に吸い込まれると――フェンディの姿は再び紅い鳥へと変わった。


 そして紅い鳥は、あかさを無くしてゆく宵の空へ向かって翼を広げた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る