第15話 言わないこと
「カティアが、そんな風に勘違いしてるんじゃないかと思ってね。だから、あの場に顔を出して貰ったの。ただ、あなたのそういう想いを『呪い』と言っちゃうのは、私としてもどうかと思うし」
ニーサが語る言葉からは確かにカティアを気遣っていることがうかがえる。しかし、口調には全く遠慮が感じられない。
いや、二人きりであるからこそ、ここで遠慮する必要は無い、ということなのだろう。
遠慮されたままでは、カティアもずっと落ち着かないままだ。であれば、これもまたニーサの優しさであるのかも知れない。
~ナッシュはずっとカティアを想っていて、カティアがダルシアに現れたことで、その恋心ゆえにカティアの前にだけ姿を現した~
――そんな勘違いをカティアはしていたのだ。
だがそれは、完全に勘違いであることがここ最近の動きで明らかになってしまっている。ナッシュはただライアンとメラニーを思って、ダルシアに留まっていたことが。
ただその二人に会うことが出来なかったから、カティアに助けを求めて姿を現しただけ。ただ――それだけの話。
もちろん、それでナッシュがカティアのことを嫌っていたとか、軽く考えていたということではない。なにしろカティアは自分の意志でダルシアを離れているのだ。
これではナッシュがいきなりカティアを思い出すがないではないか。他の街で頑張っているカティアを巻き込もうなんて、優しいナッシュが思いつくはずがない。
それなのに都合よくナッシュがカティアを想い続けているなんて――そんな幻想にカティアは酔っていたのだ。
それを言葉で表すなら、やはりそれは「呪い」と呼ばれるものではなかったのか。
二回目の解呪。ロメロ家、ライアンとメラニーを縛り付けていた呪いが緩んだ時に、同時にカティアの呪いも緩んでいた。
未だカティアが「呪い」から解放されないのは――カティア自身が、その呪いを握りしめているからに他ならない。
恐らくニーサはそこまでわかっている。
カティアが言葉を紡ぎ出すまでずっと待っている。そういうつもりなのだ。
だからカティアは――
「……このままじゃ良くない……よね?」
何とか、それだけを口にした。その決意をニーサに後押ししてもらおうと思い、それを口にした。
ところが――
「あ、そうなっちゃうんだ。私はそのままでも良いと思うけど、カティアがそれを選ぶなら、それでも良いと思う」
「え? だってそれじゃあ、あの時に呼ばれたのは……」
二回目にカティアが解呪に呼ばれた理由がなくなってしまう。それを言い出すなら一回目の時から必要は無かったのかも知れないが。
カティアは堰を切ったように、ニーサにそれを訴えた。
「ああ、そこでまた勘違いしてるんだね。確かにあの場所に来て貰ったのは、カティアに自分の勘違いに気付いて欲しかったから。それとライアン様とメラニー様にも気付いて貰うためだよ。これほどカティアがナッシュ様を想っていることを」
ニーサはその訴えに対してそんな事を言い出した。
それにカティアが呆気にとられていると、ニーサはさらに続ける。
「あの時の私の理屈、かなり強引だったからね。そのうち色々気付きだすと思うよ。でも、良い方に向かっているから、それで『だまされた!』って事にはならないと思う。でも、そういう引っかかりがあれば、そのうち気付くよ。カティアが何故あの場所にいたのか? っていう疑問にね」
今までの行いが全くのでたらめであるかのようなニーサの告白。
カティアは全てが台無しにされた様な気になったが、すぐに気付く。これは……
「……そうね。確かに効率的だわ。あなたの言った通り」
「でしょ? これでもカティアには感謝してるの。ナッシュ様のことを話してくれなければ、私はすぐに別の街に向かっていただろうからね。解呪で手に入る羽は貴重だから」
そんなつもりがあったとは思えない、金遣いの荒さだった。ロメロ家で振る舞われる食事でも、思い返せばニーサは肉ばかりを食べていたような気がする。
それに理由を求めるなら――
「ねぇ。あなたも『呪い』に縛られてるの?」
それは思い切った問いかけだった。今までのカティアなら、到底口に出来ないような。その変化を喜んだのか、ニーサは笑みを浮かべた。
貼り付けたような笑みではなく、にんまり、といったようないたずらな笑みを。
「さすが。よく気付いたわね。私も『呪い』でがんじがらめになってるのよ。『呪い』が無くなれば、私が私でなくなるぐらい」
「それは……ええと、本当なの?」
カティアは反射的に確認してしまう。ニーサの言葉がどこまで本当なのかは、ここまで親しくなっても、よくわからないままなのだ。
それに気付いているのかいないのか。ニーサは元気よく答えた。
「もちろん! ああ、そうだ。解呪の最後にとっておきの秘密を教えてあげる。あなただけにね。誰にも言っちゃダメよ」
◇
そして夜が明けた――
解呪は宵になってから、とその予定が発表されているので、ダルシアの街は「今日でこのお祭りも最後だ」といわんばかりに浮かれている。
にわかに大通りを埋め尽くす屋台に、劇、見世物、大道芸など、騒げる理由が一斉にダルシアを埋め尽くしている感があった。
もちろん、白い鳥がずっととまったままの「ポジーリの丘」にも物見高いものが場所取りを始めている。街の外からわざわざ訪れるものあるようだ。
ニーサはそんな
喧噪から目をそらすように、隔離された雰囲気がある屋敷の中庭に目を向けて。
そんなニーサの視界に、紅い鳥――フェンディが現れた。
そしてそのまま、ニーサの肩にとまり――
――「ホンケ キテル」
と鳴いた。そんな風に人の声を模したフェンディに視線を向けないまま、ニーサもまたボソリと呟く。
「あ、やっぱり?」
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