第14話 解呪に向けて
ロメロ家は、ライアンの意志の元でナッシュの解呪に取り組むことになった。その中心となるのが解呪士ニーサであることは言うまでもない。
ただ、ニーサがどういう手順で解呪するのかはロメロ家の皆が知っている事で、準備段階から、かなりスムーズに事が進んだことは幸いと言うべきだろう。
まずはナッシュ――白い鳥と接触しなければならない。その時に助けになるのはカティアだ。最初にカティアが会いに行き、反応をうかがいながらライアンやメラニーの近況を説明するのだ。
そうすると、すぐさま白い鳥の反応が変わった。カティアの声が正しく伝わったのだろう。ここまで準備が整った段階で、ライアンとメラニーが「ポジーリの丘」に向かう。
この段階までは、まだ夜だ。白い鳥の警戒心を刺激しないように。それに準備もなく街の住人たちに知られては、騒ぎが大きくなり過ぎてしまう。それを考えての事だ。
接触するまでに、ここまで慎重にした甲斐があったのだろう。白い鳥は二人の姿を見つけると嬉しそうに羽ばたいて、鳩のような鳴き声を上げた。
その反応はニーサの推測の正しさを示すものでもある。こうしてニーサが接触する段取りが出来上がったというわけでもある。
ただし今度の接触は昼間だ。そうしなければならない理由もあった。もちろんダルシアの街は大騒ぎになるわけだが、それを仕切って見せたのがセルールである。さすがの手腕で、解呪のための準備を一種のお祭りにしてしまったわけだ。
正体不明な巨大な白い鳥ではなく、ナッシュが「呪い」を受けた姿であると発表してしまえば、街の住人からは同情の声が上がる。それはナッシュの
そんな状況の中で、住人の期待を背負ったニーサは刺繍された生地を持ちだした。当たり前の話だが、そういった生地は複数用意しているものらしい。そしてライアンの時と同じように中央部を透かして、白い鳥を確認した。
この生地を透かして見て、人間であったときの姿を確認する作業が、昼間でなければ難しかったわけだ。
そうすると中央に浮かび上がるのは――
「確かに髪の色はナッシュによく似ています。……ああいや、ナッシュで間違いないんでした」
「瞳の色は確かにナッシュ様のものですね」
それを覗き込んでいたライアンとメラニーがそう請け負った。
生地の中央に浮かんでいるのは、ずいぶんぼやけた人の顔だった。かろうじて明るい茶色の髪と、アイスブルーの瞳の色がわかるぐらい。
もしかすると、二人の思い込みの可能性もあるが、ニーサは満足そうにうなずきを返す。
「助かりました。何しろ他の刺繍がこれほど使えることは滅多にありませんから。これならずいぶん早くに準備が終わりそうです」
「そうなんですか?」
「はい。ああ、そうだ。奥様にも手伝って貰いましょう。メラニー様もご一緒にいかがですか?」
メラニーの声にニーサは気軽に応じ、さらにかなり思い切った提案を返してきた。
その提案に一番驚いていたのはライアンだった。けれど、メラニーは驚きながらも熱心にうなずいている。確かにロメロ家には変化が訪れているようだ。
そんな二人の様子をカティアが寂しそうに見つめている。まるでつまはじきにされたように――
◇
その後は、ペピータの質問に答えながら刺繍が始まった。
「どういう理由でこの刺繍の模様を決めているのか?」
「このやり方を考えついたのは誰か?」
「解呪する相手はずいぶん大きいがこのままで良いのか?」
と、三人で刺繍に取り組みながらペピータが矢継ぎ早にニーサに質問する。アエーズとして、解呪方法も支術の一環として考え興味があるのだろう。
ニーサも素直に答えて行く。
「支術の基本、フルトを地火水風の要素に分けますよね。それがこの糸です。あとは呪いと釣り合うようにバランスを整えます」
「師です。私は手ほどきを受けただけです」
「刺繍を重ねれば問題ないかと……それによって糸を長くすれば大丈夫なはず。この生地も改めて用意するとなると、ちょっと手間がかかりますね」
最後の答えが少しばかり頼りなかったが、こちらも三日後には完成した。その大きな助けになったのはペピータの刺繍の技量であった。これだけ糸を重ねる刺繍を難なくこなす様は、さすが自分で言うだけのことはある、と言うべきだろう。
そういった状況は逐一ダルシアの住人に報告され、ついに翌日、解呪が行われる運びとなった。翌日と言っても解呪が行われるのは翌日の宵辺りになるだろう。
そして今日。ニーサはカティアの部屋にいた。
◇
この準備の最中、ニーサは屋敷に泊まり込んだり、カティアの部屋に戻ってきたりと落ち着きがなかったが、この日はカティアの部屋に泊まると前々から予告していた。
ただしこの日の夕食は二人ともロメロ家の屋敷で済ませている。カティアは解呪がお祭りになった事で、更なる事務仕事を抱え込むことになってしまっていたからだ。
しかしそれも今日で終わる。
「はぁ~、なんとかなったね」
ニーサはすでにカティアから借りた寝具姿だった。髪もほどいている。あとは寝るだけ。むしろそれ以外のことはしない。そんな決意が伝わってくるようだ。
今は食卓の椅子に腰掛けている。
その向かいに腰掛けるカティアも、同じように寝具姿だった。けれど、その表情は晴れない。確かに仕事は終わらせてきたはずなのだが……
「ニーサ……あの……言いづらいんだけど……」
「うん。その話ね」
迷いながら話しかけるカティアに、ニーサは訳知り顔で応じて見せた。
驚くカティアの横顔を、揺らめくランプの明かりが照らす。
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