アンラッキーホール7

スロ男

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 その昔ラツキヰホウルといふ助平すけべえな店があつたさうな。ベニヤ板に週刊誌付録のやうな裸の女性のポスタアが貼つてあつて丁度アソコのところに穴があり、そこに客の男性が自分の逸物イチモツを差し込むと板の向かふの女だか男だかが擦つてくれるといふやうな商売が。

 いまでいふところの手コキ店といつたところでせうかね。


 実際の女性を前にすると緊張して使ひものにならなひやうな、だらしなひ男性でも実に簡易に安価ですませられるといふのでそれなりの需要があつた、懐かしい風俗の一形態であつたことだよ。


 大学の飲み会だといふので新宿を訪れた、まだ童貞のそろそろ成人を迎えるといふ頃合ひの男——この物語の主人公が、ラツキヰホウルを訪れたのはあまりにわかりやすひ原因があつたのだつた。


 新歓コンパで出会つた一目惚れした女性に一世一代の告白をしたものの見事玉砕し、どころかその女性をうだつのあがらなさうな先輩にお持ち帰りされるのを目にして世をはかなんでの行動だつた。


 俺は自分の性欲に振り回され、そのことを恋だ愛だと思ひ込もうとして、結局空回りした結果がこれだ——。


 だつたらいつそ性欲を発散していはゆる賢者の状態であつたならもう少しやりやうがあつたのではないか。


 とどのつまり、さういふ安直な考えが見透かされてしまふ愚鈍なところが問題なのだつたが、当事者といふものは気づかない。悲しゐかな世界とは、さういふふうに出来てゐるのである。


 さうしてラツキヰホウルを訪れた彼は最初に好みのカセツトテヱプを選べと言はれてゐたにも関わらず、選ぶ前に事前の興奮ですでに充血した逸物を穴につつこみ、無音のヘツドホンを頭にしたまま、ぼんやりとポスタアの貼られた板の前に突つ立つてゐた。


 ぬるり、とした感触が逸物に触れ、遅まきながら芝居仕立てのヱロテイプが始まつたときには、彼は失意のうちに果てていた。


 なんだか妙に優しげな雰囲気を感じる拭いとる仕種の気配と、いまさら始まつた男女の前戯のやりとりの音声とに、鈍い彼でも気づくぐらいのやつちまつた感が、確かにそこにはあつた。


 ラツキヰホウルの7番館は、以後彼の中でアンラツキヰホウル7として刻まれることとなつた。


 もっとも。


 なら他のあれやこれやの店は彼を満足させ得たのか、それ以上に金銭のやりとりによる男女の営みではなひ本当の歓びといふものを彼がることができたのか、と問われたとしても、


 いな


 としか答えられなひのが悲しひことである。


 とはいへ、本当の歓びとはなんであらうか。人様がうらやむやうな恋愛をし見せびらかし羨ましがられることか、それとも誰にも理解されないやうな後ろ昏ひ関係を結び、その背徳感に酔ひ知れることなのか。


 それは個人個人の思ふところが正解なのであり、どれもが不正解なのだ。所詮人など単なる糞袋、エントロピヰに抗うネゲントロピヰ、いずれは消える水面の波紋のやうなもの。


 同じ阿保なら踊らにや損だといふ、それぐらゐのことしかいへなひのである。


 禍福はあざなえる縄の如し。

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