割り切れない不運+1

かなぶん

割り切れない不運+1

「魔女様……それ、にゃに?」

 手元を覗き見た猫耳頭の少女に、こずえは「ふん」と鼻を鳴らした。

「ぬいぐるみよ」

「……ばけも――かいぶ――か、怪獣かにゃ?」

 言いかけた単語たちと大差ない問いかけに、ちらりと少女を見やれば、自分の言葉の選びが悪いと気づいていたのか、慌てて言う。

「にゅ、にゅいぐるみにゃら、暫定ご主人にお願いした方が」

「いいのよ、コレで」

 辛うじて自立する「怪獣」をテーブルに置く。

 それだけで身体を震わせる少女に、別に怒っていないとため息一つ。

御影みかげちゃんのお手製じゃ、器として強すぎるもの」

「うつわ?」

「そう。まあ、脅威としてはそこまでじゃないけど、面倒の芽は早めに摘んだ方がいいからね」

「???」

 分からないと言う顔の少女へ、ニッと笑った魔女は「行くわよ」と立ち上がる。


* * *


 同年同月同日同時刻。

 偶然にも七つの場所で小さな不運が重なった。

 それ自体は大したものではないのだが、一秒のズレもなかった不運の重なりは、歪な円の中心に微かな力を生じさせる。不運から生まれた力ならば、その方向性はもちろん、明るいものではなく――。

 何の不幸か、この中心に位置してしまったのは、とある民家。力が完全に負の形を成してしまったなら、その影響を一番に受けるのは間違いなくこの家の住人だ。

 いかに弱い力であっても、住人の不運を糧に蓄積していけば、最終的には周囲を巻き込み不幸の連鎖を引き起こすだろう。

 ――だから、その前に。

 月の綺麗なその夜。

 腰かけた箒から、民家の屋根の上に降り立った魔女は、不格好なぬいぐるみを置くと、指揮棒のような白い棒を取り出した。

「みゃあ?」

 これを宙に浮かぶ箒の先端で見ていた猫が一声鳴いたなら、魔女はクスリと笑う。

「ええ、コレに力を入れるの。この見てくれの悪さも一つの不運だから」

 棒の先端でぬいぐるみの額をこつんと突く。

 途端、ぶるぶると震え出すぬいぐるみ。

 併せて縫い目の甘い箇所から綿が出てきた。

「みー……」

 まるで「うわぁ……」と言わんばかりの声が猫から上がる。

「ふふ。中々イイ出来じゃない。七つの不運と一つの不運。合わせて八つの不運が今此処に。七つから八つに。割り切れない不運は割り切れる不運に」

 魔女は歌うようにそう囁くと、震えが徐々に収まってきた額をもう一突き。

 すると、ぬいぐるみが光り出し、突かれたところから半分に分かれていく。

 と同時に、分かれた端からぬいぐるみの形が崩れ、現れるのは無数の――四つ葉。

 光を纏った四つ葉がひらひらと夜風に舞い散るのを、ぬいぐるみの形が完全になくなるまで見送ったなら、猫がまた鳴いた。

「にゃあ?」

「もちろん。ミミがいてくれて良かったに決まっているでしょう」

 労うように猫を一撫で。

(貴方が思っているよりも貴方は強いんだから。存在そのものが魔を退けてくれる……って言っても、信じないから教えないけどね)

 役目を終えた魔女は再び箒に腰かけると夜空へ飛び立つ。

 八から二つに分かち零れさせた小さな四つ葉、綻ぶ幸運には目もくれず。

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割り切れない不運+1 かなぶん @kana_bunbun

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