七福会の秘密 後編

 七福会に参加するようになって二か月。

 順調だった新規メンバーの勧誘が最近は上手くいかず、僕は焦っていた。



「知り合いにはあらかた声を掛けちゃったから新規で七福会に誘える人全然が見つからない……イツキやカズフミは忙しいみたいで全然来れないし困ったなぁ……今週は梅木君にリードされているから何とかして巻き返したいんだけど……」


 そんな事をブツブツと呟きながら歩きスマホをしていると、曲がり角で人とぶつかってしまった。その人は綺麗なブロンドのセミロングヘア、クリーム色でシンプルなデザインのマキシワンピースの上に黒いカーディガンを羽織るという外見をしていて、僕はその人が誰なのか知っていた。



 ルーシー・附和ふわ

 僕と同じクラスの女の子だ。綺麗なブロンドヘアに柔らかな物腰で一見すると『清楚なお嬢様』なのだが、決して他人を名前で呼ばなかったり、いつも真っ黒いカバーの掛かった手帳を手に持っていたりと、つまるところちょっと変わった子だった。



「すみません! 大丈夫ですか?」

「ええ大丈夫です。こちらこそすみませんねぇ、少し考え事をしてました。あなたもでしょう?」

「え?」

「困ったなぁ困ったなぁとブツブツ呻いていたじゃありませんか」

「呻いてって……そんな怪しい声だしてた?」

「ええ、それはもう。何かあったのですか? これも何かのご縁、私でよければご相談に乗りますが……」


 その瞬間、僕は「これだ!」と閃く。


 附和さんの不思議ちゃんっぷりはこの大学の生徒なら大体知っている程広まっており、つまり彼女はかなりの有名人だった。そんな有名人を誘うことが出来れば七福会はさらに賑わい、僕の評価はかなり高まるはずだ。

 

 そう考えた僕は、以前七ヶ浦先輩と一緒に来た喫茶店に附和さんを案内した。




「──はあ、なるほど。そんなサークルがあったんですね」

「うん、そうなんだ。今じゃうちのクラスから半分以上は参加しているんじゃないかな。それで、もしよかったら附和さんもどうかなって思ってね」

「私が行くことによってメガネさんは助かるんですか?」

「あ、えっと……うん、そうだよ。連れていくつもりの人が急に来れなくなってね。それで、どうやって穴埋めしようか悩んでいたんだよ!」

「そうですか……」


 そう言って彼女は目をつぶってなにやら考えを巡らせ始める。その様子を見つつ、少し苦しい言い訳だったかなと後悔した。それと、席について一番最初に名乗ってみたものの、附和さんはやっぱり名前を呼んでくれなかった。



「わかりました、次の飲み会に参加します」

「え、ほんと!? いやぁ助かるよ」

「ただし、条件があります」

「条件?」

「そのサークルの部長さんにお話があるので、明日会わせて下さい」




 ※※※




 次の日。

 僕と七ヶ浦先輩は、隣町の駅前で附和さんと待ち合わせをした。

 挨拶もそこそこに附和さんはある建物に案内したいと言い出した。

 彼女に連れてこられたのは閉店したパチンコ店だった。



「何でこんな所に……ていうか、入って大丈夫なの?」

「まあ細かい事はお気になさらず……用事もすぐに済みますので。まずはすぐそばにあるスロット台を確認してもらってもいいですか?」

「台を確認? そんな事をして何が……あら」

「どうしたんですか? 先輩」

「ちょうどスリーセブンが揃っている状態で止まっていたから、つい」

「え、そっちもですか?」

?」


 僕と七ヶ浦先輩は顔を見合わせた後、ずらっと並んだスロット台をいくつか確認してみる。それらは、全てスリーセブンが揃った状態で停止していた。


「な、なんだこれ……?」

「落ち着きなよ山本君。多分、店の人が最後の営業が終わった後にスリーセブンが揃うようにドラムリールの位置を合わせたんだよ」

「ああ、そっか」

「ルーシーちゃんが私達に見せたかったのってこれなの?」

「いいえ、私がお見せしたかったのはです」


 附和さんが奥の方へと指を差し、僕らはそちらへと視線を送る。そこには、台の前に座っている黒い影が見えた。僕らの他に誰かいたのかと思い目を凝らす。しかし、一向にその人の姿がはっきりと見えなかったので僕は二歩、三歩と近づいていった。五メートル程歩いた時、影が僕の存在に気が付いて顔を向ける。向けられた顔を見て、それは人間では無いのだと気が付いた。


 その顔に付いていたのは口だけで、目や鼻は付いていなかった。口がにやっと笑うと、その人の様な物は「おいでおいで」と僕に向かって手招きをした。そんな不気味な姿を目にし、僕は「ヒッ」という短い悲鳴をあげて後ずさりをする。

 奥の方の通路では、同様に口しかない人の様な何かが空の台車をゴロゴロと押しながら行ったり来たりしている。さらに、離れた場所からバァン! バァン! と、台を叩くような音が聞こえて来た。僕は急いでエントランスにいる附和さんのもとへ駆け寄り、どういうことなのか問い質した。


「ここのスロット台のスリーセブンは、先程部長さんが言った通り店の人が最後の日に遊び半分で揃えた物なんですが、それが生前パチンコが好きだった人達の霊を集めてるみたいなんです。不思議ですよねぇ」

「そ、そうだね。こんな不思議な現象に遭遇するのは初めてだよ」

「いえ、私が言いたいのはそういう事では無くて……『7』という数字って、縁起がいいイメージありますよねぇ? それが三つも揃うスリーセブンなんて特に。でもここの建物の『7』は、霊を集める要因になってしまっています。こういう『7』もあるんですねぇってことです」

「…………」

「メガネさんにお聞きしたいんですけど」

「え、な、何かな」

「『7』とは逆に、縁起の悪い数字って何を思い浮かべますか?」

「そりゃあ……『4』だと思うけど」

「何でですか?」

「色々理由はあると思うけど、やっぱり、『し』って読み方が生き死にの『死』を連想させるからじゃないかな」

「その理屈だと『7』もそうなのでは?」

「え?」

「7《なな》って他にどう読みます?」

「え、しちでしょ? しち……あ、そっか」

「しち。そう、死地しちです。不思議ですよねぇ。4と同じで縁起の悪い言葉と同じ読み方をするのに、7は縁起がいいとされています。もちろん、全ての人間が縁起がいいと言っているわけではありませんけどね」

「…………つまりルーシーちゃんは、『7』は決して縁起の良い物なんかじゃないって言いたいのかな?」


 七ヶ浦先輩は不機嫌そうな声を発する。それに対し、附和さんははっきりとした声で答えた。


「いいえ。むしろ、全くの逆です。メガネさんに再びお聞きします。『4』か『7』という数字を部屋に飾ることになった時、あなたはどちらを選びますか?」

「そりゃあ7でしょ。これまで附和さんの話を聞いてなるほどと思う部分はあったけど、どうしても4には良いイメージを持てないよ」

「そう。メガネさんは『7』という数字にまつわる心霊現象を体験し、『7』という数字にも縁起の悪い言葉が関係している事を理解した……にも拘わらず、今の質問には即答。つまり、『7』という数字のイメージは微塵も崩れなかったのです」

「…………」

「日本人の『7』という数字に対してのイメージの強固さは並大抵の物ではありません。『ラッキーセブン縁起の良い数字』を『アンラッキーセブン縁起の悪い数字』に変える事は、決して簡単な事ではないんでしょうね」

「う、うん。えっと、つまりどういうこと?」

「ああ、ごめんなさい回りくどくて。要はですね、『4』や『7』という数字にはとても強い力が秘められている。そして、これらは使い方によっては非常に危険な物になりうるという事を言いたかったんです。悪い奴らが利用しようとするかもしれませんので、気を付けないといけませんね」

「悪い奴らって……?」

「そうですねぇ。例えば、詐欺師やインチキ宗教家。他には……」



とか」



 附和さんが七ヶ浦先輩に、ニヤリとした笑みを浮かべつつそう言った。

 

 その瞬間、先輩は固定されている椅子を強引に引き抜き、鬼の様な形相と共に理解することが出来ない呻き声を発しながらエントランスにいる僕らに襲い掛かってきた。そんな姿を見てすくみあがってしまった僕だったのだが、不意にすさまじい衝撃が腹部に走り、気が付くと元居た場所から二、三メート程離れた位置で倒れていた。どうやら附和さんが蹴り飛ばしてくれたようだった。


 そんな附和さんは七ヶ浦先輩が振り回す椅子を涼しい顔で避けている。段々と先輩の攻撃が激しくなっていき、ついには持っていた椅子を物凄い速さで投げつける。それは虚をついた一投だったのだが、附和さんはあっさりとそれを避け、一気に距離を詰めて持っていた手帳で頭を軽く叩く。その瞬間、先輩はその場に崩れ落ちた。




 ※※※




「終わりましたよ、メガネさん。ご協力ありがとうございました」

「あの……いくつか聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

「はい、なんでしょう?」

「えっと、まずは……いてて……」


 僕は蹴られたお腹をさすりつつ、混乱している頭の中から質問を探す。


「七ヶ浦先輩って、悪魔だったの?」

「いいえ、取り憑かれていただけですよ。所謂悪魔憑きという現象ですね」

「悪魔憑き……」

「今回の悪魔は部長さんに取り憑いた後、7という数字と人間を使って七福会という大きなコミュニティを作らせ、そこに集まってきた人間たちを美味しく頂いていたんですね」

「頂くって?」

「悪魔の好物は人間の感情です。喜怒哀楽、嫉妬に虚栄心……部長さんに向けられていた淫らな感情も、さぞ美味しく頂いていた事でしょうねぇ」

「…………7という数字を使ったっていうのはどういう事?」


 僕は七ヶ浦先輩に抱いていた気持ちを見透かされているのかと不安になり、急いで話題を変えた。


「今まで散々ご説明した通り、日本人は7という数字に縁起の良いイメージを持っています。なので、7という数字にちなんだ話をすると、大抵の場合縁起の良いイメージに引っ張られて上手く話せたり、聞いている方も楽しくなったりします。そういう楽しい経験をたくさん積ませて、七福会に人を取り込んでいったのです。もちろん、が7にまつわる話をしても今回のような効果は出ませんよ。あくまで、部長さんに取り憑いていた悪魔の力が合わさってこそのお話です」

「それで僕はあんなにも七福会に夢中になってしまったのか……」

「そうですね。それにしても、縁起の良い数字を使って悪さをする悪魔なんて初めてでした。今回は中々の強敵でしたね」

「強敵? 物凄く簡単に倒していたように見えたけど……手帳でぽんって感じで」

「まあ、今回の悪魔は非力だったからに出してしまえば簡単に倒せるんですけど、それまでが大変だったんですよ。部長さんの精神の奥深くに隠れていたので、無理に倒そうとすると後遺症が残ってしまいます。なので私はある作戦を立てました」

「作戦というのは?」

「さっき悪魔は人間の感情が好きって言いましたよね。では嫌いなものは何か? それは理性です。感情的になって向かってくる人間はウェルカムですけど、理路整然と責められることは大嫌いなんですよ。上位の悪魔には通用しませんけどね」

「なるほど。このパチンコ店の心霊現象と合わせた話をしたり、4と7にまつわる話をしていたのはそういう理由があったのか」

「そうですね。それに加えて、メガネさんのようなまだ完全に洗脳されていない人間の協力を得られたことが大きかったです」

「協力? 僕は話を聞いていただけで何もしていないけど……」

「私の話を聞いて、「なるほどね」と合いの手を入れてくれるだけでよかったんですよ。悪魔からすると、洗脳したはずの人間がどんどん目が覚めていく様子を見せつけられるわけですから、イライラしたでしょうねぇ」

「そうやってイラつかせて、我慢できずに表に出て来たところを倒す、と?」

「その通りです」

 


 なるほど、これが今回の騒動の真相だったわけか。それにしても、現実離れした話のはずなのに何故かすんなりと飲み込むことが出来た。七ヶ浦先輩に取り憑いていた悪魔の影響なのか? それとも……


「もう一つ聞いてもいいかな?」

「何ですか?」

「附和さんって何者?」


 そんな僕の問いに、附和さんは答えてくれなかった。

 ただにっこりと笑って、持っていた黒い手帳で僕の頭を優しく撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔の数字 柏木 維音 @asbc0126

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説