悪魔の数字
柏木 維音
七福会の秘密 前編
八角橋大学に入学して3か月が過ぎた頃。
無事に友達も出来て順調な大学生活を送っていたものの、僕は何となく物足りなさを感じていた。
(授業形態は高校からガラッと変わったんだけど、友達と話したり遊んだりする時の内容は高校時代とあんまり変わらない。なんていうか、こう、もっと大学生っぽいことやってみたいんだよなぁ)
そんなことを考えながら無難な生活を送っていたある日、僕は一人の先輩に声を掛けられた。その人はゆるいパーマをかけた明るい茶色のロングヘア、スタイルの良い身体を流行りの服で包み込み、いかにも『大学生活を満喫しています』というオーラを身に纏っていた。
※※※
「ごめんね、急に声を掛けちゃって。私はこういう者です」
連れられてきた近所の喫茶店の席で、彼女は名刺を僕に渡してくる。そこには、『サークル七福会 部長 八角橋大学・人間科学部三年
「しちふくかい……一体どんなサークルなんですか?」
「サークルって言っても大学非認可のゆる~いサークルなんだけどね。活動内容は、専用のネット掲示板で募集をかけあって、飲み会を開く。ただそれだけ!」
「え、それだけですか?」
「うん、そう。私は人と話すのが好きで……正確には『飲み会の雰囲気の中で話すのが好き』なんだけどさ。色んな人を飲みに誘って交流するうちに、気が付いたら『サークル・七福会』なんて名前の付いた大きなコミュニティが出来上がっていたの。大げさな名前が付いているけど、実際はただの仲良し集団ね」
「あの、それでなんで僕なんかに?」
僕は自分の容姿のレベルはきちんと把握しているつもりだ。真っ黒でセットを施していない髪。飾りっ気のない眼鏡。地味なライトブラウンのチノパンに無地の灰色パーカー。とても七ヶ浦先輩みたいな人に声を掛けられるようなタイプではないと思うのだが……
「それにはこのサークルのルールが関係しているの!」
「ルールですか」
「そう、このサークル唯一のルール。それは、『飲み会に参加する際、必ず『七』に関係する話のネタを一つ持ってくる事』」
「七に関係する話ですか……結構難しそうですね」
「なんでもいいのよ。セブンイレブンで買った物の話とか、パチスロでスリーセブンが揃って嬉しかった時の話とか、七味唐辛子についてのうんちく話とかね。基本支払いは割り勘なんだけど、ルールを守れなかった人はその日の支払いをしなければいけないの! どう、面白いでしょ?」
「ええ……でも、何故『七』の話を?」
「それはね、私って氏名に『七』って入っているせいか『7』って数字が好きでさ……まあ、嫌いな人はあまりいないと思うけど」
「そうですね」
「でしょ? それで、小さい頃から『七』に関係する物をよく調べたりしててね。七福神、北斗七星、七夕……そのうち自分で調べるだけでは物足りなくなって、人に『七』にまつわる話を聞くようになってさ。今じゃ立派な『七中毒』なの!」
「は、はぁ……でもそのルールと、僕に声を掛けるのに何の関係が?」
「あれ、まだ気が付かないの? あなた、自分の誕生日を忘れちゃった?」
「誕生日……あっ!」
「気が付いた? 七にまつわる会だから、『七』に関係している人を優先して声掛けしているの。氏名に七が入っていたり、出席番号が七番だったり、私と同じで誕生日が『七月七日』の人とかね」
なんという幸運。僕を七月七日に産んでくれてありがとうお母さん。
と、一瞬舞い上がってしまったものの、すぐに僕は正気に戻った。こういう美人が持ち掛けて来る美味しい話には、決まって裏があるものだ。
「あの、そのサークルの会費は月いくらなんでしょうか? それと、ノルマとかってあるんですかね? 月に〇〇人勧誘してこい、みたいな……」
「そんなのないない! さっき言った通り飲み会の費用は割り勘で払うようにしているから参加すればするだけお金はかかるけど、サークルには一円も入れていないよ。お財布が厳しい月は参加しなくても構わないし。ああ、でもね。勧誘ノルマは無いけど、どんどん色んな人を誘って欲しいな。たくさんの人とお話ししたいからね」
「そうですか、わかりました……あ、ちなみになんですけど誕生日はどうやって」
「ちょっと、学生課にコネがあってね!」
「えぇ……」
「大丈夫、調べたのは名前と誕生日だけだから! それよりどう? 山本君も試しに一度参加してみない?」
※※※
七福会はいかにも怪しいサークルで参加するのは少し怖かったのだが、『サークルの飲み会』という行為はまさしく僕が求めていた『大学生っぽいこと』だったので、試しに一度だけ参加してみる事にした。
その日の参加者は七ヶ浦先輩と熊谷さんという女の先輩、一年生で同じクラスから梅木君と竹下さんの二人、それに僕を加えた計五人の小規模な飲み会だった。梅木君と竹下さんは違う友達グループ(所謂リア充グループ)で一度も会話した事の無い人達だったのだけど、気さくに話しかけてくれてすぐに打ち解けることが出来た。
乾杯をした後、早速七福会のルールである『七』にまつわる話を求められる。
七ヶ浦先輩から『どんな些細な事でもいいから』と聞いていた僕は、『セブンプレミアムのつけ麺が好きでよく食べるのだけど、先日自分で再現しようと挑戦してみたらとんでもなくまずい物が出来た』という話をしてみた。すると、信じられないことにその話はウケにウケて大盛り上がりした。
「私もセブンプレミアムのハンバーグが好きで再現しようとしたことがあるけど、全然だめだったよ!」
「山本君つけ麺好きなんだ? ○○って店今度みんなで行こうぜ」
「今度お姉さんが料理を教えてあげよう」
「知名度の高い商品の話で切り出し、オチもしっかりある。いい『七』の話だね!」
自分の話で周りの人たちがこんなにも盛り上がってくれる経験は初めてだった。なんとも言えない快感に包まれ、気分が高揚していく。どうやら『七』にまつわる話は一つすればいいらしく、参加者全員がノルマを達成した後は『七』に関係の無い話をしたのだけれど、そこでも大いに盛り上がることが出来た。
自分の趣味の話をすれば大きな反応を示してくれるし、他の人がする興味の無い分野の話も何故かとても面白く感じる。お酒は一滴も飲んでいない筈なのにすらすらと言葉が出てくるのが快感で、気が付くと予定していた二時間はあっという間に過ぎていた。
そんな感じで初めてのサークル活動が終わったのだが、僕は帰ってすぐに七ヶ浦先輩から貰った名刺に書かれているアドレスとパスワードを打ち込み、七福会の掲示板にログインした。確認してみると三日後の飲み会の参加者が募集されていた。そこに名前を書き込んでいる人たちは全員知らない人だったけど、僕は迷うことなく自分の名前を打ち込んだ。そうして参加した二回目の飲み会もとても楽しかった。その日も帰ってすぐに掲示板を確認し、すぐに自分の名前を打ち込んだ。
気が付くと、僕はすっかり七福会に夢中になっていた。
ある日、七ヶ浦先輩がいない飲み会でとあるうわさ話を聞いた。それは、一定以上の成果をあげると七ヶ浦先輩がご褒美をくれるらしい、といった内容だった。その話を聞いてから、僕は今まで以上に飲み会に参加し、掲示板にある何気ない雑談の書き込みにも積極的にコメントしたり、とにかく知り合いを七福会に招いたりした。
それは何故か? 決まっている。そうやって七福会を盛り上げて、七ヶ浦先輩からご褒美をもらう為だ。
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