三月十二日の朝、私はまた異世界召喚された。

とは

三月十二日、朝

 誰かが私を呼ぶ声がする。


「起きなさい、『とは』よ。起きるのですよ」


 え~、でも今日は日曜日だから休みだし、洗濯も昨日の夜のうちに済ませたんだよねぇ。

 だから今日は、寝坊してもいい日のはず。

 というか今の声、家族の声じゃないよな、……誰だ?


「だめだねトゥグーミちゃん。こいつ『休日だ! そりゃもうだらけてやるぜ』っていうオーラ全開で惰眠だみんをむさぼるつもりだよ、それっ! 女神の天罰ぅ」


 肩に来るのは痛み。

 げしげしと蹴られているであろう途切れることなく与えられる痛みに、思わず私は目を開き体を起こす。


「え! 痛った! 何で?」

 

 私は家の布団で眠っていたはず。

 それなのになぜか、会社の資料室のような部屋にいるではないか。

 驚く私の前には、二人の女性がいた。

 

 一人はショートボブの二十代前半と思われる女の子。

 ガーネットのTシャツに白の半袖シャツ、ライトブルーのクロップドパンツ姿の可愛らしい子だ。

 そしてもう一人はグレーのスーツを着た二十代後半らしき長髪の美人。

 女の子はおろおろとした表情を見せ、女性の方はにやりと笑って私を見下ろしている。


「……誰? っていうか、ここどこ?」


 私の質問に、二人はきょとんとしている。


「あ、前回の記憶消したの忘れてた。まぁいいや、面倒だし」

「え! そんなスゥイーナ様。こちらが呼んでおいてそれはあんまりでは?」

「大丈夫大丈夫! この手の間抜け面は、三歩あるいたら忘れるタイプだろうから」


 明らかに自分がディスられているのはわかっている。

 だが、ここでキレてもいいことはなさそうだ。

 なぜだかそう感じた私は、とりあえずの疑問を口にする。


「……すみません。布団で寝ていたはずの私が、なぜここにいるのでしょうか?」


 とりあえず丁寧にと話しかければ、女の子がこちらへ微笑んでくる。


「記憶の無いあなたには、『初めまして』と言うべきですね。えぇと、私の隣にいるこの方は女神スゥイーナ様、私はその補佐をしていますトゥグーミと申します。あなたは以前、私達に召喚されたことがあるのです。その時の悪い影響が出ていないかと心配で、再びここへと呼び寄せたというわけでして」


 どうみても普通の日本人にしか見えない自称女神様とその補佐を私は見つめる。

 余裕のある相手の態度からするに、今の自分は彼女らのテリトリー内にいるということだ。

 下手に逆らうよりは、相手の会話に合わせた方がいい。

 そう結論を出し、私は口を開く。


「えぇと、記憶がないので断言は出来ませんが。こうして生きているので、おそらくは大丈夫かと。ですのでこのまま帰らせてもらっていいでしょうか?」


 どうも先程から本能が「ここから早く帰った方がいい」と訴えかけてきているのだ。

 失った記憶はさぞ、こいつらにひどい目に遭ったに違いない。


「ふ~ん、じゃあもういいな! さくっと確認できたし帰そうか」


 スゥイーナからの言葉に、私は元気に答えていく。 


「はい、ぜひお願いします! 女神様も補佐の方も、どうかお元気で!」


 帰るめどがついた私の口には、自然と別れの言葉と笑みが浮かぶ。

 これはきっと失われし記憶が、もろ手を挙げて喜んでいるからだろう。


「あ、そうそう。来たからにはお土産を持っていきなよ。せっかくだから選ばせてあげる」


 女性がぱちりと指を鳴らすと、私の前に唐突に三つの箱が現れた。 


「この中から一つだけ持っていきな。何が入っているのかは、もちろんお楽しみ~」


 ……なんだろう、すごく嫌な予感がする。

 というか嫌な予感しかしない。


「わぁ、スゥイーナ様、これ何が入っているのですか?」


 興味津々といった様子で、トゥグーミは三つの箱を眺めている。

 

「よくぞ聞いてくれた。箱にはそれぞれ『マンガで分かる! とはの黒歴史全12巻』、『幸せすぎの加護7点セット』、『とはの勤める会社の社長がうっかり育ててしまった○○(ピー)』のどれかが入っているのさ。ちなみに断ると全てついてくるサービスつきだよ」


 言葉の意味を理解すること数秒。

 気がつけば冷静さも忘れ、私は叫んでいた。


「ちょっと待てや! 選択肢の幅が狭いもはなはだしいだろうが! っていうか待って。うちの社長って一体、何を育てて……?」

「やーだー、とはってば言葉使いが悪いんだからぁ。あと五秒で元の場所に帰すから選んでねぇ。はい、ごー、よーん……」

「えっ! いくらなんでも時間が! えぇい! 全部持ち帰るよりは!」


 真ん中の一番小さな箱へと手を伸ばし、私はそれを握り締める。


「は~い、その箱ねぇ。……ってその握り方はまずいかもなぁ」

「へ、何を言って?」

「あ、時間だ! お約束で今回も記憶が消えるけど、お土産はばっちりそちらに届くから。それじゃあな~」


 私へとかざしたスゥイーナの手から、光が溢れだす。

 

「ぷぷっ、握った位置が悪すぎるだろうよ。……ぷぷ」


 そんなスゥイーナの声を最後に私の意識は途切れた。



◇◇◇◇◇◇



「……うん。とはさんがご自身の世界に戻られたの確認いたしました。あら、あちらとこの世界との時差に驚いているようですね。慌てて会社へと向かっています。ところでスゥイーナ様、例のお土産の『握った位置』ってどういう意味ですか?」


 不思議そうに首をかしげるトゥグーミへ、スゥイーナは笑いかける。

 

「とはが選んだ土産は、『幸せすぎの加護7点セット」。でも掴んだことによって帰る際にその箱をひっくり返して握ってしまった。つまりは加護は反転しているってことなんだよねぇ」

「え、それってつまりは……」


 青ざめるトゥグーミに、くすくすと笑いながらスゥイーナは続ける。


「なぁに、そんなに心配しなくていいさ。ちょっぴりアンラッキーなことが起こっちゃうくらいだよ。ま、死ぬようなことはないから大丈夫。心配なら今の彼女の様子を見てみるかい?」


 スゥイーナは懐から小さな鏡を出すと、トゥグーミと共に覗き込む。



◇◇◇◇◇◇


「ぶえっくしょい! ……うぅ」


 私のくしゃみに、同僚の緋山ひやまが笑っている。


「突然の花粉症デビューだったね、おめでとう」

「ちっともめでたくなんかないよ。しかも症状めっちゃ酷いし…」

「え〜、大変やん。どんな感じ?」


 私は今朝からの症状を、指折り数えていく。


「えぇと、鼻水、鼻詰まり、目のかゆみ、くしゃみ、擦った目の周りの痛み。あと、耳と喉の奥もかゆい〜」


 ずるずると鼻をすすりながら答える私を、緋山は慰めようとしたのだろう。

 一緒に指折りをして二本立った状態の小指と薬指を眺めた後、憐みの視線をこちらへと向けながら声をかけてくる。


「えっとさ、ほら! これってスギの七大加護じゃん。祝福されてるってことでいいんじゃない?」

「加護じゃないよ! これむしろ呪いに近いやつだよ! ……ん? すぎの加護? その言葉、どっかで聞いたような……。ぶ、ぶえ〜っくしょん!! うぅ、ついてなさすぎるよぉ」

「お、スギだけにね! うまい!」

「ちっともうまくいない~! ……ぶえっくし! あぁ、なんでこんな不運なことに~! ……ぶえっくしょぉぉん!!」

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三月十二日の朝、私はまた異世界召喚された。 とは @toha108

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