ななの日常、あるいは憂鬱

いおにあ

アンラッキー7

 七月七日に生まれたから、なな。随分と安直な理由でわたしの名前はつけられた。


 まあ、誕生日にちなんだ名前というのは、そこまで珍しくないかもしれない。だが、わたしにとっては、忌まわしいことこのうえない。

 どうしてかって?例えばこんな感じ。



 はあ~、今日は六月七日。一ヶ月で一番憂鬱な日。リビングのカレンダーを見て、わたしはひとりため息をつく。


 わたしにとって、七日は厄日だ。小さい頃からずっとそう。なにもないところで転んだり、忘れ物して怒られたり、鳥の糞の爆撃を喰らったり・・・・・・。とにかく毎月七日というとロクなことがない。


 ・・・・・・学校、休もうかな。

 これまでも時折、七日は休んでいた。少なくとも、家の中にいれば多少は安全。外を出歩くよりは比較的に。


 いや、でも今日は学校に行こう。毎月七日に絶対に不幸があるというわけではない。なにもなく、穏やかに過ごせることもしばしばあるのだから。


 それに、休みは来月の七日にとっておこう。別に、学校に有休があるわけではないのだが、だからといってやたらと休み続けると、色々とよくない習慣になりそうだ。だから、今日は学校に行く。


 結果は――とりあえず、登校から下校までなにもなかった。やった・・・・・・!心の中でひとりガッツポーズをとるわたし。でも、油断はできない。いよいよ来月は、一年の中で最も忌まわしい七月七日――わたしの誕生日なのだから。


 誕生日を忌まわしいと言わないといけないなんて、とほほだよホント。



 七月七日。今日はわたしの十七才の誕生日だ。


 毎年この日は、色々と警戒しないといけない日だが、今年は特に警戒感マックス。なんたって十“七”才なのだから。ちなみに、七才の誕生日は、道を歩いていたら戦闘機が突っ込んできた。無傷で済んだのは、奇跡としかいいようがない。


 それで、結局学校に行くことにする。やっぱり誕生日に休みたくなかった。


 わたしは自転車通学中も、上下前後左右あらゆる方向に神経を尖らせる。例えば地底から巨大怪獣が出てきたとしても、不思議ではないのだから。


 そういうことだから、学校に到着する頃には、精神的にくたくただった。でも、とりあえず朝は乗り切れた、と一安心した。


 しかし、その一安心が油断だった。


 わたしは授業を受ける。古典、化学、数学とこなしていき4限目は英語。事件はその英語の授業中に起こった。


 お腹空いたなーとかなんとか思いながらぼーっと窓の外の世界を眺めていたら、青空の彼方から、何かがやってきた。最初は小さな点だったのが、猛スピードにこちらに向かってきて――気付いたときにはガッシャーンッ!て窓ガラスを突き破って教室内に入っていた。


 ??? 頭の中が混乱する。


 空を飛んで、窓を突き破り教室内に突入してきたのは、妙な恰好をした少年だった。多分、年齢はわたしとそう変わらない。


 妙な恰好の少年は、わたしの方を見る。え、わたし?


 彼はツカツカとわたしの方に歩み寄ると、グイッとわたしの手首をにぎり、そして割れた窓から外へと飛び出した。


「うわ、わぁぁぁぁっ!」

 驚きで絶叫するわたし。ヤバいヤバい、ここ四階だよ、落ちちゃうよ!


 だけれどわたしの身体は落下することはなかった。わたしの手首を掴んだ少年が、空高く飛んでいたから。 


「ちょっと、あなた。これっていったいどういうことよ?ていうか、そもそもあなた誰!?」

 空を駆けながらわたしは矢継ぎ早に質問する。今年もなんか起こるとは思っていたけれど、まさかここまでぶっ飛んだ、無茶苦茶なことが起こるなんて・・・・・・。


 少年は上空で静止する。つられてわたしの身体も止まる。

 わたしの方に向き直る少年。


「わるいな、手荒なまねして。だけれど、ああでもするほかに方法がなかったんだ」

 わたしは黙って少年の話を聞く。


「まず、君はななでいいよな」

 頷くわたし。


「で、誕生日は七月七日」

 どうして見ず知らずのこの少年が、わたしの名前や誕生日を知っているのだろうと疑問には思ったが、そこは敢えて詮索しない。もうそもそもなにもかも、おかしいのだから。


 だが、次の瞬間に少年が起こした行動は、流石に予想できなかった。


「申し訳ありませんでした!!」

 少年はいきなり土下座をしたのだ。宙に浮いたまま土下座、というかなりアクロバティックな見た目になる。


「どういうことかしら?」

「話せば長くなるんだが・・・・・・君、毎年七月七日はろくな目に遭っていないだろう」

「うん、まあそうだけれど」


 そのことと、この少年に何か関係があるのだろうか。


「あれさ、全部俺の責任なんだよ・・・・・・」

 申し訳なさそうに小さくなる少年。


「どういうこと」

「えーと、さ。つまり君は七月七日、つまり七夕生まれだよな?」

「うん、そうだけれど」

「でさ、七夕っていうのは、沢山の人が願いごとを短冊に書くよな」

「当たり前でしょう」

「それでさ、そういう人々の祈りとかをなるべく叶えようとする精霊たちの組織があるんだよ。で、俺もそこの末端」

「ふうん、そうなんだ」


 でもわたしの願いなんて、一度も叶ったことないけれど。


「そりゃ、七夕のお願いが叶うのなんて、本当にごくごく一握りの人たちさ。宝くじに当たるより低い確率だよ。それが俺たちの限界だ」

「で、それがわたしとどういう関係があるのかな?」

「それで、俺たちがどうやってその願いを叶えているかっていうとな・・・・・・七夕生まれの人々の運を、ほんの少しずつだけ拝借して、それらを集積して、願いごとが叶うのに役立てているんだ」

「ちょっと待って。じゃあわたしが毎年誕生日に不運なことばかり起こっていたのは、あなたたちが運を奪っていたからっていうわけ!?」


 流石にわたしは激怒した。いくら何でも、そんなの理不尽過ぎるだろう。


 少年は更に小さくなり、わたしに頭を下げ続ける。


「そう、そこなんだよ・・・・・・本来だったら、ひとりひとりからいただく運は微々たるもので、日常生活になんの支障も来さない程度のはずだったんだ・・・・・・だけれど、君に関しては完全に俺の手違いで、桁違いの運をこれまでもらってきたんだ。本当に、なんとお詫びをいっていいやら・・・・・・」

 ひたすら謝罪の言葉を繰り返す少年。


「でも、わたし七夕だけじゃなくて、毎月七日がいつも不幸の日だったんだけれど」

「・・・・・・みたいだな。それもこれも、全部俺の責任だ」

 少年はひたすら謝り続ける。


 そんな彼の姿を見ていたら、もうこれ以上責める気がなくなってきた。


「・・・・・・もういいよ。それで、わたしの運はこれからは元通りになるんだよね?誕生日に戦闘機が突っ込んできたりとか、もうしないんだよね」

 それだけでよかった。もう七日というものにこだわったり心配せずに、これからの人生を送れたら何もいうことはない。


 だが、少年の答えは意外なものだった。


「いや、それだけじゃだめだ」

「じゃあ、どうするの?」

「今まで君から不当に取り上げていた運を、少しずつだけれど、今後返済していきたい。それでも君は納得しないかもしれないが、俺にできるのはせいぜいそれくらいだ。な、それで手を打ってくれないか?」

「つまり、これからわたしは少しだけ運が良くなるってこと?」

「そうだ。具体的には、三十才くらいまでは、毎月七日に少しだけ運が上向く。もちろん、そんな大したものじゃないから、期待しないでくれ」

「そう・・・・・・ま、いいわよ。この不運がなくなれば、もうなんでも」


 わたしは少年に言う。


「それでさ、そろそろわたしを下界に返してくれないかな。いい加減、学校では騒ぎになっていると思うけれど」

 


 結局わたしが奇妙な恰好をした少年に連れ去られ、十分ほどして帰ってきた事件は、集団白昼夢とかなんとかで、処理された。


 それから一ヶ月が経った、八月七日。

 夏休みに入ったわたしは、塾の夏期講習に向かう途中、五百円玉を一枚拾った。


「運が上向いてきたって、五百円玉一枚かよ」

 わたしは苦笑しながら、五百円玉を眺める。今までの不運に比べたら、全然釣り合わないな。


 でも、それでも運は少しはよくなったといえるかもね。


 わたしは暑い夏の道を行く。来月は、来年は、もうちょっといいことがあればいいな。


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