「七原」という新人社員2
七雨ゆう葉
開発部入社三年目 引田
「すまないな、
「いえ、大丈夫です」
上司の川島課長は申し訳なさげにそう言って肩を叩くと、席へと戻っていく。時刻は夕方5時。
「ガシャン」
自販機から落下した缶コーヒー。
手を伸ばす途中、引田は点滅するスロットパネルに目を向ける。
「7・7……8」
「ふぅ、良かったぁ」
ラッキーセブンから外れたことに、なぜかホッと胸をなでおろす。
引田にとって「7」という数字は、災厄を想起させるアンラッキー7だった。
七歳の時に遭った交通事故。はじめて付き合った彼女に、別れを告げられた七夕の夜。帰宅途中、ヤンキー集団から理不尽に絡まれた七番街。七階で乗ったエレベーターが故障し閉じ込められ、大事なプレゼンを破断にさせた過去。引田にとって「7」は、不吉そのものだった。
そして。それを実感する出来事が、つい最近にも。
先日会社を退職した「七原」という同じ課の新人社員。彼のおかげで業務の棚卸しが見直なされ、結果七原の担当していたタスクの半数近くを自身が引き継ぐ形となった。以降残業は増え、業務に忙殺される日々が続いている。
畜生。このまま永久ラットレースの社畜へと成り下がるのだろうか。毎日が仕事の寿司詰め状態。恋人もおらず、プライベートも全くもって充実していない。
「なあ引田。週末空いてるか?」
「え?」
そんなある日、引田は他部署の同期から合コンの誘いを受けた。相手は自分らが勤務する支社ではなく、本社にある総務、経理、人事課に所属する事務の女性たちとのこと。
これは千載一遇のチャンス。引田は快く返事をした。とはいえ合コンなど慣れていない。返事をしたものの、大丈夫だろうか。
そうして迎えた当日。
「望みは薄いだろうな……」
人見知りな引田は上手く立ち回ることができず、他テーブルとの温度差から途方に暮れていた。
「あの……」
「引田さん、何か飲まれますか?」
そんな矢先。席替え後、正面に座る女性からの透き通った高い声。すっかり冷めきった心を抱擁するように。気の利いた彼女の一言に、引田はぎこちなくも反応する。ニコッと柔和な表情を見せたその女性は、やけに自分に興味を示してくれた。
彼女の名は、「
結果、気さくな一花のムードに解きほぐされた引田は、互いに連絡先を交換。その後度々、食事をするまでの間柄となった。徐々に改善の兆しを見せ始める、仕事とプライベート。
「ヨシッ」
「次のデートで、告白しよう」
鏡の前で意気込み、大きく頷く。決戦は明日。
この日、早々に帰宅した引田は、ポケットの違和感にすぐさま反応した。振動の正体。それは一通の新着メール。
「私たち、もう会うのはやめにしよ……ごめんね」
なぜ。どうして。
慌てた引田は一花へ電話を掛けた。
「八代さん、どうして急にそんな……」
「ごめんなさい。別に引田くんのこと、嫌いになったわけじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「実は……」
言葉を詰まらせる一花。
「じつは……引田くんの部署に、“七原くん”っていう人が新しく入ったって聞いて……」
「その人、すごくカッコいいって、女子たちの間で前々から噂になってて……」
「それで引田くんと関わりを持てば、七原くんとも接点が持てるんじゃないかって、そう思っちゃって……。でも七原くん、退職したって聞いたから。だからこれ以上、嘘をつきたくないっていうか……」
「ワタシ、最低だよね。本当にごめんなさい」
何度も謝り続ける彼女に、引田は無言のまま電話を切った。
正直わからなかった。
あんな可愛い子が、なぜ自分なんかに。
やっぱりそうか。
調子に乗って
とはいえ、八代一花……最低なヤツ。
もういい、忘れよう。
我に返る引田。
すぐに連絡先フォルダから登録を削除しようとした、その時。
「ん? やしろ、いちか?」
「八代一花。っておい、数字の8と1が入って……」
「8引く1は、7じゃねえか」
「おまけに、七原目当てって……」
やっぱりだ。
やっぱり「7」だ。
またお前か。
いつもこうだ。
ベッドに突っ伏し、「はぁ……」と深い溜息をつく。せっかく定時で上がったってのに。何なんだこの疲労感は。
七原……飛んだ置き土産をしてくれたもんだ。
そうして横たわったまま、徐々に閉じてゆく
テレビを点けっぱなしにしたまま、引田はこっくり、夢の中へ。
『7時になりました。ニュースをお伝えします……』
終
「七原」という新人社員2 七雨ゆう葉 @YuhaNaname
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