ゼウス・オリンと8回目の幸福
古朗伍
8回目の幸福
「不幸というものはね。多い時には7回も続くんだよ、ゼウス」
「そうなの?」
「うん。そう言う日は家から出ない事をお勧めするかな」
夜中にふと目を覚ました
「君は7回も不幸を味わいたく無いだろう?」
「……どうなのかしら。
「1」
すると彼は指を一つ立てる。
「幸せを知らない。一つ目の不幸だ」
「……記憶を失う前はきっと幸福な時もあったハズよ」
『エルフ』の話によると、記憶を失う前の
と、彼は紅茶を私に出してくれた。木で出来たカップを、お礼を言って受け取り、中身を啜る。
「熱っ!」
「2」
彼は紅茶の熱さに
「気をつけていれば……起こらなかった不幸よ」
「起こったから不幸なんだ」
そう言って彼は笑う。
「君は色んな事を知らなさ過ぎる。『エルフ』も酷いことしたよ」
そこから救い出してくれたのは、今共に旅をしている三人だった。今は『エルフ』の追手を警戒しつつ町を目指している最中である。
「3」
「……三回目は何?」
「君はこの夜空を知らなかった」
彼が視線を上に向けると
木々の間から僅かに見える夜天。無数の星が川のように流れて強い光が点在する。今までは逃げるのに必死で夜空を見上げる余裕はなかった。
「ふわ……」
綺麗な夜空に思わずそんな声が出た。“鳥籠”は窓が無かったから、外の事なんて全く知らなかった。
「森を抜ければもっとすごいよ」
朝は明るくて、夜は暗い。
「そして、4」
すると、彼は立ち上がると沸かしたお湯で焚き火の火を消した。蒸発する音が響く。
「どうしたの?」
「追手が来た。アラン! ゴーマ!」
彼の声に眠っていた二人も目を覚ます。
「なんだぁ? 交代かぁ?」
「ダンナ。モウ食料ヲ使イキッチマッタノカイ?」
「二人とも寝ぼけてないで。追手だよ」
木々の闇から矢が飛んで来ると、それは
「最悪、殺しても良いって事かな?」
彼は掴み止めた矢をクルっと回して横に捨てる。
「二人は先に行ってくれ。僕が殿をやる」
「でも……」
「行クゾ、ゼウス! オレ達ハ足手マトイダ!」
「マジで援護は良いのか?」
「君の剣は森の中じゃ不利だよ」
「じゃあ遠慮なく先に行くぜ。死ぬなよ」
「夜と森は彼らだけの専売特許じゃないさ」
闇と森は『エルフ』が長ける戦場。それを
「ユキミ! 5回目の不幸が貴方なんて嫌よ!」
「5」
彼が指を全て開く。
「僕たちの“妹”を不幸にさせると、こうなるという事を彼らには理解してもらうよ」
そう言って彼は森の闇に消える。
骨や肉が砕ける音と、悲鳴が聞こえ、『エルフ』達は混乱している様に叫びあっていた。
しばらく走り、森の出口が見えてくる。そこで一度止まり、後ろを見るが追手はおろか、矢の一つも飛んで来なかった。
「ハァ……ハァ……奴ラモ、シツコイゼ」
「ゴーマ。お前は俺より夜目が効く。出口に罠が無いか偵察を頼む」
「オーケーダ、アランノ旦那」
今は立ち止まるわけには行かないが、追手が後ろからだけとは限らない。
「ゼウス、少し呼吸を整えろ。ゴーマが戻り次第、森を出る」
「……ユキミは……」
「アイツは大丈夫だ。いいか? お前は逃げることだけを考えろ」
「貴方達の……誰かを失っても?」
6回目の不幸。三人の内、誰かを失うのなら……
「アラン……
「駄目だ。却下」
「
「面倒だからだよ」
ぐずる
「そうなったら俺ら三人でどうせ助けに行くんだ。二度手間になるだろうが」
「旦那ァ! 『エルフ』ノ追手ハ、コッチマデ回ッテネェデスゼ!」
「暗い森の奥は俺らに任せて、お前は思いっきり世界を見ろ。ほれ」
アランに軽く背中を押されて
森を抜け、空気と世界が広がるのを肌で感じた。
「……」
「ゼウス。イツマデ待ツンダヨ」
しかし、残ったユキミは帰って来ない。
「別に……貴方は宿で寝ててもいいわ」
街の門の前で
「マッタクヨ、見カケニヨラズニ頑固ダヨナ、オマエ」
そう言うとゴーマはそのまま壁に背を預けた。
「オレハ、ココデ寝ルゼ」
「……ありがと」
「やれやれ、矢が飛んで来てもゴーマには止められないよ?」
すると、正面からそんな言葉と共に少し返り血を浴びたユキミが歩いてきた。
「7だよ。ゼウス」
と、ユキミは困ったように肩をすくめて、
「手持ち以外は荷物を全部失った。無一文だよ。金策を考えないとね」
「だぁ!? クソ!」
「どうしたの? カイル」
「鞘の紐が切れちまったんだ。結構気に入ってるヤツだったんだけどなぁ」
「あらあら。全部で7回は不幸が続くわよ?」
「えぇ!? 7回も!?」
「ふふ。でもね、8回目は――」
「幸福がやってくるわよ」
どんなに不幸が重なっても、大切な者達と居るのなら、最後には笑い会えると
ゼウス・オリンと8回目の幸福 古朗伍 @furukawa
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