〈女王の七つの海〉

倉沢トモエ

女王の七つの海

 次の仕事ヤマは豪商・中野栄屋なかのさかえや所有〈女王の七つの海〉だとボスが言う。見た目ありふれた金剛石のブローチだと。


「それでいて不幸を呼ぶお宝みたいですよ」


 だが、なんでこのトンマと組まされた。〈袖切そでき忠次ちゅうじ〉。前身まえはケチな掏摸すりらしい。嫌がらせか。


「そんなもんどうするんだ?」

「その〈不幸〉についての詳細な日記が先日オークションにかかったのは覚えていないかい?」

「ああ。落札したのは、戸田山伯爵」


 世界中の奇妙な逸話があるお宝に目がない華族さまだ。

 代々宮廷の古文書方を務める家柄で、宮廷が新政府に代わって旧華族が軒並み落ちぶれていく中、宮廷に伝わる旧科学、魔道の文献を解ける者はこの家の者だけ、ということで引き続き爵位を与えられ重用されている。そんな家だ。

 俺たち〈暁の怪盗団〉の上客でもある。


「興味深い記述のある日記と、興味深い宝石。

 対にして手元に置きたい、とさ」


 ご趣味のいいことで。


 仕事は、そんな不幸を招く宝石がらみにしては順調に進んでいた。俺たちの流儀として予告状を出し、新聞屋どもが騒ぎ、警察も声明を発表した。


(ところがその手の内は、俺たちには筒抜けなのだが、どうして筒抜けなのかは企業秘密でね)


 なのにあのマヌケは案の定しくじった。


「魔方陣の警戒を解くまで飛び出すな、ったろ?」


 敵さんもそれなりの人員が揃ってる。

 この魔方陣による警戒もそのひとつで、〈女王の七つの海〉がある金庫室前に張られたそれは、解除前に足を踏み入れると異空間へ落とされる。


 ……え。落ちてない?


「へっちゃらっすよ、ハヤブサの兄貴」


 妙だ。

 何が妙か。

 ここまで、警備の人間がまるでいなかった。あれほど警戒した廊下の仕掛けも作動しなかったし、この魔方陣さえ解除されているとは?


「あれ、兄貴。開いてますよ?」


 不用意に金庫室の扉に手をかけるあたりが、考えるより手が先に出る掏摸野郎のマヌケの真骨頂だが、


「開いているだと?」


 罠か?


「まだ入るな」


 と、言いかけた時。


「どうぞ入りたまえ」


 金庫室の奥から、知った声がする。


「戸田山伯爵」


 小綺麗な身なり。白髪の柔和な顔が、にこやかに俺たちを出迎えた。


   * *


「実に興味深いのですよ」


 戸田山伯爵の手には、金剛石のブローチが。

 あれが〈女王の七つの海〉か。


「俺たちの仕事が遅いからって、伯爵御自らお手を下すとは?」

「いいえ?」


 伯爵は愉快そうだ。


「まったく、不幸を呼ぶ〈女王の七つの海〉。その力を目の当たりにできるとは、これほど幸せなことはありません」

「不幸?」

「あなた方の予告状が到着し、当日である今日まで中野栄屋さんは入念な準備をされていました」


 だろうな。


「ところが当日になるとどうでしょう。

 彼らは不幸なことに、この私を〈女王の七つの海〉に関する有識者として

 万一〈女王の七つの海〉を偽物にすり替えられた時に備えての、真贋鑑定人といっしょにね」


 ここにもマヌケがいたとは!


「さらに不幸なことに中野栄屋さん系列のファミリーレストランで、数件同時に強盗が入って現在対応に追われています。人員がそれだけそちらにとられています」


 予告状の日時に便乗したノロマどもまで!


「さらに、」

「そうか。つまりはそれであなたがここに?」

「実に簡単です。。私もあとで眠りますが」


 となると、あっけないものだ。

 俺たちは、ブツを一旦預かってずらかり、あとであらためて伯爵に引き渡せばいい。


「実にこの数日の経験、興味深いものでした。落札した日記に記されている不幸が次々に起こるのですから」


 くわばら、くわばら。

 さっさと退散したほうが、障りも少なく済むだろうか。

 ふと見ると。


「おい、袖切り?」

「これが〈女王の七つの海〉! 」


 マヌケ野郎、伯爵からスリ取りやがった。


「兄貴、悪く思わないでくださいよ。気を抜いたあんたがたが抜けてたんだ」


 おいおい、そういうことか。

 いつの間にか俺の短銃も奴の手の中に。


「そうでしたか」


 伯爵、両手を挙げながら足でなにか押す。

 けたたましい警報が屋敷中に響きわたった。


「下手なことを!」

「おい。それ、弾入ってると思うか?」


 マヌケ野郎は言われた通りに短銃を確かめようとして、その隙を突いた俺との取っ組み合いになる。

 短銃は簡単に奪えたが、問題は〈女王の七つの海〉。取り返してはまた奪い返され、それでもわからねえのは、


「頑張ってくださいねえ。

 私はそろそろ、


 なにか一服あおって、その場に倒れてしまった伯爵だ! なんだこの人は!

 その時。

 俺たちの手から〈女王の七つの海〉が、勢い余ってすぽっと弾き出された。


 取られてたまるか。


 俺はマヌケ野郎を押し退け、ブローチに飛び付こうと……したら。


「……兄貴?」


 ブローチは壁に当たって跳ね返り、俺の口のなかを通過して。


「……飲んだ? 兄貴?!」

「ついてねえな、マヌケ野郎」


 俺にしてみれば、不幸なのか好運なのか、わからねえのが洒落ている。

 これからすることは決まってる。腹の中を気にしながら、警報で目を覚ました警官どもと中野栄屋の連中を突破しなけりゃいけないんだが。


「じゃあな、袖切り! ついてねえのはどっちか、これからわかるぜ!」


 あばよ!

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〈女王の七つの海〉 倉沢トモエ @kisaragi_01

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