アンラッキーセブンの攻防

江崎美彩

第1話

 オレンジ色の常夜灯が仄かに照らす寝室で寝転び、ボリュームを絞ったラジオに耳を澄ませる。

 トランペットと太鼓が奏でるチャンステーマを、「カーン!」という打球音が切り裂き、一瞬の沈黙のあと大歓声が湧く。


「七回の表、ラッキーセブンの攻撃は主砲の一振りで一挙三点が入り逆転! シーソーゲームの様相をていし、試合の行方はわからなくなりました!」


 頭上のラジオからは、興奮気味な実況アナウンサーのうわずった声が聞こえる。

 

 ──何がラッキーセブンだ。こっちからしたらアンラッキーセブンだ。


 贔屓球団のエースピッチャーが打たれた事に落胆の色が隠しきれない。寝返りを打ち大の字になる。


「おうた、うーたってー」


 持って行き場のない気持ちを持て余しているこちらにはお構いなしに、キミの元気な声が寝室に響く。目をらんらんとさせて全くもって寝る気配はない。

 大の字になった身体によじのぼると、小さな手で顔を引っ張ったり、お腹の上に座って飛び跳ねたりとやりたい放題だ。


「ねんねの時間だよ。もう寝なさい」

「いやー! おうたうーたってー!」


 リクエストに応えて子守唄を歌うと「ねんねのおうたいやー!」と、キミは怒りを爆発させて暴れ出す。


 コマーシャルが明けたら、今度こそラッキーセブンの攻撃だ。いまスタジアムで大合唱しているはずの応援歌を口ずさむ。満足げなキミを抱き寄せて手拍子に合わせてキミの背中でトントンとリズムを刻む。


 打順よく一番バッターからの攻撃だ。


 バッターボックスに向かうための登場曲に、選手を鼓舞するヒッティングマーチ。ヒットが続き、すかさず流れるチャンステーマ。試合の進行に合わせ、温かなキミの体温を感じながら口ずさむ──


 ふと、気がつくと、いつのまにかラジオからはスタジアムの喧騒は消えていた。代わりに若者に人気のお笑いコンビの軽妙なやりとりが聞こえ、キミは気持ちよさそうに寝息をたてていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンラッキーセブンの攻防 江崎美彩 @misa-esaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ