【KAC20236】命をBETする『アンラッキー7』

無雲律人

アンラッキー7

「7っていう数字はさ、ラッキーセブンとも言うんだけど、国によっては不吉な数字なんだよね」


 そんな蘊蓄うんちくを語りだしたのは幼馴染の七海ななみだ。


 俺はしがないフリーターの純也じゅんや20歳。七海は隣の家に住んでいる俺と同い年の幼馴染だ。


「中国やベトナムでは7は不吉な数字だけどさ、アメリカではラッキー7なんて言うし、その影響か日本でもスロットやパチンコじゃ7が3個揃うと大当たりだよね」

「ほぅ……。で、お前は何が言いたいんだ?」

「だからね、私はスロットやパチンコで7が3個並んだら、ラッキーと共にアンラッキーも背負う事になるんじゃないかって言いたいのよ」


 はぁ……うざいな。七海の説教が始まった。


 俺はてきとーに週3日バイトをして、日頃はパチンコ屋に入り浸っている事が多い、いわゆるクズだ。でも、だから何だって言うんだ? 俺はこいつに迷惑を掛けているのか? 七海は、いつも勝手に俺の生活を心配してはこうやって小言を言ってくる。うざい。非常にうざい。


「お前のありがたい講釈は分かりましたよ。でもな、日本のドラマを見てみろ。『7人の〇〇』ってのが大手を振って放送されてしかも人気がある。俺は7はラッキーナンバーだと思ってる。俺の懐を軽くするも重くするも全部7次第ってな。じゃ、パチ屋行ってくるわ~」

「ちょっ……待ちなさいよ! 純也! 話を……」

「はいはいはい。話はまた明日以降な! じゃなー」


 制止する七海を振り切って、俺はパチ屋へ出かけた。


***


「くっそ!! 今日はツイてねぇ! 1回も目が揃わねぇじゃねぇか!」


 ガンッ! と道端に落ちていた空き缶を蹴っ飛ばし、俺は不貞腐れていた。


 七海の説教から始まって、今日は厄日だ。7万もっちまったし、良い事なんて何も無い。


 夜遅い人気の無い通りを歩いていると、そこに占い師みたいな恰好をした老婆が店を開いていた。


「占い……か?」


 この辺じゃ占い師が店を開いているのは珍しい。だが俺は、占いなんて信じない。よってその老婆の店をスルーする事にした。だが……


「お兄さん、良い話があるよ」


 しゃがれた声で老婆が言った。


「俺!?」


 周りを見渡しても、歩行者は俺しかいない。俺はこの老婆に呼び止められた事が驚きで動揺を隠せない。


「お兄さん、この奥の店で『アンラッキー7』が出来るよ」

「アンラッキー7? 何だそれ?」

「あんた、博打ばくちを打つのにアンラッキー7を知らないのかい。ひっひっひ」

「なんだよ、そんなの知るわけねぇじゃねぇか……普通博打っつったらラッキー7だろうよ」

「いや、今はアンラッキー7が一番熱い。何せ、アンラッキー7は揃ったら人を一人、呪い殺せる」

「!!??」


 人を呪い殺す博打? 何だそれは。俺はこの老婆に胡散臭さを感じたが、突然の事にあっけにとられて身動きが取れない。


「お兄さん、一人呪い殺せるとしたら、誰がいい? ひっひっひ」


 呪い殺す……? そんな事考えた事も無いが、もし呪い殺せるとするなら、中坊の時に俺をいじめたあいつらのリーダーの田中か? それとも、バイト先のむかつく店長の吉田か?


 そんな事をぐるぐると考える。老婆は話を続ける。


「この路地の裏にある黒い看板の店『セブン』に行ってごらん。アンラッキー7をさせてくれるからのう。ひっひっひ。ちなみにお代は無料じゃ。懐が軽くなってるあんたでも、十分楽しませてもらえるよ」


 俺は躊躇した。20年という短い人生だが、それで学んだのは『タダより高いものは無い』って事だ。


「お兄さん、早く行かないと『セブン』の門が閉まるよ。さぁ!」


 老婆は老婆らしくない素早さで立ち上がると、俺の背後に回り、俺をぐいぐいと路地の方へ押し出した。


「なっ!? 待て! 俺はまだその店に行くとは言ってねぇ!」


 老婆は俺を凄まじい力で俺を押しながらこう言った。


「あんたには素質があるんだよ! さぁ、行け!」


 なされるがままに、俺は路地の奥へぐいぐいと押されて連れ込まれ、そして黒い看板の店の前に来た。


「扉は自分で開けるがよい。さぁ!!」


 もうこうなったらやけっぱちだ。


 俺はその黒い扉を開けると、店内に入った。


「いらっしゃいませ、中西純也様」


 中に入ると、そこは薄暗いバーの様な作りで、カウンターには60代前半くらいのロマンスグレーで口ひげを蓄えた紳士っぽい男がいた。


「……? 俺はまだ名乗ってない……何で俺の名前を知っている?」


 じわりと脇に汗をかく。


「まぁ、細かい事はいいじゃないですか。せっかく『アンラッキー7』で繋がった縁です。さぁ、あなたの運を試すのです!」


 男はそう言うと、カウンターの上にある一台のスロットマシーンを俺に仰がせた。


「これ、ただのスロットじゃないか?」


 俺は若干引き気味にそう言った。


「ただのスロットではありません。この『アンラッキー7』では、7が3個揃ったら相手を呪い殺せますが、揃わなかったらあなたの命を頂きます」


 汗がどっと吹き出す。


「はっ!? 俺の命!? 7が揃わなかったら俺は死ぬって言うのか!?」


 男は平然と続ける。


「そうです。相手の命か、あなたの命か。どちらか一方の命を頂きます!」


 俺は焦る。そんな、命を懸けた博打だなんて聞いていない。


「お、俺は帰る」


 扉を開けて帰ろうときびすを返す。だが……


「扉が……消えてる!?」


 入ってきたはずの扉が、無くなっている。一面黒い壁だ。


「あなたはもう後戻りは出来ないのです! さぁ、アンラッキー7で決めましょう! 相手の命か、あなたの命か!」

「か……帰してくれ。俺をここから出してくれ……」


 俺は半分泣いていたと思う。この空間が、恐怖でしかなかった。


「帰らせることは出来ません! いいじゃないですか、あなたがアンラッキー7で7を3個揃えればいいだけです。そうすれば、元の生活に戻れましょう!」


 ダメだ……こいつは俺をここから出す気が無い。こうなったら、俺は『アンラッキー7』を回すしかないのか……。


「さぁ! いつまでも迷っていると、無条件にあなたの命を頂きますよ! 考える時間はあと1分!」


 待て……待ってくれ……俺の命の行方があと1分で決まるって言うのか!?


 俺は、何か言い返そうとするが、喉が干からびて何も言葉が出ない。


「あと30秒!」


 待ってくれ……俺は……


「あと10秒!」


 俺は……


「3、2……」

「分かった!!!!! やるから!!!!!!」


 俺は、最後の力を振り絞ってそう叫んだ。


「要は、俺がこのスロットで7を3個揃えればいいんだな?」

「そうです! たったのそれだけです!」

「分かった。やってやるさ……」


 俺はスロットの乗ったカウンターの椅子に座る。その瞬間、スロットからけたたましい音楽が聞こえて来た。それはまるでサーカスで流れるような、この空間の不気味さをさらに濃くするような音楽だった。


「さぁ! バーを引いて!」

「い……い……行くぞっ……!」


 俺は目を瞑ってバーを引いた。


 ピロロロロロロ……軽快な音を立ててスロットは回りだす。


 スロットが順に止まる。


 7……7……


 よし! あと1個7が来れば、田中か吉田のどちらかを呪い殺して俺は生き延びられる!


……4……


「774です!」


 は、外した……!?


「774です! アンラッキー7成立せず! 中西純也様、あなたの命、頂戴いたします!」


 俺は思わず取り乱す。


「待て……! 待て、もう1回、もう1回だけ頼む!! 俺は死にたくない! まだやりたい事があるんだ──」


 そうだ。七海に俺の気持ちを伝えてない。こんな俺だから、ずっと七海に言えなかった。好きだって言えなかった。クズみたいな俺だから、ずっと気持ちを閉じ込めて来た。


 でも、死を前にして分かった。


 俺は変わりたい。

 人生をやり直したい。

 七海と……一緒に歩いて行きたい。


 そんな俺をよそに、男は一つも動じないでこう言い放つ。


「アンラッキー7にIFはありません! 一発勝負! あなたの負けです! さぁ、命を頂戴します!」


 待て……まて……マッテクレ……


 意識が遠のいていく。視界が歪む。俺は……俺は……


**

***


「だーかーらー、パチンコばっかりやってないで、少しは自分の事考えろっての! 人生は一度っきりしかないんだよ!?」

「!!??」


 目が覚めると、俺は俺の部屋で七海のいつものお小言を聞いていた。


「ねぇ、純也! 聞いてるの!? 純也!!」

「あ……? 俺!? 生きてる!?」

「なーに寝ぼけた事言ってんのよ! 目開けながら寝てたって言うの!?」


 俺は自分の顔をひっぱたいて俺の存在を確かめる。


「生きてる……生きてるよ……な……?」

「寝ぼけた事言ってないで、さっさと求人サイトでも見てみなさいよ! あんたねぇ、この私があんたと付き合ってやっても良いって言ってるのよ。ただし条件はあんたが定職に就く事!」

「あ……あぁ、求人サイト、求人サイトな。分かってるよ……」


 俺は視線をスマホに落とす。


 そうだ。俺は一世一代で七海に告白をして、七海からOKを貰ったが、付き合う条件と言うのが俺が定職に就く事だった。


 でも、俺はさっきまで『セブン』で『アンラッキー7』をしていたはずだ。


 何がどうなっているのか。どちらが夢でどちらが現実なのかは分からない。


 ただ、俺は分かった事がある。


 俺にとって7は幸運の7なんだ。だって、傍に居てくれる七海の7だから……。


***


 俺は、人生をやり直す。たった一度の人生なんだ。早々に諦めてたまるか。七海と幸せになるためにも、俺は、立ち直る。


 『アンラッキー7』で一度は捨てた命だ。死ぬ気になれば、どんな事だって耐えられる。


 これから訪れる就職活動も、世間の冷たい目も、全部受け止めて跳ね返しながら俺は生きていく。人生は一度っきりだ。これ以上後悔してなるものか。


 俺の人生を、生きるも殺すも俺次第なんだ。だから俺はもう、前だけを向いて生きていく──。



────了

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