「7」がアンラッキーナンバーになった理由

相内充希

「7」がアンラッキーナンバーになった理由

 一般的にラッキーな数字と言われている七が、俺にとってはアンラッキーな数字になったきっかけを思い出した――。



 それは急な出張だった。

 本来行くはずだった同僚が盲腸で入院することになり、代理として出張で向かったのは俺が中学まで過ごした土地だった。

 ここに来るのは卒業以来で、ちょうど干支が一周した十二年ぶりだと気づく。十年ひと昔とはよく言ったもので、ずいぶん様変わりした街の様子に、懐かしいのと物珍しい気持ちが入り混じった。二泊三日のギリギリのスケジュールだったはずが思いのほか早く終わったのは、俺が昔ここに住んでたということも影響していたのかもしれない。共通の話題があるというのは、いろいろな壁を消すものだ。

 最近できた店などを教えてもらったこともあって、帰る前にブラッと町を見て回るかなどと考えていたのだが――。


「あれ、健太?」


 たまたま立ち寄ったコンビニで中学の同級生に名前を呼ばれた。


「やっぱり井口健太だよな。俺だよ俺、溝口洋平。久しぶりだな。え、何、仕事でこっちに来てたん? 連絡くれればいいのに。――あ、今日で終わって明日帰るんだ? じゃ今夜はあいてるんだな。ちょうどいいや、同窓会やろうぜ」

「お、おう」


 洋平は昔のようにマシンガントークでそう言うと、サクサクと即席の同窓会をセッティングしてしまう。相変わらずのフットワークの軽さに懐かしさよりも先に、こいつはこうでなくちゃなという気持ちになった。


 洋平によると、やはり同じクラスだった原田が最近居酒屋を継いだらしい。そこに来れるやつだけで集まろうという話だったのだが、ふたを開ければ定年退職した当時の担任含め、元クラスメイトの半数近くの十五人が集まってしまった。

 意外と地元民、多いんだな。


 今回は時間がないと思って誰にも連絡を取らなかったのだが、地元にいても久々というメンツも多いらしい。互いの近況や懐かしい話で盛り上がり、思いのほか楽しい時間を過ごした。


 明日早いため二次会は辞退したが、タクシーを呼ぼうとした俺を洋平が止めた。


「駅前のホテルだろ? 嫁が迎えに来るから送ってくよ」

「いや、悪いよ」

「大丈夫だって。嫁も喜ぶし」

 喜ぶ?

「あ、言ってなかったっけ? 嫁のこと覚えてるかな。部活の後輩の児玉なんだけど」

「児玉京香か! おお、そりゃおめでとう」


 思わず祝いの言葉が出たのは、京香が中学時代、洋平の彼女だったからだ。

 つまりあれだ。中学から付き合って結婚したってことだ。一応確認すると事実そうらしい。

 別れる理由がなかったしなんてうそぶいているが、まわりのやつらの表情を見れば、今も二人が仲睦まじいことが伝わってくる。


 やがて水色のコンパクトカーが駐車場に入って来る。ナンバープレートの877という数字に、ふと遠い記憶が刺激された。


「あ、来たな」

 そう言って洋平が手を振る。

 かつて日に焼けて短い髪で笑っていた少女は、すっかり大人の女性になっていた。

「健太先輩! お久しぶりです!」

 それでも、しっぽを目いっぱい振ってる子犬のような笑顔は健在らしい。久しぶりの再会にもかかわらず、ブランクを感じない空気になごむ。


 京香のリクエストでコーヒーを一杯だけ飲んでから、宿泊しているホテルに送ってもらうことになった。




 ちょうど店の窓から見えるコンパクトカーが見える。

「可愛い車だな」

 なんとはなしにそういった俺に、あれは洋太の母のおさがりなのだと京香が笑った。それに頷く洋平も明るく微笑む。

「せっかくなら、ナンバーがスリーセブンがよかったんだけどな」

「いや、八なら末広がりで縁起がいいじゃないか」

「そうかな」


 そう。777なんて別にラッキーナンバーなんかじゃない。


  ***


 俺が進学した大学のキャンパスは郊外にあった。バスも一応あるがなにかと不便で、学生のほとんどが車で通学するのが普通だったくらいだ。最初は電車とバスの乗り継ぎで通学していた俺も、三年からは車での通学に切り替えた。

 正直なところ、俺は車にこだわりがない。あくまで移動手段であり、道具。

 自分が稼いだバイト代で買うことにしていたこともあって、最初から贅沢を言う気はなかった。たまたま父親の友人が自動車整備工場で中古車の販売もしてた縁で、安く買えるならそれでいいくらいの考えだったのだ。車種の希望を言うことさえしなかった。

 結果、手に入った中古車は空色の軽自動車だった。


「男が乗るには可愛すぎませんかね?」

 本音を言えば好きな色だったが、やっぱり二十歳の男が乗るには腰が引ける。せめて黒とか白とか、無難は色はなかったのかと思うが、多分色のせいで売れ残って安くなってたのだろう。

 だが父の友人はニヤリと笑った。

「隣に可愛い彼女を乗せれば問題なし」

 それはこの前連れてきた彼女を指してるのだと分かる。

 言われてみればそんな気もしてきた。


 その車のナンバープレートが777だった。別に選んだわけではない。たまたまだ。

 当時は単純に縁起がよさそうだと思った。

 目立つ色とナンバーのおかげで、どこに出かけても「〇〇にいただろ」なんて声をかけられることが多くなったのが少し面倒だったが、使い勝手のいい愛車に最初は満足してたんだ。



 当時ショッピングセンターのゲーセンでバイトしてたのだが、その駐車スペースから道路を挟んで反対側にパチンコ屋があった。ちょうど入り口から見えるらしく、ゲン担ぎの一つにされてるらしいと聞いたのはG.Wをすぎたあたり。


 スリーセブンの水色の軽を見ると運気が上がる。

 そんな笑い話としか思えない話を信じるやつなどいないだろうと思ったが、車から降りる時、たまたまパチンコ屋に入る客に満面の笑みで見られた時は、正直「マジ?」と思った。自分には縁がない店だから、客がどんな気持ちで見ていたのかは分からないけれど、たまたま目が合ったからというのとは、少し違う気がしたのだ。


 それから時折、車についた傷に気づくようになった。

 最初は石がはねたかな? くらいのよく見なければ気づかないような小さなものだったけど、後日明らかに小銭でひっかいたようなものがあったときは、怒りとショックで周りの温度がさーっと下がった気がした。

 当時従業員用の駐車場に防犯カメラがなかったこともあって、このときの犯人は特定できなかったが、目撃者の話などから十中八九、パチンコだかパチスロで負けた客の腹いせだろうとのことだった。俺の車は負けとは全く関係がないのに。

 すぐに駐車スペースを変えてもらったが、結局夏休みに入る前の七月いっぱいでバイトを変えることに決めた。あと一ヶ月……そう思っていたのに。


 七夕は雨だった。

 彼女との待ち合わせ場所に向かう途中で黒猫が目の前をよぎり、あやうく引きそうになったことに血の気が引いた。

 その後、最近よそよそしくなった彼女から「好きな人ができたの」とフラれた。


 彼女が去った後もしばし呆然とし、ようやく会計しようとして、小銭を全部ぶちまけた。しかも会計は彼女が済ませていたと知り、なんとも情けなくなったうえ、持ってきた傘は、カフェの傘立てからなくなっていた。


 車に戻ると助手席の窓が割られていた。

 陰になる位置に置いといたのが災いし、車上荒らしにあったのだ。

 助手席には試験勉強に必要なノートや資料しかなかったから、実質取られたものはなかったけれど、それらは降りこんだ雨でぐしゃぐしゃになった。


 警察を呼んで一通り事情聴取を受けたあと、車を買った整備工場に向かった。時刻は七時近かったが、開けてくれると言ってくれたからだ。

 しかし途中の交差点でわき見運転の軽トラに突っ込まれ、結局車はお釈迦になった。それでもお互い大した怪我がなかったのは—―――。


「どちらもナンバーがスリーセブンだったんだって? ラッキーだったな」

 何人かにそう言われたが――――ラッキーなわけないだろ?


 以来七は俺にとって災いの数だ。ラッキーどころか、間違いなくアンラッキーセブンだ。


 ***


 走馬灯のように、瞬時にそんなことを思い出した。

 八なら縁起がいいと言った俺に、洋平が「じじくさい」と笑う。つい「おまえと同い年だけどな」と突っ込んで二人で大笑いしたのは、二人とも酔っぱらってるからだ。



 たぶん俺は、今後も七という数字を避けるだろう。

 何年も無意識にそうしてたから、そうそう変わらないだろうと思うのだ。

 しかし目の前にある、あのときと似た色の車と一つ数字がズレたナンバー。そして目の前で幸せそうに笑う二人の旧友の顔に、不思議と俺の運気が変わったような、そんな奇妙な爽快さを感じた。


 ――そうだな。

 アンラッキーセブンが普通のセブンくらいになる日は、もしかしたらわりと近いのかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「7」がアンラッキーナンバーになった理由 相内充希 @mituki_aiuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ