「七」であろうがなかろうが[ノーリグレットチョイス番外編]

寺音

「僕だったら、きっと何もされずに無視(スルー)されてたよ」

「あー、もう桜散り始めちゃってるんだ」

 桜の木を見上げ、タイクウが残念そうに呟いた。薄桃色の花弁が、風に乗ってヒラヒラと舞い落ちていく。

 藍銅鉱アズライトのスポンサーがいるビルの前は、積もった花弁が敷かれて絨毯のようになっていた。


「掃除が大変そうだな」

「そうかもね。あ、ヒダカ! 僕、ちょっと検査で呼ばれてるから、先に時雨しぐれさんの所へ行っててくれる?」

「あぁ……」

 その名を出した途端、ヒダカは思いきり顔をしかめた。


 ヒダカは兄である時雨のことを、『嫌いだ』と公言している。松風時雨まつかぜしぐれは地上から二人の活動を支援してくれている、とても頼もしい存在なのだが。

 なんとなく素直になれないだけではないかと思いつつ、タイクウはヒダカと別れて駆け出した。





 病院での定期検査が終わり、タイクウはヒダカを探す。

 時雨が活動拠点としている場所は、高層ビルの中にあって中々に広い。

 とりあえずと、彼がよくいる場所を目指していると、廊下で向かい合うヒダカと時雨を見つけた。


「あ、ヒダカ。ここにいたん」

 声をかけようとしたタイクウは、思わず足を止める。

 ヒダカが顔を真っ赤にし、物凄い形相で時雨を睨みつけているのだ。時雨の手からタブレット端末をひったくるようにして奪い、彼は立ち去っていった。

 背中から、俺に話しかけるなと、どす黒いオーラが漂っている。


「あの、時雨さん。何があったんですか?」

 このままにはしておけず、タイクウは立ち尽くす時雨に声をかけた。

 時雨は右手で眼鏡のズレを直すと、左手の人差し指に摘んだものを見せながら嘆息する。


日高ヒダカの頭頂部に、これがついていたのでな」

「桜の花びら?」

 時雨の指先には、薄桃色の花びらが一枚。彼はそれを右手の平にそっと乗せる。


「取ってやった途端、なんとも言い難い複雑な表情を浮かべて、何故か私の身長を尋ねてきた。答えてやった結果が、コレだ」

「あー……。ちなみに時雨さん、身長は?」

「百八十五センチ程度だったかと思うが」


 タイクウの口から、二度目の「あー」が出た。

 ヒダカの身長は百七十八センチほどなので、時雨との差は約七センチ。体格であればヒダカの圧勝なのだが。


「えっと、気にしなくても大丈夫だと思います。きっと、複雑なアレコレのせいで頭に血が上っただけだと」

「そうか」

 時雨は淡々と応えて、視線を手のひらの花びらに落とす。


「相変わらずだな」

 兄弟で同じ色をしたレンズ越しの瞳は、幾分か柔らかい。それは彼の想い人の名をした花を見つめているから、だけではなさそうだ。


 そう言う表情を、もっと弟に見せてあげれば良いのに。タイクウはどこか親のような気持ちで、鼻で深く息を吐いた。






「ああー! 思い出すだけで腹が立つ! なんでアイツの前であんなマヌケな姿をさらさねぇといけねぇんだよ⁉︎」

「うんうん。それは災難だったね」

 合流したヒダカは、まだ荒れていた。ただでさえ複雑な感情を抱いた兄にあんな姿を見られ、簡潔に言うと恥ずかしかったのだろう。あるいは意外とあった身長差にプライドを刺激されたか。


「そう言やぁ、テメェも俺よりデカいじゃねぇか⁉︎ くそっ、せめてテメェくらいの身長なら、気づかれなかったかもしれねぇのに」

「え、そう言う考え方? ……いやぁ、それはどうかなぁ?」

 ヒダカの物騒な声を聞きながら、タイクウは思わず苦笑する。


「どう言うことだよ?」

「いや、だって、ただ『見えたから』じゃないでしょ」

 時雨がヒダカの頭の花びらに気づき、あまつさえ指先を伸ばしたのは。


ヒダカだったからだよね、絶対」

「あぁ⁉︎」

 この兄弟が理解し合う道のりは、まだまだ遠そうである。

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