バトル納税

春海水亭

なんでもかんでもバトルにするな

「あああああああ!!!!!税金払いたくねぇなぁ!!!!脱税でもするかあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 叫ぶ男の名は脱税太郎。

 確定申告をやり続けた結果、子どもには税金関連で苦しんでほしくないという両親(旧姓:高橋)の願いから名付けられた子どもだ。税務関連の書類で散々に見せられた国税太郎の反存在である。親の願いは名字じゃなくて名前の方に託せよ。


 脱税太郎は齢三十にしてフリーターである。

 人間性と能力の問題で、生涯で一度も定職についたことはなく、その収入にしたって低いものなので、非課税である。納税の義務を果たさずに済んでいる。

 皮肉にも税金関連で苦しんでほしくないという親の願いは叶えてしまっていた。


 しかし、脱税太郎にもこの生活がいつまでも続かないことはわかっている。

 将来を見据えて脱税太郎はコツコツと転売や、AIによる内容のない記事の量産を行うことによって、バイト以外での雑所得を増やしていったのである。


 その結果、雑所得が二十万円を超えた。

 如何に住民税非課税世帯であっても、給与外での二十万円を超えた以上は確定申告の義務が生じる。

 だが、脱税太郎は確定申告童貞である。

 毎年毎年、確定申告に苦しむクリエイター達の苦しみをゲラゲラと嗤って眺めていたが、自分が確定申告をする段になると恐ろしくてたまらぬ。税務署はなんらかの理由をつけて、転売収益根こそぎ持っていくものだと思っている。


 そこで脱税太郎は決めたのである。

 今こそ、名字に燦然と輝く二文字に従って――脱税をしようと。


 まず、脱税太郎はファミリーレストランに入店し、手当たり次第に注文しまくり暴食の限りを尽くすと、レジに向かった。

 小計は一万円。外税は十パーセントで千円。

 本来ならば、一万一千円の支払いである。

 だが、店員に手渡されたのは一万円札一枚であった。


「お、お客様……?あと千円足りないのですが?」

 店員の困惑の理由は、金が足りなかったこと――それだけではない。

 一万円を差し出し、後は仁王立ちでレジ前にて待つ脱税太郎のその表情があまりにも自信に満ち溢れたものだったからである。


「お……お客様……ハッ!?」

 その時、店員は脱税太郎の意図に気づいた。

 脱税太郎は青ざめた店員の表情を見てゆっくりと頷く。


「手始めに消費税から脱税させてもらおうか……」

「こいつ……新手の脱税者かッ!」

「そうッ!これが俺のインボイス制度よォーーーーーーッ!!!!!!」

「うわあああああああああ!!!!!」

 脱税太郎は店員を殴りつけ、意気揚々と退店する。

 これにて千円分の脱税が完了した。


 脱税とは所得を隠し、税務署を欺く知的犯罪のはずである。

 だが、税務署も予想だにしていなかっただろう――まさか強盗罪で脱税が出来るとは。まさに法――いや、税の抜け道と言ってもいいだろう。


「……ククッ!」

 退店した瞬間、脱税太郎は自信に漲る力に気づいた。

 税にまつわる事柄に対する問答無用の破壊力――脱税のオーラである。


「キサマッ!何をしている!?」

 その時、通報を受けた警察官が脱税太郎を取り囲んだ。

 その手には抜き払った警棒。


「見ればわかるだろう……脱税をしているッ!」

「シンプルな強盗だろうが!!」

 警察官が一斉に脱税太郎に殴りかからんとした。

 だが、その身体は一歩も前に進むことはなく――逆に、反発する磁石のように思いっきり背後に吹き飛んだ。


「……なっ、キサマなにをしたッ!?」

「脱税をしている」

「これはただの暴力……ハッ!」

 その時、警察官の一人が何かに気づいたように顔色を変えた。


「貴様の気付きの通りよッ!国家権力である貴様ら公務員は税の力によって運用されるものッ!そして公務員に対する揶揄と言えば税金泥棒……つまりッ!貴様ら公務員をまっとうに働かさなければ……」

「事実上の脱税というわけか……」

「そういうことだ」

 そういうことになった。


 脱税太郎は倒れ伏す警察官達を背に、自宅に向けて歩き出す。

 脱税太郎は両親の買った一軒家に暮らしている――疲れたから家に帰るのか、否。税制に詳しい読者の皆様ならば、もうお気づきだろう。


「キェェーーーーッ!!!!!」

 脱税太郎は脱税オーラを用いて、自宅をその土地ごと異世界に追放した。

 これにて固定資産税をかけようにも存在するはずの自宅と土地が無い――そういうことになる。


「クク……ハーッハッハッハ!!!!俺にまとわりつくあらゆる税金から抜け出してやるッ!!人類の歴史とは脱税の歴史ッ!この脱税太郎こそがッ!新たなる歴史の王者だッ!!」

 なんたることか。

 脱税がここまで恐ろしい犯罪であったとは、皆様も予想だにしなかったであろう。

 この脱税の王を止められる人間はいないのか。


「待ってもらおうか……」

「何奴だッ!」

 脱税太郎の前に現れたのは一見すれば特徴のない中肉中背の男である。

 着ているスーツは量産品の、然程高くはないものであるがよく手入れされていて清潔な印象を受ける。

 しかし注目すべきはスーツではない。スーツの上からでもわかる鍛え上げられた肉体だ。


「税務署の国税太郎です」

「国税太郎……ッ!実在していたのかッ!」

 国税太郎といえば、税務関連の書類のサンプルネームで死ぬほど見る名前である。

 つまりは日本国の税を代表する存在と言っても過言ではないだろう。


「脱税太郎が言うんですか」

 瞬間、国税太郎は跳んだ。

 二メートルほどある脱税太郎との距離を一飛びに詰め、その拳は国税太郎の腹部に。納税によって作られた強靭なる肉体は岩をも破壊する。


「無駄ァッ!!」

「むっ!」

 国税太郎の拳は脱税オーラによって防がれ、瞬間脱税太郎の回し蹴りが国税太郎を横薙ぎに転がす。それを追って、脱税太郎が脱税オーラで光弾を放つ。


「でりゃりゃりゃりゃりゃッ!!!」

 何故、脱税オーラでここまでのことが出来るのか。

 しかし、冷静に考えてみていただきたい。納税は様々なことに活用されているのである。なれば脱税も様々なことに活用されてもおかしくはないだろう。


 光弾によって公道が破壊され、煙が巻き起こる。

 だが、脱税太郎にはその煙で隠れた人影がしっかりと立っているのを見た。

 追撃を仕掛けるか、あるいは待つか。

 決まっている――脱税太郎は跳んだ。

 脱税とは収入を失いたくないがための守りの行為――だが、己の脱税は攻めだッ!


「税務署の貴様に脱税者の俺が言ってやるのも奇妙なことだが……ここが年貢の納め時よォーーーーーーッ!!!!」

 勢いよく殴りかかる脱税太郎――だが、その鉄壁の脱税オーラの僅かな隙を縫って、国税太郎の手刀が脱税太郎の脇腹に突き刺さっていた。


「バッ……馬鹿なッ……俺の脱税は完璧なはず……公務員属性の貴様らに攻略できるはずが……ッ……」

 血を吐き倒れ伏す脱税太郎に国税太郎が冷静に問いかける。

「今年のバイト年収はいくらでした?」

「……今年の年収は、百三万七円……ハッ!?」

「そう……住民税非課税であっても収入が百三万を超えれば、所得税の対象。還付金の可能性はあるとは言え……既に貴方は源泉徴収税を払っているんですよ」

「バッ……馬鹿なああああああ!!!あの七円さえ!あの七円さえなければああああああ!!!!!」

「年貢の納め時、それはこちらの台詞です。ですが貴方に必要なのは追徴ではなく……懲役のようですがね」

「税金から逃れようとして、結局税金の世話になるとはな……」

「税金の世話にならない人間などはいません……この国で暮らす限り……」

「負けだ……刑期を終えたら……ちゃんと税金を払うよ……」


 誰の金で生きているんだとクレーマーに言われることもある公務員であるが、公務員自身も税金は払っている。

 国で暮らす限り、税金からは逃れられないし――税金の恩恵もまた日の日差しのように降り注ぐのだ。

 脱税はやめよう。

 だが、税金を払いすぎないように節税をすることは認められている。

 短絡的に脱税をせず、経費として計上できるものを探そう。

 それは人間の権利なのだから……


 確定申告は三月十五日が締め切りです。


【終わり】

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バトル納税 春海水亭 @teasugar3g

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