只今競馬場を侵略中

 1レース目からパドック(※走る前の馬のコンディションを見る下見所)で「目が合ったから7番の馬にするぞ!」と言って7番にお小遣いを全てベットしてしまった。俺は止めたよ? 止めたの俺だけだったけど。


 案の定、レース後には某アイドルのように「我はもう競馬辞める!」と拗ねてしまう。


 弐瓶教授とマイル先輩は『馬券を外したらビール一杯飲む』という罰ゲームなんだかよくわからないことを始めてしまった。

 買わなければ参加しなくてもいいんだよな?


「まあまあ。あそこで教えてもらえるらしいからさ」


 モアを引き連れて、俺は『TCKセミナー』というものを受けることにした。積極的に馬券を買いたいわけじゃあない。せっかくこういうところに来たんだから、最低限その場所でのルールというか常識というか、まあそういった知識をつけようと思ったんだよ。講師役のお姉さんも美人だし。


「タクミ」

「ん? 何?」

「フリップボードではなく、お姉さんのほうを見てはいないか?」

「そんなことないよ」

「ふむ。そうか」


 基本を学んだところで、競馬場内を散策してみる。競馬といえば公営ギャンブルのひとつだし、ぶっちゃけあんまりよいイメージはなかった。おじさんが競馬新聞を丸めて騎手にヤジを飛ばすような場所でしょ、みたいな。


 でも、日が暮れた大井競馬場はイルミネーションで彩られ、点灯した瞬間はモアと二人で「「おおっ!」」とテンションを上げてしまった。こんなところで、と言ってしまうと言い方は悪いけども。デートスポットに負けず劣らずの華やかさ。こういうのってスマホで撮るとイマイチなんだよな。おばあさまに言って、おじいさまのカメラをお借りしてくればよかったか。


「おおー!」


 モアは写りを気にせずパシャパシャと撮っている。「ふんふん」と鼻を鳴らしてご機嫌だ。よかったな。

 n

 メリーゴーランドを見つけて「タクミと二人で撮ってもらうぞ!」とはしゃぐから、しょうがなく一枚は写った。


「思い出ができたな!」


 そういえば二人で写真を撮る機会ってあんまりない気がする。二人で行動しているから、あえて写真を撮ろうって気にならないし。そもそも俺は撮られたくない。魂が抜かれるみたいなのを信じているわけじゃあないけど。


「そろそろ二人のとこに戻るか」

「うん!」


 歩き回っていたらおなかが空いたので、一文なしのモアのぶんを合わせてホットドッグをふたつ買う。モアはからあげに目を奪われたり、ぐつぐつと煮込まれているもつ串の前で立ち止まったりしていた。ホットドッグだけでいいだろ。恨むなら1レースの7番のおうまさんを恨んでくれ。


「タクミはくれーぷかわっふるかおだんごなら、どれがいい?」

「買わねェからな」


 買うこと前提になってんのはなんで。俺が手を引っ張ると「けち!」と言って、ホットドッグを二個とも。早食い選手権じゃあないんだからさ。


「おばあさまに頼んで、弁当持参で来たほうがよかったな……」


 俺の嘆きを聞かぬふりして、もぐもぐとホットドッグを咀嚼している宇宙人。モアなら競馬場にある全てのグルメを制覇できそう。金さえあればだけど。


「おっかえりぃーりーんりんりん」


 すっかり出来上がっている。知らない人のふりをしたい。しかしモアが「ユニ! くれーぷとわっふるとおだんごが食べたいぞ!」と俺でダメなら弐瓶教授にアピールし始めた。無視できなくなっちゃったじゃん。


 マイル先輩はいびきをかいて寝ている。からっぽのコップがテーブルに積み重ねられていた。ゴミはゴミ箱に捨てよう。というか、この二人で何杯飲んだの……もう馬券買うのやめろよ……。


「いいよーん! 与謝野晶子を渡すねーん」


 弐瓶教授がブランドものの財布から五千円札を取り出してモアに渡す。樋口一葉ですよ。モアも「ありがとう!」って受け取っているけど。訂正しろよ。


「この人たちを連れて帰んなきゃいけないのか……」


 頭が痛い。いや、待てよ。逆に考えるんだ。マイル先輩は男だしまあ一人で帰れるだろうから一人で帰らせればいいとして、弐瓶教授はホテルに連れ込ん「タクミ! くれーぷとわっふるとおだんごを買いに行くぞ!」服が伸びるんで引っ張るのはやめてくれない?


「あと、この五千円のいい使い道を思いついた」

「おばあさまへのお土産も買わないと!」

「違うよ。馬券を買おう」


 モアは競馬を辞めたので、あからさまに嫌そうな顔をする。俺は俺で、セミナーで学んだことを実践したい。当たる気しかしない。なんとなくだけど。


「ほら、当てて増やせば、美味しいものもお土産もたくさん買えるじゃん」


 食い物を引き合いに出せばモアも「そうだけど……」と言うしかない。もっと食べたいもんな。全然足りてないって顔をしてるし。俺も腹減ってるよ。一口も食えてねェもん。


「まあ、見てろって」


 競馬場内を練り歩きつつ、俺はチラチラとレース結果を確認していた。


 今日、すでに二勝している騎手がいる。あと一勝で100勝のメモリアル。ついでに、スマホで調べて判明したのだけど、今日は誕生日らしい。誕生日に記録達成、大いにあるんじゃあないの?


「ラッキーセブンの7番の単勝」


 パドック。その騎手の乗り馬は7番。1レースでの7番の馬とは違う馬だけど、モアは「アンラッキーセブンだぞ」と頬を膨らませた。


「に五千円」


 俺がマークシートを記入していると、横から「ちょっとだけでも残しておきたいぞ」とモアが弱気な発言をした。珍しいな。いつもなんだか自信満々の宇宙人なのにさ。


「増えるから大丈夫だよ」


 五千円を突っ込んで、マークシートを機械に読み取らせる。馬券が印字されて出てきた。馬の名前と、騎手の名前が入っている。いける気しかしない。


 モアは終始心配そうな表情を浮かべていたけど、生演奏のファンファーレを聞いたら「タクミを信じるぞ!」と心を入れ替えてくれた。


「ナナバァン? 前走ボロ負けじゃーん。無理無理かたつむり」


 酔っ払いがなんか言ってる。俺はこいつが勝つと思ったから買ったんだよ。過去はどうだっていいだろ。今日、このタイミングでちゃんと走ってくれれば俺としては万々歳。


 ゲートが開いた。7番はスタートから全力ダッシュで先頭に立つ。酔っ払いは「外回りなんだから差しと追い込み有利だよーん」と余計なことを言ってモアをおどかした。やめてほしい。


 先頭のままコーナーを曲がって、直線コースに入る。二番手の馬との距離が縮まっていった。後ろから猛スピードで追い抜こうと迫ってくる馬もいる。周囲の客たちがワーワーと騒ぎ始めた。これは抜かされないんじゃあないのか。抜かされたら困るんだけど。


 後ろから飛んできた馬が、ギリギリまで迫ってきたところがゴール。


 俺たちは肉眼で確認して「7番でしょ」「7番が勝ったぞ!」と囃し立てる。レース結果は写真判定となり、ちょっとだけ待たされて、一着のところに7番が表示された。ビギナーズラックの勝利。


「やったあああ!」


 買った俺よりモアは喜んで、ほとんど死体のように寝ていたマイル先輩がむくりと起き上がった。おはようございます。もうだいぶ日も暮れましたけども。


 まあ、モアが弐瓶教授からもらった金だし、モアが自由に使うでいいのかな。自信はあったけど、ここまで上手くいくと思っていなくて、変に疲れた。当たってくれて嬉しいのに、素直に喜んでいいのかわからない。そりゃまあ、100勝おめでとうではあるんだけどさ。――幸運なのか、不運なのかわかんねェなこれ。

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七転び八起き 秋乃晃 @EM_Akino

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