楽園のスロット

於田縫紀

今日も抽選日

 毎日のスロットは楽園ここの義務。

 行かなければ翌日にペナルティ含めて3倍のコインを渡される。

 5日行かなければ強制執行だ。

 だから俺は今日も仕方なく会場へ向かう。


 会場は通称ホールと呼ばれている場所。

 開場の5分前だが既に数十人ほどの列が出来ている。

 俺は無言で列の一番後ろへと続く。


 スロットにも当たりやすい台、当たりにくい台があるなんて噂がある。

 だから人によっては台を選ぶために朝早くから並んだりするのだ。


 俺はそんな噂を信じていない。

 そもそもそんな細工、出来ないような制度になっているのだ。

 しかし噂にすがりたくなる気持ちもわかる。


 前に並んでいる男女カップルの会話が聞こえる。


「ねえ、22枚で当たる事なんでまず無いよね」


「ああ、大丈夫だろ。昨日までずっと大丈夫だったしさ。オーナス当選モードへ確率は256分の1、それに当たっても7が3つ揃わない限り問題無い筈だから」


「なら22枚なら確率は256分の22。5割より低ければまず大丈夫よね」


 色々と間違った会話だなと俺は思う。

 特に確率計算の部分は教育の敗北だ。

 しかしいちいち訂正する気は俺にはない。


 この2人も不安なのだ、きっと。

 それが少しでも和らぐならトンデモ理論であっても信じる事は悪くない。

 無事帰ったら確率理論を学習し直した方がいいだろうけれど。


「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。

 本日は数あるホールの中、当ホールにご来場誠に有り難う御座います。当ホールでは……」


 ホールが開場したようだ。

 人の列が動き出す。


 5分も待たないうちに俺も受付へと到着した。


「おはよう御座います。お待たせしました。住民台帳マイナンバーカードをご提示願います」


 俺は用意していたカードを差し出した。

 受付嬢は読み取り機で俺のカードをピッと読み取る。

 

「はい確認しました。2HK6753様ですね。本日は27枚となっております。そちらでコインを27枚選んで枚数を認証した後、遊技場へとお進み下さい」


 昔は此処でそのまま規定枚数のコインを渡してくれたらしい。

 しかし渡されたコインに細工がしてあるという陰謀論を唱える人が多くなった。

 結果、このように面倒な手続きとなったようだ。


 実際そんな陰謀論に意味はない。

 楽園ここでそのような不正をする意味は無いだろう。

 しかし住民の精神的健康の為という事で、より公平で公正と感じられる仕組みへと手続きが変更された。


 その結果、自分でコインを選び、枚数を認証してもらってから遊技場へと行くシステムとなった訳だ。

 馬鹿が騒ぐと物事が一段と面倒になる。


 コインを適当に27枚取って、そして遊技場へ。

 こちらは賑やかだ。


 それぞれの遊戯台から流れる音楽。

 役が揃ったりオーナスに突入する時の効果音。

 そして『ああー』とか『うおーっ!』という人々の声。


 デーデデデーデーデデーデデーデデー

 葬送行進曲が流れた。

 誰かがオーナス当選モードでアンラッキー7オーナスえがらを揃えてしまったようだ。


「こんなの嘘だ! ワシは今日まで何事もなく……」


 文句を言っていた老人が無言になって倒れる。

 駆けつけた搬送班により首筋に鎮静剤を打たれたようだ。

 動かなくなった老人を搬送班がストレッチャーに載せて運び出す。

 残ったのは派手に光りながら葬送行進曲を流し続ける遊戯台だけ。

 

 開始寸前、嫌なものを見てしまった。

 なおこの光景、人によっては運がいいなんて言っていたりもする。

 誰かが大当たりした分、自分が大当たりする確率が減ったような気がするから。


 もちろんそれは錯覚だ。

 そんな光景を見ようと見まいと自分の大当たり確率は変わらない。

 ただ錯覚だろうと迷信だろうと信じたくなるものだ。

 絶対的にこちらがどうこうできない、絶対的な確率の前では。


 どうせどの台でも同じだ。

 そう思う俺は近くの空いている遊戯台に陣取る。

 なお遊戯台は一度選んだら変更できない。

 コインか運が無くなるまでゲームを続けるだけ。


 コイン27枚を入れレバーボタンを叩くと、絵柄が描かれた3つのリールが回転を始めた。

 当たらないように、そう祈りつつ、リールそれぞれの停止ボタンを押していく。


 この楽園は完全保護生存圏コロニーのひとつ。

 生存や生活に必要な業務は全て自動機械がやってくれる。

 人に残されたのは生きる事、そして娯楽を楽しむ事。


 旧世紀から蓄積された望む限りの娯楽手段が提供されている。

 読書、ボードゲームといったところからアンドロイドを使った性的遊戯。

 更には重要な仕事をやっている達成感を得られる研究活動や業務運営といった作業まで。

 出生18齢で学習工程を終えた後はほぼ1日中、文句無い環境で過ごせる訳だ。


 しかし完全保護生存圏コロニーではなかなか人が死なない。

 医療は万全だし娯楽や業務等の精神的保護も完璧だから。

 しかしそうなると、年齢・世代別の人口が歪なものとなってしまう。

 人間社会としては人口ピラミッドは釣り鐘型が望ましい。


 故に一定確率で狙った年齢の住民を間引く制度が構築された。

 それがこの『スロット』、年齢に応じた確率で一定の人数を間引く為の絶対確率装置だ。


 ① 年齢に応じた枚数のコインを受け取って

 ② 台を選んでスロットゲームを行い

 ③ 1ゲームごとに1枚ずつコインを減らしていき

 ④ 揃った絵柄によってはコインを増やしたりしつつも

 ⑤ コインを全部使い切ったら今日の生存が確定

という仕組み。


 なおこの遊技台、時々オーナス当選というモードへと移行する。

 絵柄を揃えたり一定以上の回数ゲームが続いたりすると移行しやすいと言われているが、単なる噂に過ぎない。

 管理側からは『一定の確率で移行する』としている。

 

 このオーナス当選モードは最初に投入したコイン枚数と同じ回数だけ続く。

 この間にリール3つの絵柄が7で揃ってしまった場合、オーナス成立。

 葬送行進曲が流れ、先程の老人のように何処へと運び出されてしまう訳だ。


 故にこのゲームで7の絵柄は、『アンラッキー7』と呼ばれている。

 揃えた当人へ不運を告げる不幸の7。


 さて、俺は順調にコインを消化していく。

 あと5枚、あと4枚、あと3枚……えっ!!!

 BONUSと書かれた部分が点滅し始めた。

 オーナス当選してしまったようだ。


 落ち着け、俺。

 7さえ揃えずに27回やり過ごせばいいだけだ。

 リール停止ボタンを狙う右指が震える。

 

 1回目、セーフ。

 2回目、何とか。

 3回目……  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

楽園のスロット 於田縫紀 @otanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ