なんでも欲しがる義妹が、私の婚約者と指輪をねだったので。望みどおりに押しつけてやります。~その指輪、"呪い"付きですけどね?

みこと。

あなたが望んだのよ?

 それは、突然告げられた。


「アマンダ・セルザム子爵令嬢。貴様との婚約は今日を持って破棄! 僕はこのレイチェルと新しく婚約を結ぶことにする!」


 春宴の夜。

 満座の注目を集めて立つのは、ブロンソン伯爵家の嫡男エイベル。と、彼の腕に絡むうら若き乙女、アマンダの義妹レイチェル・セルザム。


 婚約者のアマンダを差し置いて、その義妹いもうとをエスコートしているだけでも異常なことなのに、このようにおおやけの場で家同士の約束を切り替えるなど、前代未聞のことだった。


 アマンダ、エイベル、レイチェルの三人を緊迫した空気が包む中、静かにアマンダが口を開いた。


「……婚約破棄の理由をお伺いしても?」


「知れたこと! 貴様はおのが姿をかえりみたことがあるのか?! たおやかな淑女であるべき貴族令嬢ながら、なんだその筋肉は! 刺繍の代わりに毎日走り込みをし、茶会の代わりに剣をふるう!! そんな男勝りの女を妻に迎えたい男などいるものか! 女は守られるべき可憐な花であれ! このレイチェルのようにな!!」


 一方的なエイベルの言葉に、脇のレイチェルが鼻にかかった甘い声を添えた。


「そうですわ、お義姉ねえ様。いくらブロンソン伯爵家が武門の誉れ高きお家柄とはいえ、それはいくさ多き過去のお話。いまは洗練された貴族として社交界に名を馳せていらっしゃいますもの。無骨な嫁など嫌われましてよ?」


 ふたりの言い分に、疲れたようにアマンダが目を閉じる。


 レイチェルは、父の後妻の連れ子だ。

 昔からなんでもアマンダのものを欲しがり、ドレス、宝石、文具に仔馬……数多くのものをねだってきた。


 その話は社交界でもわりと知られており、貴族たちはセルザム家の方針に内心呆れていたのだが、"ついには婚約相手もか"と驚いたようだ。


 けれども当のアマンダが、


「わかりました。婚約者の交換といたしましょう。きっと父と義母ははも了承することでしょうし」


 あっさりと頷いたため、誰ひとり口をはさむ余地もない。


「さすがお義姉ねえ様。話が早くてらっしゃるわ」


「貴様の、その物分かりの良さだけは美点だな」


 レイチェルとエイベルが満足そうに口のを吊り上げる。


「つきましてはお義姉ねえ様? そのブロンソン家に引き継がれるという指輪……。もちろんわたくしにくださいますわよねぇ? エイベル様の婚約者じゃなくなったお義姉ねえ様が持つのは、おかしいですもの」


 レイチェルの目が、アマンダの指にある紅玉ルビーの指輪を見つめている。


 不思議な力を持つ指輪だと言われていて、サイズ調整なしに持ち主の指にぴたりと合うことで有名な家宝だった。

 十年前に婚約が決まった折、"きみが指輪に選ばれた"と婚家から託された指輪は、長くアマンダの指にあった。


 レイチェルには気になって仕方のない、けれども手が出せない指輪だったようだ。


「ええ、そうね、レイチェル。あなたが持つべきね」


 アマンダがするりと指輪を外し義妹に渡すと、嬉しそうに笑うレイチェルに、さっそくエイベルが指輪をめてやっている。

 指輪はレイチェルの指に、すんなりと合った。


「おめでとう、レイチェル。指輪に選ばれて・・・・・・・。この春からブロンソン家で住み込みの花嫁修業の予定だったけど……、もちろん貴女が行くことになるでしょう? これから頑張ってね」


 アマンダのその言葉で"婚約者の交代劇"は終幕となり、春の宴はいささかモヤっとした空気をはらみつつも滞りなく催され、そして散会となった。







 一年が経った。




 咲き誇る花々が集められ、例年通り、王宮の庭で春を祝う宴が行われる中。

 人ごみをかき分けて、ひとりの青年が乱暴に、女性の肩に手をかけた。


「おい、アマンダ! 話がある!」


 強引に振り向かせた相手を見た途端、急に男は威勢を失くす。


「えっ、あ。失礼レディ。人違いでした……」


 丁寧に詫びたのはエイベル・ブロンソン。

 一年前、春の宴で婚約者を取り換えたことで知られる、伯爵家の長男だった。


「まあ。人違いではありませんが、私はもうあなたの婚約者ではありませんから、名を呼び捨てるのは控えてくださいな、ブロンソン伯爵令息」


「……! ア、アマンダ、か?」


 エイベルが再確認したのには、訳があった。


 彼の目に映る令嬢。一年前はどこの女傑かアマゾネスかと言う、隆々とした筋骨たくましい女性だった。しかし今のアマンダは、まるで別人。


 柔らかくきめ細かな白い肌。すらりとした繊手。美しくくびれた細腰ウエストに、なまめかしいうなじ、、、と輝やかしいデコルテ。緩く結い上げた金髪に、淡い春色のシフォン・ドレスが似合う、まるで花の妖精のような女性となっていた。


 そう、以前のレイチェルのような──。


 ハッと我に返り、エイベルは相手をアマンダと認めると否や、居丈高な態度に出た。


「アマンダ! 貴様、レイチェルに一体どんな"呪い"をかけた?!」


「"呪い"ですって?」


「呪いだろう、あんな……! 華奢で可愛かったレイチェルが、筋肉で弾けそうなガチムチ女になるなんて!!」


「あらあら。レイチェル、一年で頑張ったのね。大変だったでしょうに」


 ゆったりとしたアマンダの反応に、エイベルは苛立ちの声を上げる。


「! どういうことだ!!」


「どうもこうも。ご両親から何もお話を聞かれてないのですか? ブロンソン伯爵令息エイベル様」

「なんだと?」


「ブロンソン伯爵家に伝わる指輪には、ブロンソン家の始祖である武人霊が宿っていて、現在いまの子孫のありようを嘆かわしく思われているって」

「何?」


「なんとか昔のような武門に戻したがって、見込みのある者の枕元に立ち、朝に夕にと亡霊が鍛錬を課してくるのですわ」

「なっ──?」


「その怖さと騒がしさと言ったら。従うまでずっとすごまれるのですよ? 本来であれば、男子であるエイベル様のお役目でしょうに。エイベル様にまったく素質がないからと、他家から迎える嫁にその責を負わせるなんて。おかげで私はしたくもない筋トレで、大変な目に遭いました」


「え……?」


「エイベル様の沽券に関わることですもの。ご両親からは婚約中、この話は伏せるよう言いつけられていました。ですが、今となってもされていたなんて」


 "よほど見込みがないのですねぇ、エイベル様。貴族の淑女よりも"。



 見下すような流し目をくらい、エイベルが立ち尽くす。


 周りで事の成り行きを見守り、会話を耳にしていたらしい貴婦人たちが、クスクスと笑う。


「レイチェルを以前通りの女の子に戻したければ、エイベル様が奮闘なさることですわ。逞しい騎士とおなり遊ばしませ。私だって、好きで汗にまみれたわけではありませんもの」


 ふん、とドレスを翻し、アマンダは婚約者への元へと歩き去っていった。


 彼女は侯爵家の次期当主から望まれて、この春輿入れするという。


 仲睦まじく腕を組む元婚約者アマンダと、その未来の夫君の背中を見送りながら。

 今や自分より腕の太いレイチェルの姿を思い出して、エイベルはがっくりと項垂うなだれるのであった。

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なんでも欲しがる義妹が、私の婚約者と指輪をねだったので。望みどおりに押しつけてやります。~その指輪、"呪い"付きですけどね? みこと。 @miraca

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