なんでも欲しがる義妹が、私の婚約者と指輪をねだったので。望みどおりに押しつけてやります。~その指輪、"呪い"付きですけどね?
みこと。
あなたが望んだのよ?
それは、突然告げられた。
「アマンダ・セルザム子爵令嬢。貴様との婚約は今日を持って破棄! 僕はこのレイチェルと新しく婚約を結ぶことにする!」
春宴の夜。
満座の注目を集めて立つのは、ブロンソン伯爵家の嫡男エイベル。と、彼の腕に絡むうら若き乙女、アマンダの義妹レイチェル・セルザム。
婚約者のアマンダを差し置いて、その
アマンダ、エイベル、レイチェルの三人を緊迫した空気が包む中、静かにアマンダが口を開いた。
「……婚約破棄の理由をお伺いしても?」
「知れたこと! 貴様は
一方的なエイベルの言葉に、脇のレイチェルが鼻にかかった甘い声を添えた。
「そうですわ、お
ふたりの言い分に、疲れたようにアマンダが目を閉じる。
レイチェルは、父の後妻の連れ子だ。
昔からなんでもアマンダのものを欲しがり、ドレス、宝石、文具に仔馬……数多くのものをねだってきた。
その話は社交界でもわりと知られており、貴族たちはセルザム家の方針に内心呆れていたのだが、"ついには婚約相手もか"と驚いたようだ。
けれども当のアマンダが、
「わかりました。婚約者の交換といたしましょう。きっと父と
あっさりと頷いたため、誰ひとり口をはさむ余地もない。
「さすがお
「貴様の、その物分かりの良さだけは美点だな」
レイチェルとエイベルが満足そうに口の
「つきましてはお
レイチェルの目が、アマンダの指にある
不思議な力を持つ指輪だと言われていて、サイズ調整なしに持ち主の指にぴたりと合うことで有名な家宝だった。
十年前に婚約が決まった折、"きみが指輪に選ばれた"と婚家から託された指輪は、長くアマンダの指にあった。
レイチェルには気になって仕方のない、けれども手が出せない指輪だったようだ。
「ええ、そうね、レイチェル。あなたが持つべきね」
アマンダがするりと指輪を外し義妹に渡すと、嬉しそうに笑うレイチェルに、さっそくエイベルが指輪を
指輪はレイチェルの指に、すんなりと合った。
「おめでとう、レイチェル。
アマンダのその言葉で"婚約者の交代劇"は終幕となり、春の宴はいささかモヤっとした空気を
一年が経った。
咲き誇る花々が集められ、例年通り、王宮の庭で春を祝う宴が行われる中。
人ごみをかき分けて、ひとりの青年が乱暴に、女性の肩に手をかけた。
「おい、アマンダ! 話がある!」
強引に振り向かせた相手を見た途端、急に男は威勢を失くす。
「えっ、あ。失礼レディ。人違いでした……」
丁寧に詫びたのはエイベル・ブロンソン。
一年前、春の宴で婚約者を取り換えたことで知られる、伯爵家の長男だった。
「まあ。人違いではありませんが、私はもうあなたの婚約者ではありませんから、名を呼び捨てるのは控えてくださいな、ブロンソン伯爵令息」
「……! ア、アマンダ、か?」
エイベルが再確認したのには、訳があった。
彼の目に映る令嬢。一年前はどこの女傑かアマゾネスかと言う、隆々とした筋骨たくましい女性だった。しかし今のアマンダは、まるで別人。
柔らかくきめ細かな白い肌。すらりとした繊手。美しく
そう、以前のレイチェルのような──。
ハッと我に返り、エイベルは相手をアマンダと認めると否や、居丈高な態度に出た。
「アマンダ! 貴様、レイチェルに一体どんな"呪い"をかけた?!」
「"呪い"ですって?」
「呪いだろう、あんな……! 華奢で可愛かったレイチェルが、筋肉で弾けそうなガチムチ女になるなんて!!」
「あらあら。レイチェル、一年で頑張ったのね。大変だったでしょうに」
ゆったりとしたアマンダの反応に、エイベルは苛立ちの声を上げる。
「! どういうことだ!!」
「どうもこうも。ご両親から何もお話を聞かれてないのですか? ブロンソン伯爵令息エイベル様」
「なんだと?」
「ブロンソン伯爵家に伝わる指輪には、ブロンソン家の始祖である武人霊が宿っていて、
「何?」
「なんとか昔のような武門に戻したがって、見込みのある者の枕元に立ち、朝に夕にと亡霊が鍛錬を課してくるのですわ」
「なっ──?」
「その怖さと騒がしさと言ったら。従うまでずっと
「え……?」
「エイベル様の沽券に関わることですもの。ご両親からは婚約中、この話は伏せるよう言いつけられていました。ですが、今となっても
"よほど見込みがないのですねぇ、エイベル様。貴族の淑女よりも"。
見下すような流し目をくらい、エイベルが立ち尽くす。
周りで事の成り行きを見守り、会話を耳にしていたらしい貴婦人たちが、クスクスと笑う。
「レイチェルを以前通りの女の子に戻したければ、エイベル様が奮闘なさることですわ。逞しい騎士とおなり遊ばしませ。私だって、好きで汗にまみれたわけではありませんもの」
ふん、とドレスを翻し、アマンダは
彼女は侯爵家の次期当主から望まれて、この春輿入れするという。
仲睦まじく腕を組む
今や自分より腕の太いレイチェルの姿を思い出して、エイベルはがっくりと
なんでも欲しがる義妹が、私の婚約者と指輪をねだったので。望みどおりに押しつけてやります。~その指輪、"呪い"付きですけどね? みこと。 @miraca
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