由美ちゃんと私

葉月りり

第1話

 自分の見た目が嫌いだった。


 なんで女の子なのにこんなに筋肉がつきやすいんだろう。ちょっとハードに動いただけですぐムキムキになってしまう。ソフトボール部に入っているけど、筋トレとかはなるべくいい加減にやるようにしてる。


 背も高いし、肩幅も広い。ごく稀だけど女子から告白されてしまったりすることもある。あれこれ考えてなるべく優しくお断りするが、彼女も私もとても落ち込むことになる。


「美也ちゃん、帰ろう。今月のシャーベット、サマーオレンジだって」


 同じクラスの由美ちゃんだ。入学した時から同じクラスで、自己紹介の時、一目で「わ、かわいい!」と思った。白くて、まつ毛が長くて、ぷくっとしたピンクの唇で、全体的にほやほやしてる感じ。派手な感じがしないのになぜか目を引く。そう思うのは私だけじゃなかったようで、彼女は男子たちの人気ナンバーワンだ。告白されることだってあるんじゃないかと思うけど、


「私、男の子苦手なの。彼氏は大人になってからでいいや」


なんて言っていた。


 由美ちゃんは苗字が高田という。私が高橋で入学当初の席順があいうえお順だったので、私の前が由美ちゃんだった。そこで最初に話をしてからなぜか気があって、今では一番仲のいい友達だ。今日も帰りに一緒にサーティラブアイスクリームに行くことになっている。


 由美ちゃんは甘えん坊なところがあって、それもかわいい。一緒に歩いていると腕を組んできたり、隣に座ると寄りかかってきたり、抱きつかれるとちょっとドキッとするけど、由美ちゃんといるのが心地良くて、他で嫌なことがあって落ち込んでも由美ちゃんとくっついて関係ない話をしてるだけで立ち直れたりした。


 明るくて可愛らしい由美ちゃんとこんな女らしくない私、周りから見たら引き立て役か、はたまた用心棒とか思われてるかも知れない。でも、由美ちゃんは私をいつもキレイだと言ってくれる。美術部の由美ちゃんは


「よく石膏像の筋肉を描くけど、美也ちゃんの方がしなやかな感じで素敵。ヴィーナスなんてすごくゴツいんだから」


とか言ってくれる。冗談半分に聞いてるけど悪い気はしない。



 そんな私と付き合いたいという男子が現れた。美化委員を一緒にしてるやはり同じクラスの甲斐くんだ。


 彼が真面目でいい奴だと言うことは一緒に委員をしててわかっている。甲斐くんは野球部で私とよく野球の話はしてたけど、なんでこんな私と? って思う。


 委員会が終わって教室に二人だけになった時に言われた。


「俺と付き合ってくれないかな」


「え?」


「一緒に委員をする前から高橋ともっと話をしたり、一緒にどこかに行ったりしたいなってずっと思ってたんだ」


「やめといた方がいいよ。こんな女らしくない奴、一緒に歩いてて何を言われるか」


「そんなことないよ。俺から見たら背は高いけど、華奢な女の子だよ」


きゃしゃ? 華奢? 憧れの言葉だ。


「そんなわけないよ。だって、だって、こんなだよ」


 彼の言葉が信じられなくて私は半袖を少しめくって力瘤を作って見せた。甲斐くんはぷっと吹き出して


「あははは、なんだそれ」


 彼も半袖をめくって力瘤を作った。ちょっとびっくりした。確かに全然違う。甲斐くんの腕に比べたら私の腕の細いこと。そうか、男子から見たらこんな力瘤、筋肉のうちに入らないのか。


「でも、私、付き合うなんてよくわからないよ」


「友達からでいいよ」


「今だって友達じゃない」


「じゃ、時々デートする友達ってことで。高橋と映画を見に行ったり、野球を見に行ったりしたら楽しそうだ」


 甲斐くんと付き合うことになった。あくまでも友達から。


 由美ちゃんにそのことを話した。由美ちゃんは最初びっくりしてたけど、詳しく話したら、


「何それー。力瘤見せ合う告白ってどうゆうことー」


と、ゲラゲラ笑って、それでも最期は「よかったね」と言って喜んでくれた。


「美也ちゃんは素敵だもん。絶対男子がほっとかないと思ってたんだ。でも、美也ちゃんと一緒にいる時間が減っちゃうんだね」


 そう言うことになるの? 由美ちゃんとの付き合いが変わるなんて思ってもいなかった。私の戸惑いが顔に出ちゃったのか、由美ちゃんはあわてて


「あ、ごめんごめん、じょうだん! 大丈夫だから。そんなに変わらないから」


と、笑ってくれた。


 案の定、夏休みになると甲斐くんに誘われることが多くなって、由美ちゃんとは部活終わりに偶然会えるというぐらいになってしまった。

 甲斐くんとは夏ということもあって何度も野球場に行った。これがデートなのかどうかわからないけど、野球は面白かったし、試合終了後の人混みの中ではぐれないよう甲斐くんは手を引いてくれた。大きな手にギュッと握られてちょっとドキドキしたりした。


 由美ちゃんは会えば「美也ちゃーん」と抱きついてきたりして、いつもと変わらずにいてくれた。そしてそうやって抱きつかれるとすごく安心してこのクソ暑いのにギューっと抱き返したりした。由美ちゃんは「きゃー!くるしぃ〜!」と笑ってジタバタしてた。



 その日、部活が終わった後、甲斐くんと待ち合わせがあって急いでいたので、混雑する部室を使わず校舎内の更衣室で着替えようと廊下を歩いていたら、ジャージ姿の由美ちゃんに会った。


「美也ちゃん! わー美也ちゃんだ」


と由美ちゃんは笑って駆け寄ってきた。


「あ、由美ちゃん、どうしたのジャージなんか着て」


「今日は文化祭のゲート作りのお手伝いで大工さんやって来たの。美也ちゃん、部活終わり? だったら一緒に帰ろ」


「ごめん、下で甲斐くんと待ち合わせ」


 一瞬、由美ちゃんの顔が曇ったような気がした。


「じゃ、早く着替えなきゃ」


 二人で更衣室に入ると天井に近い位置にある窓から西陽が真横に入って、上だけが明るくてロッカーより下は暗くなっていた。


「電気つける?」


「いいよ。すぐ着替えて出るでしょ」


 由美ちゃんはもうシャツを脱いでブラだけになりボディシートで体を拭いていた。薄暗い中、白い肌が浮き上がって見える。丸い感じの肩、ふわんとした胸、でも腰はほっそりしてて、なんて女の子らしいんだろうと思わずじっと見てしまいそうになって、慌てて目を逸らす。

 私も急がなきゃと脱いでリュックの中のボディシートを出そうとした。が、見つからない。


「あれ? ボディシート、忘れてきちゃったかな」


「えー、大変、これから甲斐くんに会うのに」


「変だな確かに入れた記憶があるんだけど、部室に忘れたかな」


リュックをゴソゴソしてたら、背中にヒンヤリしたものが当たった。


「私の使って」


と、由美ちゃんが背中を拭いてくれている。いつも使っているのと違う甘い匂い。


「美也ちゃんの背中、引き締まっててすごく綺麗。お肌もツルツルね。はい、背中は終わったよ」


 私は「ありがとう」とシートを受け取って首や脇を拭きはじめた。すると由美ちゃんが、私の肩先に鼻を寄せてきて、


「うふふふ。美也ちゃん、私と同じ匂いになった」


と言って肩に頬ずりをしてきてそのまま唇を押し付けた。

 心臓がドクンして肩先から細かい波動のようなジーンとした感じがつま先まで伝わる。なに? この感じ。私はドキドキを悟られないようわざと野太いふざけた声で


「こら〜なにしてる〜」


「エヘヘ、だってー、美也ちゃんお肌スベスベでついスリスリしたくなっちゃったんだもん」


 由美ちゃんはそう言ってまたほっぺを背中にくっつけた。私の心臓はドキドキどころかバクバクだ。それを悟られないよう大きい声で


「あー、やめてー、暑い暑い、また汗かいちゃうー」


「あ、そうだった。甲斐くん待ってるんだよね」


 由美ちゃんはパッと離れてパパッと制服を着ると、いつもなら念入りに鏡を見るのに髪の毛も直さず、


「じゃあね美也ちゃん、私先に出るね。うちの部、明日から休みだから、次学校に来るの再来週なの。後でLINEするね」


と、私に返事をする間もくれず更衣室を出て行った。由美ちゃんの走るような足音がだんだん消えて行く。西陽が上の方に移動して暗さの増した更衣室で私はしばらく呆然としてしまった。



甲斐くんは校門のところで待っていてくれた。


「ゴメン。待った?」


「いや、ぜんぜん。俺もさっき来たところ」


そんなはずないのに甲斐くんは笑ってそう言った。


 もう薄暗くなったバス停までの道、しゃべりながらゆっくり歩く。甲斐くんの冗談に笑いながら私は由美ちゃんのことを考えていた。


「私、先に出るね」


もっと由美ちゃんと話したかった。


「後でLINEするね」


今すぐ由美ちゃんにLINEしたい。

ううん、今すぐ由美ちゃんに会いたい。


 大通りの手前まで来た時、駅行きのバスが信号待ちしてるのに甲斐くんが気がついた。


「あ、バス! 走れば間に合う!」


 甲斐くんは私の手を取って走り出した。甲斐くんは私を気遣うように時々振り返りながら手をグッと引き寄せる。握られた手が痛くてしょうがない。


どうしよう。なんか違う。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

由美ちゃんと私 葉月りり @tennenkobo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ