オタクがマッチョにTS化しちゃった話

タカテン

ひょろひょろ→マッチョ

 ☆ ご注意 ☆

 

 この世界では男の子は皆ひょろひょろかデブの体型をした「オタク」と呼ばれ、女の子は筋肉もりもりなのが可愛いとされる「マッチョ」と呼ばれる世界です。

 その点を踏まえて、想像しながらお読みください。

 



「わっ!? ホントに拙者、マッチョ女の子になってるー!?」


 とある日曜日の朝、目を覚ました川瀬真心かわせ・まころは、自分の身体に起きた変化に驚きを――そして喜びを隠せなかった。

 ネットで買った怪しげな薬。飲んで一晩寝れば、次に眠るまでマッチョになれるという実に眉唾物なブツ、お値段8000円ナリ。

 それを飲んだ昨夜の真心は身体はひょろひょろで、最低限の筋肉しかついていない、いわば典型的なオタク男の子の身体つきだった。

 それが目を覚ましたら、筋肉もりもりのマッチョになっていたのだ。

 

 真心はベッドから降りると、改めてマッチョになった自分の身体を見下ろす。

 チェック柄のパジャマの中で発達した大胸筋が狭苦しそうに生地を押し上げ、前を留めるボタンが今にも吹き飛びそうになっていた。

 試しに身体をやや前傾させ、両拳を胸の前で合わせて胸を張る通称モストマスキュラーと呼ばれるポーズを取ってみる。

 

 ビリビリビリ!

 

 思った通り、耐え切れなくなったパジャマがびりびりに破れて弾け飛んだ!

 

「……す、すごい」


 露わになった身体に、真心は思わず唾を飲み込んだ。

 ビクンビクンと動く胸、その下には見事なシックスパックの腹直筋、臀部も太く逞しく、太ももに至ってはまるで巨大な大木のようだった。

 

「これがマッチョの身体……」


 罪悪感を覚えながらも、真心は自分の胸へ手を伸ばす。

 高校生になってもいまだアニキカノジョのひとりもいたことがない真心。もちろん、マッチョの身体に触れるなんてこともこれが初めてだった。

 

「わっ、こんなに硬いんだ!」


 同じ胸であってもオタクのそれとはまるで感触が違う。オタクは基本的にひょろひょろかデブの二択だ。だから胸もガリガリかぷにぷにだった。

 が、マッチョの筋肉隆々な胸は硬く、がっしりとしている。もともと筋肉が付きやすい身体をしているうえに、マッチョが好んで食べるプロテインとチキンサラダによる恩恵によるものだろう。

 逆にオタクは筋肉が付きにくいうえに、ラーメンやジャンクフードばかり食べるからひょろひょろかデブになる。

 

「は、初めてマッチョの胸に触っちゃった……自分のだけど」


 ドキドキしながら真心はふと視線を隣のバルクお姉ちゃんの部屋へ向けた。

 幸いにもバルクの美肉みくはボディービルダー部の合宿で今はいない。勝手に入ったら怒られるけれど、それもバレなきゃいいわけで、実のところ真心は過去にも何度か内緒で侵入したことがある。

 

 意を決めると真心は歩き出した。いつもなら身体の重さなんか何ひとつ感じないのに、一歩歩くたびにずしりと筋肉の重みが下半身に伝わってくる。が、これまた筋肉の鎧に覆われた両足が見事に受け止めるので、重くて辛いということはない。むしろ身体全体に蓄えられた巨大なエネルギーが、真心に妙な自信を与えてくれた。

 

 そろーりと自分の部屋を出る真心。出来れば音を立てずに美肉の部屋へ入りたかったが、廊下を歩くと筋肉の重みに床が堪らず悲鳴をあげた。

 その音に慌てた真心は急いで美肉の部屋へ飛び込ぶと、扉に寄りかかって外の廊下の様子を伺う。

 が、共働きの両親は日頃の疲れからか、目を覚まして部屋から出てくるということはなかった。

 

 よかった。こんな姿を両親……特に父親に見られたらどうなっていたか。

 父は子供の頃から真心をオタクらしく厳しく躾けてきた。物心がつかぬ間からガンダムを見せられ、漫画とラノベ以外の本は与えられず、指にタコが出来るまでテレビゲームをさせられた。

 おかげで真心は立派なオタクとなり、未成年でありながらコミケでR18の同人誌を買い漁るほどである。


 だがそんな厳しい躾けの反動が、真心の中にマッチョになりたいという願望を生み、今回の暴走に繋がったのだった。

 

「ふぅ。じゃあ早速……」


 真心は勝手知ったる様子でバルクである美肉の箪笥を漁る。

 最初に取り出したるはアンダーアーマーのトレーニングシャツであった。

 薄くて伸びる生地を頭から被り、筋肉の厚みを感じながら袖を通していく。

 かくして溢れんばかりの筋肉でピッチピチになったシャツに身を包んだ身体を、大きな姿見で見た真心はうっとりしながら「か、かわいい……」と呟いた。

 

 実のところ、真心が美肉の部屋に忍び込んでマッチョ用の服を着てみたのはこれが初めてではない。

 しかし、所詮オタクのひょろひょろな身体では、どんなにピッチピチな服でも限界があった。

 それがどうだ、いざマッチョになってみて着てみると、鍛え上げられた筋肉もりもりの身体のラインが浮き出て、ほら見て、こんなにも可愛い!!

 

「す、すごい……あの薬、買ってよかったー!」


 思わず鏡に映った自分の姿をスマホでぱしゃり。

 うん、見れば見るほど可愛い。もしかしたらこれ、可愛いの殿堂であるボディービルダー部に所属する美肉バルクちゃんより可愛いかもと思わず自惚れる真心である。

 

 嬉しくなった真心はもっといろんなマッチョな服を試してみようと、さらに箪笥の中を探索し始めた。

 と、その一番奥にとんでもないものを見つけてしまう。

 

「こ、これって……」


 恐る恐る手にしたそれは、まさかのだるんだるんのタンクトップ!

 噂には聞いてその存在を知っていた真心だったが、まさかバルクの美肉がこんなものを持っているとは思ってもいなかった。

 

 見つけなければよかった。だが見つけてしまった以上、試さずにはいられない。

 真心は破れないように注意しながらトレーニングシャツを脱ぐと、意を決してだるんだるんのタンクトップの裾に手を通す。

 

「う、うわぁ……」


 鏡に映る自分の姿をとても直視出来ず、真心は思わず両手で顔を隠してしまった。

 それでもちらちらと指の隙間から、だるんだるんのタンクトップを身に纏った自分の姿が見える。

 伸びきった生地の胸回りは雄っぱいが丸見えで(注:ここでの「雄」にオスという意味はない。そもそもこの世界では「オス」「メス」という概念は「オタク」「マッチョ」に置き換えられている。なのでここでの「雄」は「雄々しい」の意味となる)、乳首すらもちらちらと露出してしまっている。

 その様は裸よりもはるかにエロい。まさにアダルティな一品だった。

 

「ううっ、えっちすぎるよぉ。美肉バルクちゃん、最近よくキモオタ彼氏とデートしてるけど、服の下にこんなのを着てるのかなぁ」 

 

 それでも次第に慣れてきた真心は、赤面しながらもポーズを取ってみたりなんかする。

 サイドトライセップス。両手をお尻で組み、振り返るようにして半身になって笑顔を浮かべる。通称オタク殺しと呼ばれる、ボディビルのポーズの中でもとびきり可愛いと言われるポーズだ。

 

「……カワイイ」


 だるんだるんのタンクトップを着て、はにかみながらサイドトライセップスをキメる自分の姿は、思った通り死ぬほど可愛かった。

 ただ、その可愛らしさもただひとつだけ欠点がある。

 パンツである。

 マッチョの身体に変身し、だるんだるんのタンクトップという魅惑の衣装を纏いながらも、股間を隠すのはオタク用のトランクス。

 たとえオタマッチョ姉弟であっても、それだけは借りちゃいけないと今まで手を出せずにいた神の領域箪笥の上から三段目の引き出し……。

 

「……穿いちゃった」


 が、もはや怪しげな薬でマッチョになり、だるんだるんのタンクトップを着てしまった真心は止まらなかった。

 躊躇せずにトランクスを脱ぐと、禁断の引き出しを開けて、美肉バルクのそれ……すわなちブーメランパンツに手を掛ける。

 

「すごい! すごくカワイイ!!」


 トランクスからブーメランパンツとなり、完全体となった真心は歓喜した。

 到底自分とは思えない、でも動くたびにちゃんとそれを再現する鏡が、この究極のマッチョが自分なんだって事実を証明してくれる。

 嬉しい。すごく嬉しい。オタクとして「さすがは真心殿、やりますなぁ」と褒められるのも嬉しいけれど、これはまた格別だ。


 喜びのあまり真心は我を忘れて次々とポーズを決めていく。

 ダブルバイセップス、ラットスプレッド、サイドチェスト、アブドミナルアンドサイ……。

 そのどれもが最高にキレッキレで、最高に可愛かった。真心が夢中になるのも至極当たり前と言えよう。

 だが。

 

「あ、あれ……」


 唐突に睡魔が真心を襲った。

 そう、夢中になるあまり真心は忘れていたのだ。

 マッチョが本気でポーズを決める時に消費するカロリーの高さを。その疲労感から来るあまりに甘美な睡魔の誘惑を。

 

「うぅ、眠ったらオタクに戻っちゃう……」


 必死に抵抗してなんとか美肉のベッドに腰掛ける真心。

 しかしそれが限界だった。ベッドで一息ついて落ち着こうとした真心だったが、気が付けばその意識は夢の中へと旅立っていったのだった。

 

 

 

「ただいまー!」


 美肉の声で真心が目を覚ますと、そこは西日に照らされた美肉の部屋であった。

 どうやら丸一日眠っていたらしい。マッチョポーズの疲労感恐るべしと嘆息した真心は、はたと気付いて自分の身体を確認する。

 

「ううっ、元のオタクの身体に戻っちゃった」


 当たり前というか、なんというか。眠ってしまったことで薬の効果が切れ、もとのひょろひょろな身体にダルダルのタンクトップにブーメランパンツというとてもアンバランスな格好の真心がそこにいた。

 

「って、がっかりしてる場合じゃなーい!」


 バルクの美肉が帰ってきてしまったのだ。勝手に部屋に入るどころかこんな姿を見つかったら、それこそその筋肉で絞め殺されてしまうかもしれない。

 真心は慌てて服を脱ぐと綺麗に折り畳んで元の場所に戻した。勿論、ベッドメイクも忘れない。この部屋に自分がいた形跡は完璧に消さねばいけないのだ。

 

「美肉、お風呂が沸いてるから入っちゃいなさい」

「分かったー。部屋に荷物を置いたらすぐ入るー」


 が、その几帳面さが仇となった。部屋の外から階段を上がってくる足音が聞こえてくる。もう逃げられない。

 真心はごくりと唾を飲み込むと覚悟を決めた。かくなる上はあの技を使わざるをえない。

 

「ふぅ、たっだいまー」


 部屋に筋肉隆々の美肉が入ってくる。

 美肉がまず真っ先に向かったのは鏡。その前でポージング。合宿の成果でパンプアップされてますます美しさを増した筋肉に、美肉は「ムフッ」と可愛らしく笑う。

 そして一通りポージングを取り終えて満足すると、美肉は着替えを持って「おっ風呂、おっ風呂♪」と上機嫌で部屋を出て行った。


 その間、真心はカーテンの奥に隠れていた。

 父親に鍛えられ、オタクの中でも特にひょろひょろな身体つきの真心だからこそ可能となる隠密術であった。

 

「ふぅ、危なかったー」


 カーテンから姿を現した真心はほっと一息つくと、そそくさと美肉の部屋を後にする。

 多分もう真心が美肉の部屋へ勝手に入ることはないだろう。

 今回のことでマッチョ装に満足して卒業した……というわけではない。

 むしろこれからはトレーニングシャツもブーメランパンツも、はたまただるだるのタンクトップすらも自分で用意しようと決めたのである。そうだ、大きな鏡も必要だ。いくらカワイイ姿をしてもそれを確認できないと意味がない。

 

「あの薬だって8000円もするしなぁ。バイトしなきゃ」


 そう、真心のマッチョ道はまさに今始まったばかりであった!

 

 

 

 ☆ お詫び ☆

 

 冒頭の注意文に誤りがありました。

「想像しながらお読みください」とありますが、正確には「絵面がヒドイので想像せずにお読みください」の誤りでした。

 謹んでお詫び申し上げます。

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