第13話

 

「さあ、ここです。どうぞ遠慮なく上がってください」


 【街】の片隅。小さな小屋にも似た屋敷の中、少女に案内された。首から下げる金色のネックレスが小さく輝く。

 部屋の中は実に薄暗くて狭い。部屋の中心に小さな机と2つの椅子が存在しており、部屋の隅にはボロボロのキャビネットに石作りのキッチン。その反対に側、小さく分厚いカーテンが掛かっている窓の側にはこれまた古びたベッドが一つ存在。別の部屋が有るのが確認できる事と椅子やら食器が2つ以上ある事から、2人の人間が暮らしていることは何となくわかった。綺麗にしているが埃っぽくじめじめとした家だ。


 その中心で、彼女は椅子を引いて座ってくれと言わんばかりに手招きをする。

 誘われるがまま座れば、いそいそとお茶を入れに行く少女。気を聞かせて暮れの事であろうが、ブレイルは我慢できずに声を掛けた。


「それで、邪神の信者ってどういうことだ?」


 あまりに唐突に本題へ。

 流石に急ぎ過ぎたかなんて、言った後に思ったが。リベルは笑みを浮かべながら振り返るだけだった。

 その手にはお茶の入ったマグカップが2つ。

 机の上、ブレイルの前にカップを置くと彼女は反対の椅子へと座る。

 そして、待ち望んでいた答えをさも当然の様に声に出すのだ。


「まず。私ですが、私はリベルです」

「あ」


 指摘される様にして出された答えに思わず口籠る。

 そう言えば、彼女の名前すら聞いていなかった。今初めて彼女の名を知ったほどだ。

 急ぎ過ぎたと言うべきか。


「わるい」

「いえいえ」


 謝罪を零せば、全く気にしていないのかリベルは小さく頭を振る。

 少しして、お茶を一口飲んでからまた彼女は口を開く。


「先ほどの質問。『どういうことだ?』ですが、そのままの意味です」


 先ほどのブレイルの問いの答えを口にする。

 だがブレイルは首を傾げる。そのままの意味だと言われても、あまりピンとこない。

 此方の様子を察してか、リベルは笑った。


「先程言った通りです。私はタナトス信者。家が代々【悪神】の信者をしていると言えばわかりますか?曾祖父の代からずっと」


 次の答えに関して漸く理解出来た。

 同時に頭が少し冷静に戻っていく。今まではいきなりタナトス信者と名乗る少女が現れ、つまるところ邪神の信者と名乗られ、気が動転して勢いのままに彼女に掴みかかったからだ。あの路地裏の事でのことを思い出す。


『タナトス?……【邪神】の信者ってやつか!?話を聞きたい』


 と、まあこんな感じで文字通り掴みかかり。

 リベルに慌てて此処に案内された訳なのだが。

 少女は落ち着いたブレイルを見上げ小さく首を傾げた。


「落ち着きましたか?すいません。流石に【悪神】様の話を表でするわけには行かず、ちょっと無理矢理でしたね」

「い、いや俺も悪かった」


 謝罪を零す彼女に慌てたようにブレイルも頭を下げる。

 どうやらと察する。彼女は邪神信者だと言うが、其処まで危険な人物では無いと。むしろかなり協力的だ。

 ブレイルが謝ったところで、リベルは「さて」と声を零した。


「とりあえず。先に私の事を話しちゃいますね」


 そう前置きして。

 改めて自身の事を紹介した


「改めた。私はリベルと言います。タナトス様の信者で、貴方と話をするべく声を掛けさせて頂きました」


 此処で一区切り。

 ブレイルは小さく頷いて、返す様に自身の胸に手を当てる。


「俺はブレイルだ。ブレイル・ホワイトスター……」


 ここで少し止まる。勇者と言おうとして止めたのだ。リリーの反応を思い出し自身の事を名乗るのは良くないと判断。

 小さく喉を鳴らし、続きを声に出す。


「エルシューの頼みで、やって来た。……その【悪神】を探している」


 ここでも少しだけ言い淀む。

 流石にまだ対峙してみるとしか決めていないし、信者と言う人物の前で「倒しに来ました」なんて言える筈も無く濁す様な自己紹介。

 ソレに対して、リベルは小さく笑った。



「知ってます」

「え、知ってんの?」

「はい、エルシュー様を殴った『異世界人』なんて初めてですから」


 ――なんて。

 どうやら、昨日の事はたった一日で【街中】に広まったようだ。

 ブレイルは思わず苦笑を浮かべた。そこまで有名になるとは思わなかったから当然だ。同時に、先程町人が逃げ出した理由って、もしかしてエルシューを殴ったのが理由の一つであったりする?


「あ、エルシュー様を殴ったことに関してはお気になさらず。信者関係なく笑話になっていますから。気持ちは良く分かる、良くやったって」


 いや、予想外の方向に決着が付いたようだ。

 あいつ、この世界では【最高神】と言う奴だろう。これで良いのか?いいのだ。

 ともあれ、何にせよ。ブレイルはホッと胸を撫で下ろした。


「そもそも、ブレイルさんの名前は広まっていますが。容姿までは噂されて無いですよ。エルシュー様を殴った『異世界人』が居るってことぐらいです」

「そ、そうなんだ」


 後押しする様に、リベルは言った。正直ほっとした。変に有名になっていると、人探しは後々が面倒だからだ。

 しかし、まさか誉め言葉が届いているなんて。やはりあの神はかなりの問題児である事だけは間違いないらしい。

 ふと、ここでブレイルに疑問が浮かぶ。


「『異世界人』……?待ってくれ、俺以外にも《異世界人》はいるのか?」


 それはリベルが口にした《異世界人》と言う単語。勿論、この世界にはアドニスと言う男が居るので自分以外の《異世界》が有る事はもう理解している。

 問題は、今のリベルの話を聞く限りだとアドニスと言う存在以外に更に沢山の《住人》が居るような口ぶりであったから。リベルは頷く。


「はい。《異世界》からやって来たと言う方は沢山います。私も二人ほど会いましたし……」


 何かを思い出す様にリベルが言う。


「一人は10年前。で、もう一人は先日……アドニスさんって方です」

「……10年前」


 だが、直ぐに項垂れる事となる。

 今上がった名前、アドニスはもう知っているとして。最後に有った異世界人が10年前とは。

 おそらく同じ目的――『邪神殺し』で呼ばれた者同士、何か話し合って今後の対策が取れたら……なんて思ったが流石に10年前だと無理そうだ。


「あはは、10年前の方が今どうなったか分かりません。でも、アドニスさんだったら――」

「そいつなら知ってるよ。あった事もある」

「そ、そうなんですか?すみません」


 話を切る様に遮ったブレイルにリベルは少し申し訳なさそうに謝罪を口にした。だが、「だったら」と言葉を続かせたのは直ぐの事。


「ブレイルさんと話をして欲しいと私に頼んできたのは、そのアドニスさんなんです」

「え?」

「そのお願いも、モルスちゃんがお願いしたみたいですが」


 思いがけない情報が手元に入った。

 思わずリベルの顔を見るが、嘘を言っているようには見えない。どうやらアドニス……いや、モルスあの少女が根回ししたようだ。どんな風の吹き回しか。いや、そもそも彼女モルス。何かタナトスと言う【邪神】と繋がっていたりするのだろうか。


「手は貸せないから。せめてって」

「……そうか」


 それとも考えすぎなのか。ブレイルの中では大きな問題。

 そもそもあのモルスと言う少女、今考えればいったい何者なのだろうか。今更ながらに更なる疑問が浮かんだ。


「ふふ。あの子、昔から『異世界人』には優しいんです。ああ見えて、一応【神様】ですから」

「え!?」


 意外や意外。想像以上の答えが出て来た。

 同時にまさかと思う。


「まさか、【邪神】ってモルスの事じゃないだろうな!」

「なんて失礼な事を言うんですか!!」


 どうやら違ったらしい。怒られた。「悪い」と小さく謝罪する。今此処で判明したことは、モルスと言う少女は【神様】で恐らく【邪神】とは無関係である事。いや、無関係ではなさそうでもあるが。なら次の疑問が浮かび上がってくる。取り敢えず。今はモルスの事は頭の片隅に置いておくだけにして、【邪神】――タナトスについて問いただそうと。


「だったら、話は戻すが。その【邪神】っのは――」

「そもそもその【邪神】って言い方が失礼です!せめて【悪神】と呼んでください!」

「……」


 どうやら、並々以上のこだわりが有るらしい。リベルは激しく咳込むほどの迫力で言う。想定外の行動だ。慌ててブレイルは「こほん」と咳払いを一つ零し、話を戻す。

 【邪神】は駄目でも【悪神】は良いらしい。リベルは今までが嘘の様に、妙に青白い顔でまた笑みを浮かべた。もしかしたら彼女は身体が悪いのかもしれない。

 早く話を終わらせるべきか、そう思ったが、彼女は話を続ける気に見える。ブレイルもまだまだ聞きたい重要な事が有り余っている状態だ。此処は厚意に甘えるしかない。


「その、【悪神】てのはどんな【神】なんだ?なんの【神】だ」


 まず一番に聞きたい答えを問いただす。しかし、その問いを聞いた瞬間にリベルは酷く悲しげな表情を浮かべた。


「それは、言えません」


 彼女の口から出たのは拒絶。これには当たり前と言うか、ひどく驚くしか出来なかった。


「な、なんでだよ!何でも話すって言ったじゃないか!」

「なんでもは言ってないですよ!」


 立ち上がって文句を言えば、当たり前の用に返された。それもその通りだ。リベルは質問が有れば答えると体を示したが、なんでも答えるとは一言も口にしていない。だが、コレはブレイルからしたらそうで以外の何物でもなかった。漸く【邪神】について知る人物に出会い、【邪神】についての情報を得られるかと思いきや、開幕一言の質問の答えが「言えません」だ。声を荒げるのも仕方が無いと言うモノ。ブレイルは頭を抱えて座り込む。


「なんで言えないんだよ!」


 少しの苛立ちをぶつけるように放つ。

 するとリベルは申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい。言いたくないんです」

「は?」


 彼女は発言を「言えない」から「言いたくない」と変更する。

 胸元で手を合わせ、彼女は必死に首を横に振った。


「だって、何の神かを言えば、は悪にされるから――」

「は?」


 ソレは思いがけない答えだ。「悪にされる」とは?

 そもそも【邪神】なのでは?リベルも【その神】の事は【悪神】と呼んでいたではないか。それなのに何故急に発言を変えるように、まるでその【神】が悪と呼ばれたくないと言わんばかりな言の葉を零したと言うのか。

 答える様にリベルは首を振りながら続ける。


「確かに彼女は【悪】でしょう。彼女も自分の事を【悪】と言います。でもそれは、【神】としての能力を指し示すだけ。私は本当の彼女を知ってもいないのに、ただ【悪】と決めつけられ、ただの【悪】だと呼ばれるのが嫌なんです」



 実に切実とした願い。

 この彼女の顔に、声に、言葉に、ブレイルは言葉を詰まらせ何も言えなくなった。

 直感で分かる。【この神】の事は彼女にとって本当に大切な存在なのだと。ソレがたとえ【邪神】と言われていようとも。

 とくにこの、【神】が居る世界では、信仰する存在は何より大事なのだと。

 リベルは続けた。


「だから、【神様】の存在自体は貴方が直に見つけて欲しいのです。自分で見つけて、ソレで判断して欲しい」


 まるで、それだけが願いと言う様に。

 その場に沈黙が流れる。彼女のこの答えだけは、真面目に受け取り真摯敵に取り組まなければいけないと――。


「分かった。そいつの存在は俺自身が見つけて考えるよ」


 ブレイルは大きく頷く。

 真っすぐに彼女を見据え、今までで一番真面目な表情で受け入れた。


「ありがとう」

 彼の答えを聞いて、目に見えてリベルは安堵の表情を一つ。優しく微笑んで感謝の言葉を零すのだ。


 彼女の表情を見てブレイルもホッと胸を撫で下ろす。

 【邪神】の正体。コレはブレイル自身が見つけ出す。コレが決まる。

 それならば次の問いだ。容姿はもう分かっている。だったら聞ける問いはあと一つ。


「だったら、どんな【神】かだけは教えてくれ」

「どんな?」

「あるだろ?狂暴とか、優しいとか」

「――。平等です」


 この問いにはリベルは余りに当たり前にサラリと答えた。

 ブレイルはリベルの顔をまじまじ見つめる。

 答えを貰ったが、余りにピンとこない答えであったからだ。


「――。平等?」

「はい」


 リベルは頷く。


「誰よりも平等で、誰にでも分け隔てなく接するお方。それがタナトス様です」

「意味が、良く分かんないんだけど」


 反対にブレイルは首を傾げるしか出来なかった。

 平等とは?誰よりも、誰にでも平等に接する神?それが【邪神】

 イメージと全く合わない。普通【邪神】とは恐れられて当然と言うか、恐ろしい神なのでないか?


「平等。彼女を表せるならそれしかありません」

 だが、リベルは【邪神】を平等と表した。

 ブレイルは腕を組む。彼女はこれ以上何も言わないだろう。


 【邪神】――タナトスの信者だと名乗り、話を持ち掛けてきた少女。

 彼女からの情報で分かったことを纏める。


 分かったことはリベルと言う少女にとって【邪神】は大切な存在である事。

 名前はタナトス。何の神かは自分自身で調べろ。だが、聞いたものは誰もが【悪】を想像する。

 何よりも平等な神。優しいのか恐ろしいのかは定かではない。


 そして、彼女であると言う事。


 これが、たった今知った事実である。

 有るようでないような微々たる情報。


「他に質問はありませんか」


 リベルが問いかける。

 ブレイルは腕を組んだまま唸った。本当の事を言えば聞きたい話しは山ほどある。だが、それはまず彼女の存在を知らなければ聞けない問い掛け。結局だが、これ以上聞ける質問は思い浮かばず、何も無いと言う事実。それに正直まだ頭が上手く回らず、聞くべき問いかけが思いつかない。


 だからこそ、ブレイルは小さく首を横に振った。振るしか無かった。


「……あ、待ってくれ、まだ聞きたいことが有る!」


 いや、まだ一つだけ聞きたいことがあった。

 ソレは今の話と大きく変わる事だが、コレも聞いておくべきだと判断した問題。

 リベルは不思議そうに顔を上げ、首を傾げた。ブレイルは口を開き問う。


「次はモルスについて聞かせてくれ。アイツはどんな、なんの【神】だ?」


 この問いにリベルは少しだけ驚いた表情を浮かべた。

 何かに悩むように口元に指を持ってくる。彼女が答えを示したのはそれから30秒ほど経ってからの事だった。


「彼女は、そうですね。『異世界人』の【神】ですかね。此処に来た『異世界人』の出来る限りのお世話をしている、そんな【神様】です」


 なんて。

 彼女ははにかみながら、確かにそう言った。

 この答えにブレイルは少し驚いたが、納得もする。だからかと。

 だからこそ、彼女はブレイルの前に現れて、何かと小さな手助けをしてくれるのか。

 どこかホッとすると同時に、思わず笑みが零れる。それは安堵から来る笑みなのか、小さい身体で人を頼りながら世話を焼く彼女を思い出しての事なのか。

 なんにせよ、貰いたい答えは貰った訳だ。ブレイルは改めてリベルを見据えた。


「ありがとな、リベル。後は俺なりに調べてみるよ」

「……はい。私も手伝えることが有れば、いつでも手伝いますから」


 ニッと笑って、感謝と彼女の想いを守る事を約束しながら手を差し伸べる。

 そんなブレイルに、リベルも人懐っこく優しい笑みを浮かべ、その手をしっかりと握りしめるのだ。


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残酷なる君へ 海鳴ねこ @uminari22

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