第12話

13


 この【世界】には、夜が無い。

 どれだけ時間がたっても、夜が訪れないのだ。

 日は落ちず、輝き続け。月は上らず、暗闇は消え失せる。


 どうしてか。

 実に簡単だ。

 【月の神】が【太陽の神】と喧嘩して姿を消してしまったから。


 だからこの【世界】には夜が5千年も昔から無くなった。



 「……どんな世界だよ。まず【悪】を倒すより前に、喧嘩の仲裁をした方が良いんじゃないか?」


 あれから一夜。

 当たり前に白い太陽の光が降り注ぐ白亜の街。

 時計で見れば午前8時ぐらいらしいが、どう見ても正午丁度にしか思えない太陽の下。

 ブレイルは、昨夜知った事実に頭を掻きながら露店が並ぶ道を進んでいた。


 辺りを見渡せば、一昨日、昨日と同じ。

 平和そのものの雰囲気を醸し出し、エルシュー街は賑わいを見せている。

 まだ朝だと言うが、その賑わいは何方かと言うと昼時の一番の賑わいを見せるアレだ。

 正直、時間感覚が狂うと言うレベルはとうに越している。


 その上、人が多いからと言って何事も上手くいくとは限らない。

 と言うのも、永遠と続く昼中で、ブレイルは【悪】についての情報種収集を始めたのだが。これが一向に情報と言う情報が集まらないのだ。


 嫌、集まらないと言うより、集められないと言う方が正しい。

 それでもめげずにブレイルは1つのお店の店主に声掛けする。


 「聞きたいことが有るんだけど、一ついいか?」

 「なんだい?」


 ここ迄は何時通り。だが、問題は次の会話。


 「……【神様】を探しているんだ」

 「【神】?どの神様だい?」

 「名前は知らないんだが。その、エルシューよりも強い【神様】で……」

 ――ただ、コレだけ。


 「し、しるか!!あっちにいきな!!」


 その言葉を最後まで言い切る前に、店主は声を荒げる。にこやかだった表情は一変。恐怖に染まった色を帯び。まるで厄介者でも扱う様に「しっ、しっ」と手を振る。最後は目も合わせてくれなくなる始末。

 このように、一番知りたいことを問いただしても、真面な情報一つ上げる所か、皆関わりたくないと言わんばかりに逃げて行ってしまう。――これにはブレイルも頭を抱えるしか無かった。


 もう、会話もしてくれなさそうな店主から目を逸らし。ブレイルは露店から離れていく。

 

「其処まで露骨にならなくても……」――と。

 頭の後ろで手を組み、不貞腐れたように口を尖らし歩けば、次は周りの視線が気になってくる。


 チラチラ送られる冷たい視線。

 こそこそ聞こえる小さな小声。

 街ゆく人はブレイルを見れば道を開け離れていく。

 先ほどから気が付いていた。これは絶対に気のせいじゃない。


 「――少し話を聞いただけだよな……?」

 

 勇者となって3年。

 人から遠巻きに、それも冷たい視線を浴びせられるなんて、初めての体験である。


 「やっぱり、ここはリリーに手伝って貰うべきだったかな……」


 だなんて、あまりの事に弱音が零れるのは仕方が無い事だろう。


 「ね、お兄ちゃん」


 そんな声が掛けられたのは、正にそんな時であった。

 ブレイルが振り返れば、後ろには誰も居ない。

 いや視線が下へと向かう。金眼に映ったのは、小さな子供だ。ブレイルのズボンの裾を引っ張りながら此方を見上げている。その容姿は可愛らしいフード付きの水色のポンチョで見えないが、おそらく女の子だ。


 「……なんだ、お嬢ちゃん!」


 一瞬思考が停止した物の、ブレイルは膝を付くと少女の視線まで腰をかがめる。

 「にっ」と笑顔を浮かべてその顔を除き込むように、問いかけた。

 ただ、彼女の顔を覗き込んだ時、思わず息を呑む。


 その容姿が、余りにも特徴的であったからだ。


 丸顔の愛らしい顔立ちに、くりくりとした銀と金色の輝く瞳。

 髪の毛は所々淡く輝く青色のメッシュが入った水色のくるくる腰までの巻き毛。

 水色のフワフワドレスに身を包んだ5つほどの愛らしい、余りに独特な姿


 そんな星のきらめきの様な瞳でブレイルを見上げ、少女はこてん……と首を傾げた。


 「お兄ちゃん、【神様】を探しているの?」

 「――!あ、ああ」


 思わぬ問い掛け。少女の容姿に気を取られ呆然としていたブレイルは我に返り、流れるままに頷く。

 少女はニコニコ笑いながら、続けた。


 「エルシューより強い神様?」

 「!そうだ、知っているのか?」

 「……うん!」


 だが、彼女からもたらされたのは思わぬ情報だ。

 ブレイルは少女を見上げるが、嘘を付いているようには到底見えない。

 と、なれば漸く手にした手がかりだ。ブレイルは柔らかな太陽の笑みを。


 「そいつ、何処に居るかしっているか?」

 「――うん!」


 水色の少女は血染めの様な夕暮れ色の笑みを浮かべた。


 「こっちだよ!」


 小さな手がブレイルの手を取って、駆けだす。

 そのまま人の間をすり抜けて向かったのは1つの路地裏だ。

 狭い路地は長さ5mほどか、先に出口の光。


 「こっちだよ、こっち!」


 少女はまだ奔る。

 空が赤く染まり、徐々に星々が輝きだす宵闇となり、満月照らす常夜となり得ても。

 ブレイルは少女の手を思わずと離す。


 「え?」


 立ち止まり、路地の向こうがオレンジ色の光で照らされ始めたころ合い。

 暗くなった世界にただ茫然と理解が追い付けなくて、佇んだ。


 金色の眼が、空を見上げる。

 空に輝く満月を見つめ見惚れる如く眉を顰め凝視した。


 「なんで……?」


 ――夜に?その言葉は最後まで出ない。

 そんな間抜け面勇者に少女は小さく笑う。笑って、音も無く近づいて手を伸ばす。

 布に包まれながらも淡く輝き、警戒を主へと必死に伝える、銀色の剣に――。


 「――ロォ様!!」

 「みぎゃ!!」


 ――声が一つ、路地裏に響く。

 凛とした、美しい女の声だ。


 その声を聞き、水色の少女は大きく跳び上がり、潰れたカエルの声を上げ。

 ブレイルは自然な流れで、まるで顔に付いた紐を引っ張られるかの様に声がした方を見た。


 自分達が入って来た路地の入口。

 そこに16程の赤毛の少女が立っているのが見える。

 翠の瞳の愛らしい少女だ。

彼女は何か此方を睨み、何かを決意したように肩に纏ったケープをしっかり握りしめて、力強く此方へと歩み寄って来た。


 「ロォ様!何をなさっているんですか!」

 「みゃ、みゃみゃみゃみゃ!」


 赤毛の少女がブレイルの側迄やって来た瞬間。彼女は膝を付く様にしゃがみ込み、水色の少女を瞳に映した。決意が籠った強い翠の瞳が射貫く様に水色の少女を捉える。

そして、一言……。


 「一昨日怒られた事をお忘れですか!タナトス様に言いつけちゃいますよ!」

 

 ただ、この言葉を投げつけただけで、水色の少女は顔色を正に自身の髪と同じ色に染め上げていく。

 オッドアイの瞳に涙を沢山ためて、口を「へ」の字に浮かべ。しかし、眉を吊り上げたのも同時頃。


 「――バレちゃったんだお!!いやだお、撤退するお!!!!」


 あまりに特徴的な語尾を付けて一叫いっきょう

 ブレイルの目の前で、その小さな身体はふわりと、空高くへと飛び上がったのである。


 「……え!?」

 この事実に驚いたのは、勿論と言うべきか、ブレイルだ。

 空に浮く水色の少女を見て、一気に現実に引き戻されたらしい、目を大きくさせて愕然とした面持ちで彼女を見上げた。

 

 刹那、空に昇る月光は日輪へと姿を変える。

 それは正に夢幻、辺りは夜から朝へと戻った。


 「てったーい。撤退だおー!」


 その青い空を水色の少女が空高く飛んで行く。

 いや、暫く飛んだ後に、彼女は動きを止めて振り返り。


 「というか、リベル!僕の名前間違わないで、『ロォ』なんて呼ぶんじゃないんだお!僕はケニアスなんだお!」


 そう高らかに叫んで。少女……ケニアスと名乗った彼女は空の彼方へと消えていった。

 あまりにあっと言う間の出来事だ。その場に取り残されたのはブレイルと、そして赤毛の少女が一人。


 「あの、大丈夫ですか?」


 彼女がおずおずと声を掛けて来たのは、少しして。

 ブレイルは改めて彼女を見た。

 歳は16歳ほど。丸顔に丸くも筋が通った小さな鼻。大きな翠の垂れ目に薄い唇と、妙に青白い肌。赤い髪をボブカットにした。先ほどの余りに綺麗な少女と比べてしまえば、平凡と言い表すしかないが、愛らしい顔立ちの少女だ。


 彼女を前にしてもブレイルは状況を掴めず、不思議そうに肩眉を下げる。

 

 「あ、えっと」


 赤毛の少女が、酷く申し訳なさそうな表情を浮かべたのはこれまた少しして。

 頬を掻いて、酷く困った顔色を浮かべて、なんて言おうか、なんて言葉を零して。小さな笑みを湛える。

 

 「今貴方、その腰の布。あの子に盗まれかけていましたよ……?」


 優し気な笑みのまま、とんでもない事実を一つ。

 驚く前に、少女は更に続ける。


 「ブレイルさん……ですよね?先程街で見かけて、声を掛けようかと迷っていたんです」


 ここで、少しだけ一呼吸を置いて、彼女は手を胸元へ


 「――私はタナトス様……。貴方が探している【神】の信徒です」


 柔らかな笑顔で、今日一番の情報を口にするのであった。


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