でも、私も生きたい。
米太郎
アンドロイドも恋をする
灰色の世界。
私の生まれた世界。
機械の人形が街を歩いている。
人間を模したそれは、心が無く動いているように見える。
社会の歯車という言葉がそのまま現実になったようだった。
食糧問題が深刻化していく中で、少ないエネルギーで人体を維持する研究が進められた。
その結果、人間の体は機械へと置き換えられていった。
四肢はもちろんのこと、体の内部まで機械化し、しまいには脳さえも記憶媒体に置き換えていった。
そうして、街は機械の人形だらけになってしまった。
◇
「今日の授業は『恋愛』 について学びます」
学校で学ぶような知識はデータをダウンロードすれば済んでしまうため、学習指導要領は大幅に変更された。
多くの学習時間は「人間の心」 を学ぶことに充てられている。
「恋愛とは――」
アンドロイドの先生が恋愛について語る。
なんだかおかしな授業。
アンドロイドになった者が人間に戻る研究はされていない。
それなのに、人間の心なんて学んで何になるのか。
私は、男性型のアンドロイドがいてもときめかない。
だって私は、人間でないんだもの。
そんな感情になるわけない。
「先生! 質問です!」
私のクラスには、一人だけ人間の女の子がいる。名前はアズキ。
アンドロイド化の費用が工面できない子だ。
稀にそういう子もいる。
アズキは聞いた。
「人間がアンドロイドに恋してもいいですか?」
「もちろん構わない。むしろ歓迎されることだ」
先生は人間を模した姿をしているが、表情は無く答える。
アンドロイドは、「表情」という無駄な機能は捨てたのだ。
「機械化されているが、その人間が元々もっていた遺伝子だけは凍結して残している。人間としての遺伝子が│潰ついえぬようにすることは人間でもアンドロイドでも推奨されることだ」
「そんなシステマチックな回答を言われてもなぁ……。先生も人間の心を持った方がいいよ」
「アンドロイドが人間に恋した場合は――」
先生が続きの回答をしているが、アズキは笑ってこちらに語りかけてくる。
「恋してもいいんだってさ」
表情があるアズキは人間だ。
まるで作り物みたいに整った顔をしているが、事あるごとに表情は変わる。
アンドロイドの私だって生きているはずなのに。
◇
私は、なぜか彼女と過ごすようになった。
なんで私なんかと一緒にいるんだろうと思っていた。
「機械にはわからないかなー、恋するって気持ち」
私には、そんな無駄なものはいらなかった。
だけど、アズキと一緒に過ごすことが楽しくなっていった。
アズキと一緒に授業を受けたり、昼の充電時間には、アズキは隣でお弁当を食べていたり。
アズキの顔が私の頭から離れなくなった。
笑うアズキの顔。
怒るアズキの顔。
恥ずかしがるアズキの顔。
私には筋肉なんてないのに、心臓が締め付けられるのを感じた。
この子と一緒に、生きたい――。
◇
「先生、人間とアンドロイドの生殖ってどうやってやるんですか?」
アズキは遠慮なくこういうことも聞く。
顔が熱暴走するかと思った。アズキと過ごすうちに不具合が出る身体になってしまったらしい。
「アンドロイドになる以前の身体は破棄されずに凍っている。そこから遺伝子情報を持ってきて、人工授精する。男女関係無く行える。これが人類の進化だろう」
――人間の身体がある。
「それって、 アンドロイドが人間の肉体に戻ることもできるんじゃないですか?」
気が付くと、私は先生に質問していた。
「凍った肉体を復活させることは可能だ。紐づけされているアンドロイドを破棄すれば。法律上、同じ人間が存在しては問題があるのでな」
――私も人間になれるのかも。
「ただし、残念ながら人間への記憶は引き継げない。冷凍当時のままだ」
「……先生、私人間になりたい」
最近の私は暴走しがちだ。
不具合がいっぱい起きる。
こんなことを言うなんて……。
「人間の身体に戻っても、良いことなんてない。人類の進化の逆を行くのか?」
「人間の感情を捨てて、アンドロイドのまま生きても、切ないだけ。アズキと過ごした記憶が無くなったとしても、私は人間としてアズキと生きたい」
私にも感情があったようだ。
無駄だと思っていた「恋」をしてしまったらしい。
「アズキ、待っていて欲しい。記憶が無くなっても、もう一回から愛するから」
私には感情が無い。
無駄な機能は全てなくなっているはずなのに……。
「分かった。どんなあなただとしても、待ってるから」
◇
ここは、人間の住む街。
春を知らせる風が、匂いを運んでくる。
冬眠から覚めたような、長い間眠っていたような感覚がした。
ベットから起きると、知らないお姉ちゃんがいた。
「やっと起きた」
身体の節々が痛い。過度の筋肉痛みたいだ。
「お姉ちゃんだれ?」
「あなたの未来のお嫁さんだよ」
寝起きだからなのか、そんなに長い間寝てたのかな?
顔の筋肉も調整ができない。
怒った顔をしたかったのに表情が作れなかった。
無表情のままお姉ちゃんに言う。
かろうじて声は出るようだった。
「私は女の子だよ。お嫁さんなるのは私だよ」
自分でそう言ったのだが、なんだか変な気分にさせられた。
綺麗な顔のお姉ちゃんが私の代わりに表情を作ってくれた。
穏やかに笑う顔。
涙が頬に流れている。
そのまま私をハグしてくれた。
「そうだね。大きくなるまで待っているからね。愛してる」
私は、心臓の筋肉が活発に動くのを感じた。
でも、私も生きたい。 米太郎 @tahoshi
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