第3話 楽しいトレーニング

 甘ったれたことばかりを言うマーガレットに対して、私は一喝した。


「ひいっ!!」


 再び土下座の姿勢を取るマーガレット。

 私はそれを見下ろすと、こう宣言した。


「効率的に鍛えるためには、毎日継続することが大切なのですわ。回復魔法を併用することで、凄まじい速度で鍛えられますから。それに、食事制限も重要です。肉類を減らすなんてもってのほか!!」


「うぅ……」


「甘ったれのあなたには、明日からもっと厳しい訓練を課します。覚悟しておくことね」


「そ、そんなぁ……」


 絶望に打ちひしがれるマーガレット。

 婚約破棄騒動の元凶とはいえ、少し責めすぎたかしら?

 ネガティブな感情は、成長を妨げるものですからね。

 ここはフォローを入れておくことにしましょう。


「まあ、そんなに落ち込まないでちょうだいな。私も鬼ではないのですから。あなたの努力について、ある程度は認めているのよ?」


「……本当ですか?」


 縋るような目を向けてくるマーガレット。

 そんな彼女に向かって、私は言った。


「ええ、本当よ。あなたのような優秀な人を最初に指導できて、私も嬉しいわ」


「ありがとうございます! ……あれ? えっと……その目は……? 何か怖いんですけど……」


 不安げに呟くマーガレット。

 おっと、これからすることが顔に出ていたか。


「あなたのトレーニングの成果を、みんなに見せてあげなくてはなりませんからね」


「ま、まさか……」


 顔を青ざめさせるマーガレット。

 そんな彼女に、私は満面の笑みを浮かべて告げたのだった。


「さあ、行くわよ! まずは重量物を支えて腕力を見せてあげましょう!!」


「嫌ああああああ!!!!」


 マーガレットの悲鳴が響き渡る。

 私はそれを無視して、校庭から素早く取ってきた巨石を彼女の上に落とした。

 ガシッ!

 私のトレーニングを受けてきた彼女は、それを無事に支えてみせた。


「ほらほら、もっと力を入れないと潰れて死んでしまうわよ?」


「ぎゃあああああ!!!」


 悲鳴を上げながらも懸命に支えるマーガレット。

 そんな私たちの様子を、他の生徒たちは遠巻きに眺めていた。

 皆一様に怯えた表情を浮かべている。


「次ですわ。それを支えたまま、スクワット百回!」


「ひゃ、ひゃく!?」


「返事は!?」


「はいぃ!」


 涙を流しながら返事をするマーガレット。

 もはや抵抗する気力もないようだ。

 彼女ならきっとできるはず……そう信じて、私は見守る。

 そして――


「ぜぇ……ぜぇ……」


「見事なものね。ちゃんとスクワット百回を達成するなんて」


「は、はひぃ……。あの、早くこの岩を取ってくださ――」


「まだよ。次はそれを抱えたまま、腹筋をしてもらうから」


「ええっ!? も、もう無理です……」


「無理というのは嘘つきの言葉ね。それに、本当に無理ならあなたが潰れて死ぬだけだわ。それでもいいの?」


「ううっ……。でも……」


「御託はいいわ。腹筋百回、始めなさい!」


「はいぃっ!」


 疲れ切った体で腹筋を始めようとするマーガレット。

 しかし、どうにも上手くいかない様子だ。

 そこで、私は助言を送ることにした。


「ねえ、知ってるかしら? 人間の体は、追い込まれると信じられないパワーを発揮するものなのよ?」


「追い詰められたら……?」


「ええ、そうよ。たとえば、こんな状況とか……」


 そう言いながら、私は部屋の隅を這っていた虫をチリ紙越しに拾い上げた。

 それを見た彼女は目を見開く。


「ちょ、ちょっと待ってください! それは流石に……!」


「あら、何か問題でもあるのかしら? 私は害虫を取って、捨てようとしているだけよ?」


 私が尋ねると、彼女は首を横に振りながら言った。


「い、いえ……何もありません……」


「そうよね? じゃあ、私はここで待機しているわね」


 そう言って微笑む私を見て、彼女は覚悟を決めたらしい。

 大きく深呼吸をすると、一気に腹筋を始めた。


「ふっ……! くっ……!」


 苦悶の表情を浮かべる彼女。

 だが、その甲斐あってか少しずつではあるが、腹筋運動の回数を重ねていく。

 そして――


「も、もう無理……。限界です……」


 ついに力尽きてしまったらしい。

 彼女は巨石に潰されないようにかろうじて耐えていたものの、それ以上は腹筋運動をできなくなっているようだ。

 そんな様子を見て、私はため息をついた。


「……仕方ないですわね」


 私は先ほど確保した虫を、彼女の方へと近づける。


「ひっ!? や、やめて!!」


「あなたが頑張ったら、すぐに解放してあげるわよ?」


「で、でも!」


「あなたが力尽きちゃったら、私はとっても残念に思うわ。残念すぎて、手元が震えちゃうかも……。その結果、私が持っているものがあなたの口とかに入っちゃったとしても……それは事故よねぇ?」


「わ、わかりました! 頑張ります! だから、お願いだからそれだけはやめてください!!」


 半狂乱になって叫ぶマーガレット。

 私はそんな彼女に対して、無慈悲にも宣告する。


「では、ちょっとした休憩を挟んだことだし、最初からにしましょうか。始めなさい」


「え……?」


「聞こえなかったのですか? もう一度言います。最初からやり直しなさい」


「そんな……」


 絶望的な表情を浮かべるマーガレット。

 しかし、彼女に選択肢はないのだ。

 私はニッコリと笑って告げる。


「大丈夫、あなたはやれば出来る子よ。頑張って!」


「ひいいぃぃぃっ!!!」


 マーガレットの悲痛な叫び声を聞きながら、私は周囲に視線を向けた。

 怯えきった様子の一般生徒たち。

 彼らの前に、モシアス王子、ジャクソン騎士志望、クラネン魔導師志望の三人がいた。


(さて、どうかしらね……?)


 彼らの表情を観察する限り、私やマーガレットに対する評価を改めてくれたように思う。

 少なくとも、私が彼女をイジメていなかったことは分かってくれたはずだ。

 これはトレーニングなのだから。

 平和ボケしたこの国の意識改革を行うにあたり、将来を担う学園生たちを導く必要がある。

 そのために、まずはもっとも才能があるマーガレット男爵令嬢から鍛えることにした。

 ただそれだけの話なのだ。


「マリエル! 貴様、やはりマーガレットをイジメていたんだな!!」


「騎士として、やはり貴様の蛮行は見逃せん!!」


「……これだから脳筋は嫌いなんだ。僕みたいに魔法を使うのが今風なんだよ。肉体トレーニングなんて、必要ないね」


 モシアス王子、ジャクソン、クラネンがそんなことを言い出す。

 まさかのセリフだった。

 私は耳を疑った。


「はあ……。この期に及んで何を言っているのかしら?」


 思わずため息を漏らすと、三人は揃って怒り出す。

 モシアス王子に至っては顔を真っ赤にしているほどだ。

 そんな彼に向かって、私は言う。


「あなた方も、他人事ではないのですよ? マーガレットの次は……あなたたちを指導することにしましょうか。それが終われば、次は一般生徒たちです」


「なっ!? や、やめろ! そんな風に笑顔を歪めるな!! お、おい! お前らからも言ってやれ!」


 彼は慌ててジャクソンとクラネンに助けを求めるが、無駄に終わった。

 私の威圧感に圧倒されたのか、二人ともガタガタ震えているのだ。

 どうやら完全に萎縮してしまったらしい。

 そんな彼らに対し、私は優しく微笑みかける。


「さあ、楽しい訓練の時間ですよ。準備はいいですか?」


「「「ひいっ!?」」」


 恐怖のあまり逃げ出そうとする三人。

 だが、それを許すほど甘くはない。

 私はすかさず彼らの前に回り込む。


「まずは腕立て伏せ百回から! あなたたち、今日は歩いて家に帰れると思わないことですね!!!」


「「「ひぃっ!! そ、そんなぁあっ!!」」」


 絶望に満ちた声を上げる三馬鹿トリオ。

 こうして、王国の輝かしい未来に向けた楽しいトレーニングが幕を開けたのだった。

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王子から婚約破棄を言い渡されたけど、そんなことが通ると思っているのかしら? ~王子も男爵令嬢も取り巻きも、まとめて叩き直してあげるわ~ 猪木洋平@【コミカライズ連載中】 @inoki-yohei

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