第2話 マーガレット暗躍の真相

 私はジャクソンやクラネンを蹴散らした。

 そこに、モシアス王子が話し掛けてきた。


「わ、分かっているだろう!? このことが公になれば、お前はタダじゃすまないんだぞ!」


「まあ怖い」


 私はわざとらしく怯えてみせる。

 すると、彼はニヤリと笑った。


「そうだ。そうやって大人しくしていればいいんだ。そうすれば、悪いようにはしないぞ」


「……本当にそうかしら?」


「ああ、約束するとも」


 自信満々な様子の彼を見て、私は思わず笑ってしまった。


「何がおかしいんだ!?」


「いえ、別に……」


 笑いを堪えながら答える。

 だが、それがかえって気に障ったのだろう。

 モシアス王子は顔を真っ赤にして叫んだ。


「いいか! よく聞け! 俺はこの国の王子だぞ! 俺が父に頼めば、お前なんて簡単に牢屋行きだ!」


「……へえ?」


「どうだ? 分かったら、もう二度と俺に楯突くんじゃないぞ」


 勝ち誇ったように言う彼だったが、私は動じなかった。

 何故なら、国王陛下がそのようなことをするわけがないからだ。


「残念ですが、あなたも鍛え直しプロジェクトの対象ですのよ?」


「……はぁ? 何だって? 鍛え直し……?」


「ええ。私が国王陛下に進言した強化プロジェクトですわ。その提案者の私は、この学園で自由に生徒をしごくことができます。この学園内に限れば、私は超法規的存在であると言えます」


「そ、そんな馬鹿なことが認められるはずないだろう!?」


「認められましたわ。だって、実際にもうプロジェクトは始動していますもの。最初は、もっとも見込みのあるマーガレット男爵令嬢から始めていました。そのトレーニングが、イジメと勘違いされてしまったのですね。そのことは、私も反省しなければなりませんわ」


 私は淡々と事実を告げる。

 腕力トレーニングのために重い荷物を強制的に運ばせたり、体力トレーニングのために背後から飛ぶデコピンで攻撃したりするのはやり過ぎだったかもしれない。

 そんな事実を聞いたモシアス王子は愕然としていた。

 まさか自分の知らないところでそのようなプロジェクトが進められていたとは夢にも思っていなかったのだろう。

 彼はしばらく呆然としていたが、やがてハッとした表情になった。

 そして、私に指を突きつけて叫んだ。


「ま、待て! 貴様、それで俺を騙そうとしているんだな! 本当は、マーガレットをイジメていたのだろう! そうに違いない!!」


「なぜそう思うのですか?」


「それは……あれだ! 貴様が、以前から俺のことを気に入らなさそうに見ていたからだ!!」


「それは当然でしょう。モシアス王子は、鏡というものを見たことがありますか?」


「か、鏡だと……?」


「はい。自分の姿を映し出すものです。そこに映る自分を見て、あなたは恥ずかしくならないのでしょうか?」


「…………」


 私の問いに答えず黙り込むモシアス王子。

 いや、正確には答えることができなかったと言うべきか。

 どうやら、薄っすらと自覚はあるらしい。

 私は彼に近づき、その手首を掴んだ。


「何をするつもりだ!? 離せ!」


 抵抗する彼を無理やり引っ張っていく。

 そして、そのまま部屋の隅にあった鏡の前に立たせた。


「ほら、現実を直視してくださいな。あなたは、まるでモヤシのような体つきをしているではありませんか」


「う、うるさい! これは生まれつきだ! 仕方ないだろう!」


「いいえ、違います。あなたの努力不足が原因です」


「なんだと!?」


「いいですか。人は、誰でも理想とする体型があるのです。私は、それを目指して日々努力をしております。なのに、あなたときたら、努力もせずにモヤシ体型に甘んじて……」


 そう言って、私はため息をつく。

 だが、彼は納得できないようだった。


「ふざけるな! 俺のどこがモヤシだと言うんだ!? ちゃんと筋肉がついているだろうが!」


「どこにですか?」


「ここだよ! この腹筋のあたりとか……」


 そう言って服を捲し上げるモシアス王子。

 確かに、お腹の辺りにはうっすらとではあるが割れている部分があった。

 しかし――


「こんな程度ではまだまだ足りませんわ」


 私の指摘を受けて、彼は唖然とした表情を浮かべた。


「ば、馬鹿な……。これではダメなのか……? そんなはずはない……そんなはずがないんだ……」


 ぶつぶつと呟く彼に対し、私は告げる。


「では、これから毎日一緒に運動しましょう。大丈夫、私に任せてくださいまし」


「い、嫌だ! 絶対にやりたくない!!」


「大丈夫ですってば……そんなに怖がらなくてもいいんですわよ?」


「ひいぃっ!!」


 モシアス王子が悲鳴を上げる。

 そんな彼の様子を見て、他の生徒たちはドン引きしている様子だった。


(これは少しだけ良くない流れですわね……)


 ジャクソンとクラネンを撃破し、モシアス王子を説得したまではいい。

 でも、それを見た生徒たちの心が私から離れるのはマズイ。

 トレーニングの指導者には適度な威圧感も必要ではあるのだが、行き過ぎた恐怖は鍛錬の妨げになる。


(仕方ありませんわね。少し荒療治になりますが、これも必要なことです)


 私は覚悟を決めると、大きく息を吸い込んだ。

 そして――


「マーガレットさん! ここに来なさい!! どさくさ紛れに逃げようとしても、無駄ですわよ!!!」


 大声で叫ぶ。

 すると次の瞬間――


「ひぃぃぃっ!!??」


 情けない声を上げながら、一人の少女が飛び出してきた。

 彼女はマーガレット男爵令嬢。

 モシアス王子が私との婚約を破棄したのは、彼女と結ばれるためだ。

 少なくとも彼はそのつもりだった。

 しかし、私は知っている。

 マーガレットの本性は、とてもじゃないが淑女とは言えないものだということを。


「ここに座りなさい! 早く!!」


 私が命じると、彼女は慌てて床に正座をした。

 その表情からは怯えの色が見て取れる。

 そんな彼女に対して、私は告げた。


「さあ、今からお仕置きの時間よ」


「ど、どうしてですか!?」


 涙目になりながら尋ねてくる彼女。

 私はニッコリと笑って答えた。


「もちろん、今回の騒動についてよ」


「わ、私、何も悪いことをしていません! モシアス殿下たちが勝手に……」


「嘘おっしゃい! あなたが裏でコソコソやっていたことは全て把握済みなのよ!」


「そんな……酷いです……あんまりです……」


 さめざめと泣く彼女。

 そんな姿を見て、周囲の生徒たちもザワついていた。

 彼らの反応も無理はない。

 何しろ今の彼女は完全に被害者の立場のように見えるからだ。


 しかし、私には分かる。

 彼女の本性を知る私には、彼女がどんな言い訳を口にするのか手に取るように分かってしまうのだ。

 だから――


「見苦しい真似はおやめなさい! 全部分かっているのよ!!」


 私はピシャリと言い放ち、彼女を睨みつけた。

 すると、途端に静かになる教室内。

 誰もが固唾を呑んで見守っていた。

 そんな中で、私は彼女に告げる。


「あなたは、私が課したトレーニングメニューをサボっていたわね?」


「……」


 無言を貫くマーガレット嬢。

 私は構わず続けた。


「それが私にバレそうになっていることを悟って、モシアス王子をそそのかして私を退学に追い込もうとした……。違うかしら?」


「……」


「どうなの? 答えなさいよ!」


 私は語気を強める。

 すると、ついに観念したのか、彼女はポツリと呟いた。


「……その通りです」


「やっぱりね」


「ごめんなさい! 許してください!!」


 泣きながら土下座をする彼女。

 私はそれを見下ろしながら言う。


「別に謝罪を求めているわけではないのよ。ただ、あなたに教えてほしいことがあるだけ」


「な、何をですか?」


「決まっていますわ。どうすれば、トレーニングを続けられるかということよ」


「え……?」


 困惑する彼女に対し、私は続ける。


「あなたをここまで追い込んでしまったことについて、私にも少しばかりの責任があるとは思うわ。だから、今後の参考にしたいの。どうすればいいのかしら?」


 私が尋ねると、彼女はおずおずと口を開いた。


「……まずは、休憩が必要だと思います。毎日のトレーニングがキツイです」


「なるほど」


「あと、食事制限もなくした方がいいかと……。脂身の少ない肉類ばかりの食事は、とっても味気ないんです……」


「なるほどね」


「あとは……」


 その後も様々なアドバイスを受けた後、私は頷いた。


「ありがとう。よく分かったわ」


「ほ、本当ですか!?」


 目を輝かせるマーガレット嬢。

 彼女に、私は優しく微笑みかける。

 そして――


「あなたが甘ったれだということがよく分かりましたわ!!」


 そう一喝したのだった。

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