王子から婚約破棄を言い渡されたけど、そんなことが通ると思っているのかしら? ~王子も男爵令嬢も取り巻きも、まとめて叩き直してあげるわ~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】

第1話 婚約破棄

「マリエル! お前との婚約を破棄する!」


「……は?」


 モシアス王子の言葉に、私はポカンと口を開けてしまった。

 私と彼は、同じ年に王立学園に入学した。

 私たちは入学前から、親同士が決めた婚約者同士だった。

 モシアス王子は、幼い頃からとても大人びていて、私の憧れの存在でもあった。


 しかし、私たちが15歳になった年、その関係に変化が訪れた。

 彼が、とある男爵令嬢に恋をしたからだ。

 その男爵令嬢の名前はマーガレットという。

 彼女は、私が今まで見た中で一番美しい女性だった。

 その美しさには、私も一目で虜になってしまったほどだ。

 モシアス王子も、彼女の美貌に心を奪われたのだろう。

 二人はすぐに恋に落ち、仲睦まじい様子を見せつけるようになった。


「聞こえなかったのか? お前はもう用済みだと言っているんだ」


 モシアス王子が、私に向かってそう言い放った。

 彼の隣には、マーガレットが寄り添っている。

 彼女は勝ち誇ったような表情で、私の方を見ていた。


「……どうしてですか?」


 私は、震える声で彼に尋ねた。


「なぜって……そんなの決まっているだろう」


 彼はニヤリと笑うと、こう答えた。


「俺が、マーガレットを愛しているからさ」


 それを聞いた瞬間、私の胸の奥から、熱い感情がこみ上げてきた。

 怒りや憎しみといった感情ではない。

 これは、もっと別の何かだ。


「……そんなことが許されるとでも?」


「許されるさ。なぜなら、お前には罪があるからな」


 モシアス王子は、まるで正義の味方のような台詞を口にした。


「お前がマーガレットに嫌がらせをしていたことは知っているぞ。そのせいで、彼女がどれだけ苦しんだことか……」


「そのような事実はありませんわ」


 私は、彼の言葉を即座に否定した。


「嘘をつくな! お前が彼女を虐めていたことなど、とっくに調べがついているんだぞ!」


「証拠はあるのですか?」


「証人がいる! いずれも信用に足る人物たちだ!!」


 どうやら、既に調査を済ませているようだ。

 だが、たとえ証言者がいたとしても、私に罪はない。

 何故なら、私は男爵令嬢をイジメたりしていないからだ。


「それは、いったい誰なのです?」


「教えてやろう! まずは一人目、騎士団長の息子であるジャクソンだ!」


 そう言って、彼は一人の男子生徒の名を挙げた。


「その通りだ! 我はこの目で見た! 悪女マリエルが、か弱きマーガレット嬢に対して酷い仕打ちをしているところを!」


「具体的には?」


「重い荷物を運ばせていた! あれは本当に重そうに見えた! しかも、あの荷物は元はと言えば、貴様が彼女に持たせたものだと聞いたぞ!」


「違います。誤解です。それはイジメではありません」


 私はきっぱりと否定する。

 そもそも、どうしてそんな嘘をついたのか?

 おそらく、彼女の嫉妬が原因だろう。

 だから、私を陥れるために、こんな大げさなことをしたのだ。


「黙れ! そして二人目は、宮廷魔術師の息子であるクラネンだ!!」


 次に名を挙げたのは、これまた見覚えのある顔だった。

 彼もまた、モシアス王子やジャクソンとよく一緒にいるメンバーの一人だ。


「……僕は見たよ。君が、彼女に対して魔法を放つところをね」


「見間違いでしょう。私は魔法を一切使えませんので」


「いいや、確かに見た。君は、魔法で彼女の体を痛めつけていたんだ。可哀想に、彼女は必死に逃げていた」


「それこそあり得ないことです。私は、そんな魔法など知りませんもの」


 私とクラネンが言い争っていると、そこへモシアス王子が割り込んできた。


「おい、マリエル! いい加減にしろ! 往生際が悪いぞ!」


「本当のことですから」


「まだ言うか!」


「ええ、何度でも言いますわ」


 私が毅然とした態度で答えると、彼は苛立った様子で叫んだ。


「もういい! こうなったら、実力行使だ! 皆のもの、やってしまえ!」


 彼が合図を送ると、ジャクソンやクラネンを除く取り巻きたちが一斉に襲いかかってきた。

 しかし、彼らの動きは素人同然で、簡単に回避することができた。


「何をやっている! 相手はただの女だぞ!」


 モシアス王子が、焦ったような声を上げる。

 だが、彼らが私を捉えられないのは当然のことだ。

 何せ、彼らには実戦経験がほとんどない。

 しかも、貧弱でモヤシのような肉体をしているのだ。


「くっ……お前たち、何をしているんだ!? さっさと捕まえろ!」


 モシアス王子が、必死になって叫ぶ。

 すると、今度は別の方向から声が聞こえてきた。


「そこまでだ!」


 現れたのは、騎士の鎧に身を包んだ集団だった。

 その先頭には、ジャクソンの姿がある。


「我らは将来、騎士団を担う者たちである! よって、今ここで貴様らの蛮行を見過ごすわけにはいかない!」


 彼は、高らかに宣言した。

 騎士たちは一斉に剣を抜くと、私に襲いかかってくる。

 でも――


「遅いわね」


 私は一瞬で彼らの間を縫うように移動し、背後を取った。

 そして、手刀による一撃で気絶させる。


「うぐっ……」


「……ぐふっ……」


 バタバタと音を立てて倒れる騎士たち。

 それを見て、唖然とするモシアス王子たち。

 彼らはしばらく呆然としていたが、やがて我に返ったように騒ぎ出した。


「お、お前ら、何をしてるんだ!? ジャクソンたちがやられるなど……」


「……慌てる必要はないよ。それなら、僕たち魔導師の出番さ……」


 次に口を開いたのは、宮廷魔術師の息子であるクラネンだ。

 彼の周囲には、魔導師系の生徒たちが集まっている。

 彼らは杖を掲げると、呪文を唱え始めた。


「炎よ! 我が敵を焼き尽くせ!」


「氷結よ! 敵の自由を奪え!」


「雷光よ! 裁きの光で照らし出せ!」


 次々と放たれる魔法。

 それらは私に向かって飛んできて、着弾と同時に爆発した。


「やったか!?」


 モシアス王子が興奮気味に叫ぶ。

 凄まじい衝撃が周囲に拡散していく。

 煙が晴れると、そこには無傷のまま立っている私の姿が現れた。


「ば、馬鹿な!?」


 クラネンが驚愕の表情を浮かべる。

 そんな彼に対し、私は余裕たっぷりにこう言った。


「これが現実ですわ。あなたたちでは、私には勝てない」


「ふ、ふざけるな! こんなことがあってたまるか! 魔法も使えないお前ごときに……あり得ない!!」


 激昂して叫ぶクラネン。

 しかし、彼らに構っている暇はない。

 私は、彼らをさっさと片付けることにした。


「魔法は使えませんが、戦う方法はいくらでもありますのよ?」


 そう言って、私は右手に力を集中させる。

 いわゆるデコピンというやつだ。

 ただし、威力は桁違いだけど。

 私は、それを勢いよく放った。


「飛ぶデコピン――【バチ】」


 刹那、パァンッ!! という音が響き渡る。

 それと同時に、クラネンを含む数名の生徒の身体が吹き飛んだ。

 まるでボールのように地面をバウンドしながら転がっていく。

 それからしばらくして、ようやく止まることができたようだ。


「な、なんだ今のは……?」


 信じられないといった様子で呟くモシアス王子。

 他の生徒も同様だったようで、全員が目を丸くしていた。

 そんな彼らに向けて、私はこう告げる。


「さあ、次は誰が相手をしてくれるのかしら?」


 私の言葉に、誰もが言葉を失ったようだった。

 もう誰も向かってこない。

 どうやら戦意を喪失してしまったらしい。


「まったく……根性のない人たちね」


 私は嘆息してしまう。

 この国は平和だ。

 しかしそのせいで、男女問わず戦闘能力が著しく低下傾向にあるのだ。

 騎士団長の息子であるジャクソンでさえ、昔の基準で言えば弱卒レベルだ。

 魔導師団長の息子であるクラネンなど、もはや論外である。

 ずっと室内に引きこもって魔導書を読むばかりの根暗であり、実戦経験が足りていない。


 このままではいけない。

 もっと強くならなければ、この国の未来は危ういかもしれない。

 私はかねてより、そんなことを考えていた。


「き、貴様……。こんなことをして、ただですむと思っているのか?」


 モシアス王子が、震えた声で尋ねてくる。


「あら? それはどういう意味かしら?」


 私は余裕を崩さずに、そう問い返したのだった。

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