言い訳ばっかり飯部くん

葎屋敷

そして転職しない僕


 この学校には、ふたりの飯部いいぶくんがいます。彼らは仲良し兄弟です。弟の方がお兄さんの面倒をよく見ているので、どっちが兄なのか、傍から見ている人にはよくわからないでしょう。飯部くん(兄)が弟より優れていることといえば、手先が器用でモノづくりが得意なところです。それ以外はてんでダメです。怠け者で、すぐ宿題を忘れます。

 ほら、今日も先生に怒られていますよ。


「飯部くん! 算数の宿題、今度こそ持ってきた?」

「すみません、先生。家に置いてきてしまって」

「じゃあ、やってはあるのね?」

「はい」

「誰か! 弟君連れてきて!」

「ああ、ご無体な」


 お兄さんの嘆きの声を聞きつけるようにして、隣のクラスの弟くんがやってきます。弟くんはお兄さんを糾弾するためなら、休み時間が潰れるのも気にしません。


「弟くん、お兄さんは算数の宿題――」

「昨日、兄はゲームしかやってないです。一週間前からずっとそうです」

「飯部くん、どういうことかなぁ?」


 弟くんの報告に先生は怒りの表情を露わにします。ここで素直に謝ればいいものを、飯部くんは諦めません。


「先生、違うんです。宿題はやったんです。ただ、学校に来るまでに食べてしまって」

「兄貴のドリルだけパピルスでできてんのか」


 パピルスとは植物のことであり、またその植物から作る昔の用紙のことです。パピルスはエジプト人が生で齧ったり、煮て食べていたとプリニウスの「博物誌」に書いてあったので、紙を食べるという発想が出てくる飯部くんはやっぱりエジプト人なんだなぁ、と実感します。カレーが好物だとよく大声で話していますしね。

 それに、もしエジプト人ではなくとも、飯部くん(兄)はおなかが空いたら紙を食べちゃいそうなほど食いしん坊です。だから弟くんより太っているんだと思います。でも、それは飯部くん(兄)のいいところです。おかげで、みんなは二人の区別に困りません。僕はふたりを見分けることが周りより得意ですが、それが自慢にならないのは当然といえるでしょう。

 太っている方の飯部くんは、諦めきれずに言い訳の内容を変えて説教逃れに再チャレンジです。


「実は、母が危篤で宿題に集中できなくて……。俺、心配で!」

「兄貴のかあちゃん、オレのかあちゃんでもあるんだけど。昨日もピンピンしてたんだけど?」

「お前は知らなかったんだな…。肝臓だ。外部からの圧迫が危惧されるとして、患部の膨張を止めなければならないって言われたってかあちゃん泣いて――」

「ま、まさか癌!?」


 涙ぐむ飯部くん(兄)を見て、最悪の可能性を考える先生は阿呆ピュアです。先生はしょっちゅうお兄さんに騙されかけていて、今日も例外ではありません。二人の隣には冷めた目でお兄さんを見る弟くんがいます。

 弟くんはお兄さんの言い訳に耐えきれなくなり、ついに拳を握りました。


「それ、脂肪が増えすぎて臓器圧迫しかねないから痩せろって言われて、ダイエットしてるだけだろうが――!」

「ごふっ!?」

「ただのデブなんだよ、てめぇと一緒でなぁ!」


 弟くんはお兄さんの顔面に軽いジャブを決めた後、鋭いローキックを繰り出します。脂肪が豊かな飯部くんがごろりんと転がりました。ごろごろごろりんと、おにぎりのような転がりっぷり。そんな彼に、先生の冷たい視線が降り注ぎます。これで、先生も今日のところはお兄さんの言い訳を信じないでしょう。

弟くんは先生に一礼し、自分の教室に帰っていきました。



 *



 さて、ここまで語れば、飯部家長男が残念な男であることは、否が応でもわかってもらえると思います。

 ですがね、彼は口だけではない男なのです。吐いた嘘のうち、いくらかは本当にしようと努力するのです。それは本来良いことなのだと思います。次こそ宿題持ってきますと言った彼が有言実行であるならば、誰も不幸にはなりませんし。

 とは言っても、彼が宿題を持ってくる訳ではありません。その理由は彼曰く「仕方ないこと」らしいですが、事実、それは違います。



「なあ、パピルス作るの手伝ってくれ」

「…………」


 彼が宿題を忘れる原因は、こういう要らんことに精を出すことにあると思うのです。

 彼は放課後の帰り道に後ろから声をかけてきたと思ったら、上のようなことを言い出したのです。やはり彼はエジプト人だから、故郷の紙が恋しくなったのではないでしょうか。


「……なんで僕が」

「お前、俺の欲しいものはできる限り持ってきてくれるって言ったじゃん!」

「言いましたね、四年前くらいに」


 飯部くんは昔の僕の言葉を唐突に思い出してしまいます。それはまるで、洗脳でからしを甘いと思わされている人が鼻にからしを入れている最中に、ふとその辛さを思い出して吐き出してしまうくらいの唐突さです。


「その場で調べてるだけですよ」

「そっか。じゃあ、まずはパピルスの植物持ってきてくれ」


 彼は当たり前のように言います。図々しい気もしますが、仕方ありません。

 僕がため息を吐いたちょうどその時、僕たちは自分の家に着きました。正確にいうと、僕の家と隣の飯部くん家に到着しました。


「仕方ないなぁ、飯部くんは」


 そう言って、僕はいったん家に帰ります。そして十分後、パピルスの茎を飯部くんのお家に運んであげました。


「三辺の皮を剥いで、裂いて、切ったら軽く叩くんだよ。その後、一週間くらい水に付けて、また乾かすんだよ」

「おー、サンキュー」


 人がわざわざ南アフリカに採りに行ってやったというのに、この軽い態度。こういう他者への感謝が足りないところに、彼の人望のなさを理由づけるものがあるに違いありません。


「飯部くん、そうやって言い訳を正当化させることにばかり目を向けてないで、言い訳しなくても済むような生活態度を心掛けましょうよ。寝坊したのは夜更かししたから仕方がない。宿題をやらないのは道中トラブルがあったせいだ、仕方ない。そうやって自分以外のなにかに理由を求めたところで、結局、自分のだらしなさが根本原因だってことに気が付かないと。君の性格こそが、君の人生に不幸を与えているのであって、いくら言い訳するためのアイテムで周りを固めたところで、それこそ仕方ないことなんですよ?」

「うるせぇうるせぇうるせぇ! 正論は人を傷つけるんだぞ!」

「正論で傷つくような人生送らないでくださいよ」

「なんだよ、俺のこと誘拐したくせに!」


 む。それを言われると、僕はなにも言い返すことができません。確かに、地球人のサンプルとして偶々目に入った彼を囲ったのは、間違いなく僕です。だからこそ、彼を育てるのも、彼の欲しいものを調達することも厭わなかったのですが。


「宇宙人のくせに、親面すんな!」


 飯部くんは怒って、皮を剥いだパピルスを床にたたきつけました。それを言われると、辛いところです。とはいえ僕は宇宙人ながらに完全に地球人の子どもとして、飯部くん以上に小学校という集団に馴染んでいます。そこまで謂れのない差別を受けるよしはありません。


「飯部くん、僕は別に親面はしてませんよ。親なら、ちゃんと作ってあげたじゃないです」

「あれ、ただの人間そっくりのロボットじゃんか! 本当の親のところに返せよ!」

「無理ですよ。また古代エジプトに跳んだら、次元装置が壊れそうなんですもん。やっぱり時間跳躍はコストが大きくて――」

「言い訳ばっかり!」


 飯部くんは怒って、カットしたパピルスを床にたたきつけました。僕はその後も訳を話してあげましたが、どうやら聞き飽きたと見え、パピルス作成に集中し始めてしまいました。こういうところがあるから、飯部くんがちょっと変わっている子にカテゴリされてしまうのです。昔は周りの子とあまり変わらなかったと思うのですが、脳みそを僕が弄ってる時に失敗してしまったのかもしれません。


「あ、そうだ。飯部くん、洗脳かけなおしますね? 解けてきちゃったみたいですから。君だって、弟くんのこと、本当の弟くんだと思っていたいでしょう?」

「仕方ないなぁ」


 僕が洗脳し直した日から一週間後、飯部くんは「ドリルは食べることもできる。だから、もし間違って食べちゃっても、それは仕方ない」という自分の言い訳を完成させるために、パピルス性ドリルを完成させました。弟くんのドリルを真似して描かれたそれは、絵も字も印刷したかのようにそっくりで、見事なものでした。ですが、先生に見せに行こうとした通学途中に飯部くんはパピルス性ドリルを本当に食べちゃったせいで、先生には「言い訳ばっかり!」と信じてもらえませんでした。

 この頃になると、飯部くんは、「自分が宇宙人にタイムスリップさせられた古代エジプト人」だということを、すっかり忘れてしまっていました。

 またもう少ししたら、洗脳をかけ直さないといけません。ああ、やっぱりこの仕事は面倒です。転職活動しようかな……。

 でも、転職ってリスクもあるし、今不景気でいい仕事なんて見つからないし……なんて言い訳を心の中に並べて、今日も僕は地球人観察の仕事がやめられないのです。



 *



「なぁ、がり勉眼鏡」

「おや、弟くん」


 ある日、弟くんが話しかけてきました。ちなみに、がり勉眼鏡というのは僕についているあだ名です。


「バカ兄貴にさ、なんか変なものやってない?」

「パピルスとかですか?」

「そう、そういうの。どこからそんなん持ってくんの?」

「南アフリカからです」

「いやいやいや」


 南アフリカからパピルスを採ってきたことは事実なのですが、弟くんは信じてくれません。


「お前って冗談いうんだな」

「冗談じゃないです。次元装置を使えば、南アフリカくらい簡単に行けますから」

「……はぁ?」


 とはいえ、次元装置は使用回数に限りがありますから、あまり使いたくなのです。けれど、これも責任というやつでしょう。親から引き離して成長過程を観察させてもらう代わりに、僕は彼に対価を渡す。それが宇宙共通の“筋”というものです。

 たとえ、求められたものがパピルスだろうが、戸籍だろうが、親にそっくりなアンドロイドだろうが、自分が死んだときのためのスペアであろうが。僕は欲しがられたものを可能な範囲で与えています。周囲に違和感を覚えさせないように、周りに洗脳を施すことも忘れません。

 なお、弟くんには洗脳はいりません。そういうことに疑問を覚えても、正解にたどり着けないように予め設定していますから。


「では、弟くん。お兄さんと仲良くしてくださいね」

「何言ってんだよ。別に、仲良くなんてないって」

「でも気があうでしょう、君たち」


 なにせ、弟くんはお兄さんのコピーですから。

 っとと、これは言えません。弟くんは、自分が本物の人間だと信じているのですから。


「では、そろそろ夕飯の時刻になりますのでー」

「あ、待て!」


 弟くんの制止を無視し、僕はさっさと自分の家に入ってしましました。



 *



 さて、二人はよく似ているからか、しょっちゅう喧嘩します。学校では弟くんが猫を被っていますが、お家では弟くんがお兄さんに理不尽を働いて喧嘩している、なんてこともしょっちゅうです。僕はよく空いた窓から、飯部くんの喧噪をポテチ片手に見物します。


「俺のプリン知らない?」

「記憶にございません」


 弟くんの口から放たれたその言葉は、言い訳界のレジェンド、大御所、代名詞ともいうべきものです。彼の口の端にはキャラメルソースが付いています。


「くらえ!」

「ごふっ」


 もちろん、そんな洗練された言い訳が通じるわけもなく、弟くんは呆気なく兄の拳に膝を屈します。


 僕は窓から見えたその鉄拳に拍手を送りました。よかった。やっぱり同じ人間同士、気が合うみたいです。殴り方がそっくりでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言い訳ばっかり飯部くん 葎屋敷 @Muguraya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ