裏切らない

夏生 夕

第1話

白い病室の中で日焼けた色があいつの顔にだけ残っている。

足を踏み入れた俺に笑いかけた。いつもみたいに。

ただ、やはり声にハリがない。


「お、また焼けたな!」


「…あぁ、うん。」


弱気になるな。俺もいつも通りでいけ。

扉の前まではそう奮い立たせて来たものの、いざ顔を見たら出来なくなった。


痩せた頬に目立つえくぼ、細くなりつつある体。

正直目を逸らしたくなった。

俺の心を読んだように腕や腹をさすって見せる。


「筋肉は裏切らないって、あれ、嘘な。みーんなどっか行っちまったわ。」


目を逸らしたいけど、俺は現実を見なきゃいけない。伝えないと。


「あのさ、」


こいつよりよほど声が小さいからなのか、わざとなのか、明るい声を被せられた。


「あんなに一緒にトレーニングしたのにな。ごめんな。」


「なんでお前が謝るんだよ。」


謝るのは俺の方だ。

言え。


息を大きく吸って吐いた。


「県大会、進めなかった。」


「そっかー、ダメだったかー!」


大げさに悔しがって動き、いやまぁうちにしてはよくやったよだの、歴代最高だろだの、矢継ぎ早に鼓舞してくる。どこか他人事のようなその様子に拳を握りしめた。

肩から滑り落ちたカーディガンの下から、薄くなった肩が覗いた。


「お前なら!」


代わりの俺なんかじゃなくて、お前だったら。


「お前なら、きっと進めてたのに。

ごめん。」


「なんでお前が俺に謝るんだよ。」


誰より勝ち進みたかったお前からその座を奪って、

部の誰もが望んだ夢を結局潰した。


俺は裏切ったんだ。



「お前さぁ、俺に呪いかけたの?」


「は?」


意味が分からなくて、場違いな声が出る。


「病気になれって、かけた?」


「そんな訳ないだろ!」


確かに、いつかは俺がと思っていた。

でもそれは、こいつの努力を一番見ていたからだ。

一番眩しかったから、自分も並びたいと思ったからだ。


「違うなら、違うだろ。

後ろめたい顔してんじゃねぇ。」


やっと顔を上げると、いつもの笑顔があった。


「頑張れよ。

来年はお前からレギュラー奪い返してやっからさ。」


この体のどこからそんなに出るのかというほど、力いっぱい叩かれた。

痛ぇよ。


「こんなひょろひょろに負けるか。今度こそ俺が引っ張る。」


「お前、言ったな?

筋肉は裏切らないんだぞ、すぐ戻るわ。」


言ってることが、さっきと違うだろ。

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裏切らない 夏生 夕 @KNA

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