シェルター

シェルターは採石場の跡地に建設されていた。以前は某企業(名前が伝わっていない)によって大規模な露天掘りが行われていたが、社会崩壊に伴い旧人類に放棄されていた。

 崩壊前から降水量が少なく殆ど砂漠のような環境であった。そのため最寄りの都市が巨大化せず、軍事目標として攻撃を受けることもなかったため、汚染の進行が比較的遅かった。

 また内陸部に位置するため水害の心配もなく、風害も少なかった。

上述の環境的要因に加え、採石が行えるような地盤高度と、シェルターを造る上でこれ以上ないほどの好立地だ。

全ては書物の受け売りだったが。他の環境を知らないので比較のしようがなかった。

僕に分かることは旧人類は遍くの生物環境を戦争から救うことはできなかったが、アフターケアを成功させる能力はあったらしい、ということだけだった。

 元々の洞穴を下の方へさらに掘り下げてシェルターは建設されていた。

 観測地点からシェルターに戻る場合、起伏の小さい丘を登ってきた僕たちは、まず見下ろすようにしてシェルターと対面することになる。

 外界が大嫌いな僕にとってこのシェルターの姿は心強く安心させられるものだった。

 4人も乗れば一杯になってしまうような昇降機に乗り、洞穴の低部まで降りる。

 命を危険にさらして調査活動を行ったとて、勇み足で凱旋、というわけにはいかない。最外殻の外部に設けられた施設で除染作業を行う必要があったからだ。

 除染は複数回にわたって行われる。まず防護服を着た状態で風呂(旧人類が使っていたらしいが今は身近なものではない)のような形の洗浄層に沈む。外界の汚れが満遍なく付着しているので、丸洗いする必要があった。

 身動きのうまく取れない状態で液体中に沈められるというのは僕にとって非常に不愉快な感覚だった。

 最も汚れている部分の除染が終わったら、次は中に入っていた人間の汚れを落とす。

何も身に着けていない状態で、一人用の洗浄用ポッドに入る。口にはマスク状の器具が付けられ、呼吸補助機能を有する気体を用いた除染が行われる。循環器系には肉体の複数個所に設けられたジョイントに管が通される。中に入ってしばらくすると液体で満たされる。

体を内側まですっかり丸洗いするイメージだろうか。体液は時間をかけてすべて交換される。作業が行われる前に薬品によって奪われているため分からないが、もし意識が残っていたらとてつもない苦しみを受けるだろう。

幸いにも、洗浄層を出るころには体の不純物が綺麗に押し流され、心地よい解放感さえ感じられるほどにさっぱりした気分だった。

 ちなみにこの洗浄は、外界に出る必要のない人間も定期的に受けている。シェルターは完璧な密閉を目指して作られていたが、それでも数年の時間をかけて徐々に汚染が身体に溜まってゆくことは避けられなかった。

たとえ微々たる量であっても、それが生命の危険に繋がることは周知の事実だった。

 4人全員の洗浄が終わり、僕たちは連なって除染棟を出た。管制システムのところへ行き調査活動の成果報告を行う必要があった。

除染施設から最外殻までは数枚のドアで隔てられている。当然ながら密閉されている。それほど大きさはない。大人が2列になって通れないくらいの横幅だった。

シェルターは入れ子のような構造になっていて、半球状の防壁が三重に造られ、重要度に応じて機能が分散配置されていた。

 例を挙げると、最外殻と中央殻の間(第三層)は必然的に最も大きな空間になるため、農業や酪農などの第一次生産を中心とした機能が置かれている。中央殻と最内殻の間(第二層)は人間のための空間で作業区画や居住区画が設けられていた。一番面積が小さくなる第一層は管制システムなどシェルターの中枢、ひいてはその存在理由である最重要施設が置かれており、ほとんどの情報は非公開だった。そのため立ち入ることを許されているのはごく一部の人間に限られた。

 何枚かの隔壁を抜けるといよいよ内部に入ることができる。シェルター内であらゆる管理を行っているのは管制システム=AIだった。AIには複数の個体が存在しており、その内の一つをトップに置いて分担管理を行っている。

どれだけの数の管制システムが存在するのかは分からない。シェルター全体の構造は高位の秘匿情報だった。

 調査を含む外界活動の管理を行っているのは第5管制システムだ。本体は第一層に存在するが人間とコミュニケーションを取るためのインターフェイスは入り口のすぐ横に置かれており、中央とケーブルで接続されていた。

 第三層は一次産業中心が中心に行われているということもあり面積の広い空間だった。中央部から繋がっている配管やケーブルは隠されていない。AIに意匠を解する機能は搭載されていなかった。

気密性の高さはシェルターだけでなくAIが置かれている棟についても同様だった。彼らは汚れを非常に嫌う。人間ような思考の無駄が存在せず、かつ遥かに高度なレベルで思考を行うことのできるAIは、砂の一粒でも故障してしまうような脆いものだった。管制システム自体は全て第一層の中央部分に集約されており、いわば出張所である第三層AI棟でさえ高い気密性を維持しているのだからその周到さが分かるだろう。

 ドアを開けると真っ暗な空間が広がっている。部屋割りはない。僕たちは部屋の中心近くに立った。

 ジルが声を出す。

「第5管制システムへ。外界調査班の活動報告」

 突然部屋の照明が点いた。目が慣れるまで少し時間がかかる。

 凹凸も何もない真っ白な空間が広がっている。余りに何も無いので入り口のドアさえも分からないほどだった。

 女性のそれを模した機械音声が聞こえる。体が包み込まれるような聞こえ方だ。部屋の4つ角にスピーカーが設置されているのだ。

「管制システムから外界調査班へ。おかえりなさい。随分早い帰還ですね」

「不測の事態により人員の生命を優先しました」

 ジルがマニュアル通りの回答をする。行動や観測した数値などあらゆるデータはリアルタイムで送られている。

「嵐ですね。こちらからも確認ができています。ずいぶん焦ったような時間配分の行進記録だけど、貴方のような高い評価がされているナビゲーターの判断なら間違いはないのでしょう」

「はい」

 システムのちょっとした冗談をジルはありのままの事実として受け取ったらしい。

 もっともAIもウィットにとんだ答えを求めていないだろうが。彼らは基本的に人間とコミュニケーションを取ることを嫌っていた。

「それで、観測はどうでしたか?」

 僕に話を振られる。

「はい。F汚染数値は予想内の数値でした」

 ジルにならってマニュアル通りに答えた。

 僕の返答を受けてシステムは少し沈黙した。何か態度に問題があると受け取られたか?AIは自らの判断で意のままに人間を裁くことができる。AIは合理性のない判断を最も嫌うため恣意的な刑罰は殆どなかったが、それでも靴についた泥一つで罰を受けかねなかった。僅かに手のひらが汗ばんだ。

「装置については細かい洗浄が終わった後にオーバーホールをお願いします。予備はありませんしハイテク器具開発ラインはいつだって予約で一杯ですから。大切に使わねばなりませんよ」

「はい、了解致しました」

 平静を装ってはいたが簡単な事務連絡で安堵していた。

 その後の報告はつつがなく終わり、僕たちは管理室を後にした。

「あなた方の贖罪は確実に果たされていますよ」

 AIが最後に告げてきたのは人間との会話を終える時の常套句だった。

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F/あるいは典型的なパノプティコン 肩書を探す無常 @idlenessbird

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