ゲーマー少女とその友達の休息

秋空 脱兎

束の間の平和だけど花粉症は辛いよ本当辛いよもう勘弁してくださいよ

 二千二十三年三月某日。福島県冰山こおりやま市。

 その日、中学校を卒業し春休みに入った心咲みさきは、同級生で親友の舞と椋子りょうこを家に招いていた。


「はい残り二十秒ー」


 椋子は、スマートフォンに表示された残り時間を見ながら心咲に向けて言った。


「うああ……」


 心咲は、全身を両腕の肘から先と足の指で支えるポーズ────プランクと呼ばれる体幹トレーニングを行っていた。


「がんばれー」


 二段に重ねた箱ティッシュを手放ないまま、舞がのんびりとした口調で声援を送った。


「あとどんくらい!?」

「えー……っと……三、二、一、ゼロ!」


 椋子が言い切ると同時に、スマートフォンがアラームを鳴らす。素早く操作してすぐさま止められた。


「だあ……!」


 苦しげな声を上げながら、心咲はその場に崩れ落ちた。

 それを見た舞はけらけらと笑い、


「いや、一所懸命に努力してる人にこれは失礼か」


 即座に真面目な表情に切り替えた。

 心咲は頭だけを動かして舞を見て、


「や、別に気にしなくていいよ……」

「そう? ……まあともかく、プランク三セットお疲れ様。それ飲むんだよね?」


 『それ』と言いながら、舞がテーブルの上に置かれた紙パックの飲み物を指差す。


「えっと、タンパク質……プランクブレーンじゃなくて────何だっけ?」


 舞のとぼけた質問に、心咲は苦笑し、椋子はがくりと顔を伏せた。

 椋子は顔を上げ、僅かに肩をすくめて、


「プロテインなー」

「そうそれ」


 舞は立ち上がると、テーブルのプロテインドリンクを手に取り、心咲に差し出した。


「はい」

「ありがとー……」


 心咲は何とか起き上がってその場に座ると、ドリンクを受け取ってゆっくりと飲み始めた。

 椋子はその姿を見て、


「しかしさあ、心咲ちゃん何で急に筋トレ始めたのさ?」


 心咲はドリンクを飲むのを中断し、


「ああ、実は半年くらい前からやってたから、そんな急って程でもないんだけどね」

「んじゃあ、何で半年前から?」

「ちょっとアレでやりたい事があってね」


 心咲が『アレ』と言いながら指した先には、テレビゲームのコントローラーである黒い輪があった。

 『アレ』が何なのかを知っていた椋子は、


「リ〇グフィットアドベンチャー……あっ、RTA?」

「そ。一面ボスクリアまでのヤツね」


 何を隠そう、心咲は幼い頃からゲームの大会で何度も優勝を収め、十三歳の頃からRTAを始めた、その界隈では『努力するタイプヤバイ級天才変態』として割と名の知れたゲームプレイヤーなのである。


「またやるのか……何作品目だっけ?」

「んー、〇ングフィットアドベンチャー入れると……十四だね」

「『青春をRTAに捧げる女』め……」

「げ、コメントそれ知ってるって事はわたしの動画見てるの? やめてよもー」


 心咲は実に嫌そうに首を振った。


「友達の頑張り見て何が悪いんだよ?」

「わたしが! 恥ずかしいの!」

「ええー?」


 二人のやり取りを見守っていた舞は、そこまで聞いて耐え切れずに笑い出した。


「ああごめんごめん。私としては、頑張ってやってるし、見た人がすごいすごいって言ってるんだから、そんな恥ずかしがる事ないと思うよ?」

「…………。あー」


 心咲は天を仰いで少し考え、


「あのね、この星で今一番頑張ってる女の子に言われると、何も言えなくなってくるんだけど……」

「え?」


 舞は、きょとんとした表情になり、小首を傾げた。

 何を隠そう、この舞という年端も行かない少女こそが、ここ数年、怪獣や宇宙人、そのほか様々な脅威と戦っている銀色の巨人その人なのだ。


「『え?』じゃないでしょ! ここ三年ほぼ毎週、怪獣宇宙人その他ヤバイのと戦ってるでしょ?」

「酷い時期シーズンは毎日だったなー」

「そう!」


 心咲は椋子の補足に勢いよく頷いた。


「いやそんな、頑張ってるって程じゃ」

「何回も死にかけて、本当に死んだ事だってあったのに?」

「…………」


 心咲に言われて、舞は黙って考え、


「……そっか、私は頑張ってたのか」

「友達《他人》から見れば、そりゃあね。バレンタインに受験シーズンと負の感情マイナスエネルギー怪獣がうじゃうじゃ出たのをほぼ独力で解決してるの、人間基準だと相当凄いんだからな」


 椋子が釘を刺すように補足した。


「でも、ぶっちゃけ怪獣より花粉の方が強敵だから……」


 舞は言いかけて、二人に『ちょっと待って』と言いたげな仕草を見せ、顔を背けて下を向き盛大にくしゃみをした。

 舞は下を向いたままティッシュで鼻をかみ、それから顔を上げた。


「うう、ごめん……」

「辛そうねえ」

「辛いです……」


 舞は、椋子のやや他人事めいた言葉に頷いた。

 心咲は舞の何とも表現しがたい表情を見ながらふと疑問に思った事を口にする。


「変身中は大丈夫そうなのになあ……」

「説明ムズいけど、あの身体は花粉のアレルギー反応をシャットアウト出来るか……体力とか色々許されるなら、もうずっと変身してたいくらい……」

「人間サイズでも三十分くらいしか持たないもんね……」


 舞は心咲に頷き、


「こればっかりはどんなに鍛えても辛いだろうから、二人はこうならないよう気をつけてね……」

「うん……」「うん……」


 何とも言えない表情で頷く二人を見てから、舞は顔を背けて鼻をかんだ。

 その表情のまま、椋子が呟く。


「舞ちゃんムキムキだから余計説得力がな……体脂肪率何パーなんだっけ?」

「えっと……確か五パーセントくらい……?」

「ごっ……!?」


 心咲は驚愕し、思わず咳き込んだ。咳が収まってから舞を見て、


「ちょ、そんなんプロのボクサーじゃん!? いくら戦う人だからって少なすぎじゃ……」

「特に身体に異常きたしてないし大丈夫だよ」

「その辺は信頼してるけどさあ……」


 二人のやり取りを見ながら何か考えていた様子になっていた椋子は、


「……これ、アタシも何か筋トレやった方がいいのか?」

「あ、やるかやらないかは置いといて、リン〇フィットアドベンチャー勧めとく。普通に遊ぶ分にも運動になるよ」

「ああ、ありがと。考えとく」

「私は……あー、自然とこうなっちゃったしなあ……」

「舞ちゃん無理に捻り出さなくていいからね?」

「そう? じゃあ────」


 そこまで言って、舞は弾かれるように窓の向こうを見た。

 一瞬で部屋に緊張が走り、心咲が口を開く。


「……どうしたの? まさか、」

「怪獣」

「やっぱり」

「結構遠い。県外、山の方」


 舞が鼻をしっかりとかみ立ち上がるのを見ながら、二人はスマートフォンで情報を調べた。

 先にそれらしいものを見つけたのは椋子だった。


「……あった。長野県の山間部。針葉樹みたいで、何か黄色い煙みたいな蒔き散らしてる、んだけど……」

「針葉樹で黄色い……嫌な予感するなあ……」

「スギとか?」

「椋、言わないでくれる?」

「ごめん」

「や、大丈夫。……行ってくる」

「気を付けてね」「気を付けて」

「うん」


 舞は二人に微かに笑って見せ、ペンダントの起動ボタンを操作した。

 次の瞬間、部屋が眩い光に包まれ────光が治まる頃には、舞の姿はどこにもなかった。

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