筋肉が欲しい!

夕日ゆうや

筋ジストロフィー

 病院の中庭に立派な樹木がある。なんでも百年ほど生きているらしい。

 その木の葉が枯れていく。散っていく。


 筋ジストロフィー。

 遺伝子の病気で、筋肉が壊れたり、変異したりすることで、筋肉が死んでいく。壊れていく。

 今はまだ車椅子で生活できているが、そのうち腕の筋力も弱まり寝たきりになる。そして最終的には顎の筋肉すらままならなくなる。そうなると私はただ生かされているだけになる。

「筋肉、分けてもらえたらいいのに……」

 無理を言っているのは分かっている。でも、そう思いたくもなる。

 なんで私だけが、こんな苦しい目に遭うんだ。

 病気なんてたまたまその人が患うだけで、他の人はたまたまならなかっただけ。

 他人が受けるはずの不幸を一手に引き受ける。

「ヤバい。私ひどいことばかり考えている」

 鏡を見るとひどくしわが寄っている。

 缶ジュースを買い終えると、私は車椅子を動かそうとする。

 だが、坂道で登り切るのが辛い。

 と、急に速度が上がった。誰かが押してくれているのだ。

「君、佐藤さとうさんだよね? 凹凸おうとつ高校一年の」

「え。あ、はい」

「俺、その高校の山沢やまざわ。よろしく」

 その日から山沢くんはよく遊びにくるようになった。


 筋肉は弱っていく。

「そんでな、俺の母ちゃんが、編み物をやってみたいって言い出してな。手が不器用なのにな」

 山沢くんが面白そうに語る家族愛が心地良い。

 私の両親はいつも悲しそうな顔ばかり。

 泣かせてばかり。

 そう辛いんだ。

 私が病気になったばかりに両親にまで不幸にしている。

「今度、母の日だね。何か買ってあげたいな」

 私は呼吸器をつけた姿で山沢くんに言う。

 身体はほとんど動かない。腕だけは動くので、何かしたい。

「お手紙はどうだ?」

「ナイスアイディア!」

 私は山沢くんの言葉に気分が上がる。

 渾身の力で手紙を書く。

 それを箱に詰める。

 山沢くんは顔を背けている。


 ――もうそろそろお別れかな。

 筋肉が欲しかったな……。

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筋肉が欲しい! 夕日ゆうや @PT03wing

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