雨空編
知っているのはこの空だけ。
彼はわたしの後輩だ。雨の日だけ来てくれる遊び相手。きっかけは目が合ったから、わたしを見てくれたから。
それだけ。
彼を知っていくと、毎日が退屈で、どんよりとしていたわたしが怖くなるほど、雲一つない空のように無垢な男の子だった。
だから汚すのが怖くなって、ただただ雨の日にゲームをするだけになってしまっている。
わたしが学校に融通が効くから用意した、二人だけの部屋。
晴れの日は部活をしてるフリ。雨の日が楽しみだった。
「このゲーム以外しないんですか?」
自慢できる実力があるのはこのゲームだけ。
実力者を演出しなければ。
「後輩くんが上手くなれば、もっと色んなことして遊べるんだけどね」
本当はゲーム以外がいいの。色んな、色々。
だからいつも声を掛ける、せめてこの瞬間だけは、きみの変化に期待を込めて手を握るの。
「はい、後輩くん。頑張りたまえ」
本当に、頑張って。
後輩くんは気づかない。
きみが画面に向かう時、きみの横顔はとても凛々しいということを。
後輩くんは気づかない。
彼が画面に向かう時、鏡越しにわたしがあなたを見つめていることを。きみのその後ろの窓がいつも雨空だけど、真摯で紳士なあなたの態度が眩しくて、愛おしくて目を細めていることを。
わたしの遊びに付き合って、指は淀みなくコントローラーを操作する。ずいぶん上手くなった。今日は残機が減らない。
そろそろ別のゲームを二人で?
いいえ、この時間も終わりかも知れない。
わたしもあんまり上手くないから、がっかりさせるかも。
「先輩、誘ってくれるの、雨の日だけじゃなくてもいいんですよ?」
いまの、後輩くん?
一つもミスをせずにクリアして、胸を張り少し得意気。この前一緒に少しだけ観たあのアニメの、意地悪だけど主人公の障害をさきに取り除いたりするあの有能領主みたい。
気づいたら、身を乗り出していた。いけない、引かれているかも。
慎重に、余裕たっぷりに、先輩風を吹かせて笑わなければ。
「言ったね?」
ダメだった。嬉しくて嬉しくて、こんな短い言葉しか出なかった。
だってきみと居て知っているのは、この雨空だけだから。
知っているのはこの空だけ つくも せんぺい @tukumo-senpei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます