知っているのはこの空だけ
つくも せんぺい
青空編
知っているのはこの空だけ。
学校の一部室には不似合いな、無造作に床に置かれた五十型の大型テレビ。その中をクレヨンで塗ったベタ塗りのお手本のような青空に、綿菓子というよりはマシュマロのような、くっきりした形の雲が右から左へ横切っている。
先輩に雨の日に呼ばれるこの部室には、いつもこの青空と、軽快な三和音だけのBGMが流れていた。
「たまにはこのゲーム以外しないんですか?」
返事するかのように、ゲームをあまりやらない僕でも知っている赤いキャラクターが、ぽいーんと気が抜ける音でジャンプする。
んー? と、彼女はちらっとこちらを見るけれど、
「後輩くんが上手くなれば、もっと色んなことして遊べるんだけどね」
先輩はいつもこれしか言わない。
このひとしきりの会話が終わると、彼女は画面に集中してゲームと少し伸びた爪が鳴らすカチカチというコントローラーの音だけになる。
その操作は巧みで淀みなく、左上の赤いキャラクターの残機は減ることは滅多にない。
レトロゲームはコードが短くて、部室の床に僕と先輩は座っている。テレビを設置する前から置いてある、テレビの横の姿鏡。距離が近くて、僕の角度からは先輩しか見えないけど、鏡越しでも視線が交わったりはしない。
隣で横顔を眺めても、まつ毛が長いってことが分かるだけ。鼻筋が通った白い肌が、相変わらず綺麗だなと思うだけだ。
どうして自分だったのかと、いつも不思議だ。そして意識もされていないんだと悔しくもある。
けどそう思うだけで何も言えない。
そんな先輩と目が合うのは、やっぱりゲームに関する時だけ。
「はい、後輩くん。頑張りたまえ」
余裕ある笑みをたたえ、彼女は僕にコントローラーを手渡す。
両手で僕の右手を包み込むようにギュッと握り、まるで二人で観たアニメの腹黒領主や政治家の握手のように。
だからといって嫌じゃない。
先輩はずるい。僕だって男だから、意識されてないにしても、触れられることに文句なんてない。……先輩だからだけど。
だからせめて、先輩のように上手くなれば見返してやれると思っている。
せめて二人で出来るゲームをしたり、晴れの日に出掛ける要求をしてやろうと思っていた。
だから今日、残機が減らずに進めたことを噛み締めて、先輩に言ったのだ。目を合わせず、手は握れないけど、アニメで観た領主みたいに自信たっぷりに。
「先輩、誘ってくれるの、雨の日だけじゃなくてもいいんですよ?」
先輩と居て知ってるのは、この画面の青空だけだから。
そう告げた時、先輩は画面を遮るように顔を出した。あんなに合わさらなかった視線が、鼻同士が触れそうな距離にある。
「言ったね?」
その瞳はとても綺麗だったけど、ギラギラと輝いていた。
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