VOID DOLL

@P_Ping

起動

「設定時刻になりました。モーニングコールです。モーニングコールです。繰り返します…」

 決して高すぎず、低すぎず。

 ただ、繰り返し流れていれば確実に耳障りだなと感じる。そんな音。

「うるさいな……」

「これより、スヌーズ機能に移行します…」

「わかったよ、うるさいじゃ止まらないんだろ。アラーム停止」

「発声および定型句を感知。声紋を分析中…世帯主、クリスの音声と認識。アラームを停止します」

 半開きになったカーテン。窓からの光はまだ弱い。朝方とはいえ、この時期はあまり日が差し込まないようだ。あくびをしながら、部屋の虚空に目を向ける。

 いわゆる1LDKで広さもそこそこ。一人暮らしなら困らない広さだが、前に住んでいた叔母の家では見たこともない横幅のモニターが向かいの壁一面を覆っている。

「健康状態の報告をお願いします」モニター上に丸い波形が表示され、言葉とともに蠢く。生き物のような動きにはいまだに慣れない。

「イヤだね」

「これは世帯主、ひいては管理部から直々に通達されているもので、住民の義務です。」

 さっきからやけにしつこいコイツは「ルームサービスシステム」、通称RSSとも呼ばれているそうだが—簡単に言えば、住居、住民のセキュリティ保護のため各部屋に組み込まれているガードマン兼お手伝いのようなものだ。さっきのモニターは映像を映し出すほか、当システムにアクセスすることができる、いわばターミナルのような役割も兼ねている。住居ごとに最適化され、なんならモーニングコールといった雑用までやってくれるのは有難いというべきだが、いかんせん融通が利かない。

「てかもうわかってんだろ。体温計…じゃなかった、サーモセンサーからすぐ読み取れるんだからさ」

 RSSの設置は、この街の市長のような役割を果たしている統制管理部によって義務付けられている。第一の目的はセキュリティ対策なので、人の出入りや空気の流れを感知しシステムと共有する方法として、部屋には目立たない形で無数のセンサーが取り付けられている。

「センサーから体温はわかりますが、健康状態を正確に把握するためには本人の自己申告が不可欠です。そもそも健康であるということは個人により基準が異なる曖昧なものであり…」

「はい、元気です。すこぶる元気です」遮るように言う。

「声紋分析…現在の体温、36.2℃…健康状態、心身ともに問題なしと判断。外出を許可します。」モニターの波形表示が消える。

「ふう…メシとか作ってくれたらまだいいんだけど…」

 RSSには部屋の清掃や食事の提供など、個人の好み、気分、趣味が大きく関わるものに関しては対応していない。例えば部屋の電気は点けたり消したり、といった基準がはっきりしているのでOK。風呂の支度は温度と湯量を設定すればそうそう変わらないのでOK。ゴミ捨てはゴミとなる基準がはっきりしないので非対応、といった具合だ。言ってしまえばちぐはぐな感じもするが、役には立っているのでヨシとしている。ちなみにだが、RSSには好きな名前をつけられる。なんとなくガルネにした。

 朝食の準備のため食材を漁るが、特にめぼしい物も見当たらなかった。外に出るかと準備をしていると、ガルネが無機質な声を発した。

「新しいメッセージを受信。確認しますか?」

「誰からだ?」

「ミコさんです」叔母さんだ。

「表示してくれ」

「承知しました」モニターに文字が現れる。

『クリスへ。元気にしていますか?最近暖かくなって……』

 要約すれば最近どうしているか、体調を崩したりはしていないか、学校ではうまくやれているかなど。一人暮らしの学生を心配する家族の、よくあるやりとりだ。最も、家族というものはよく知らないが。

 中学校を卒業してすぐ、両親が突然姿を消した。当時たまたま近くに住んでいた叔母の助けを借りながら持ち物を漁り携帯、仕事場、友人・知人へ連絡を取ったがついに見つかることはなかった。親とは言え人のものを手当たり次第に漁るうしろめたさ、行方不明者届を提出したときの警察の義務的な反応。あまり思い出したくはない記憶。叔母の転勤に伴い、高校生になったと同時にこの街に預けられることになった。

 近未来を現実にするため作られた街だとかで、巨大なビルや目に残像を残していく感バリバリの敷き詰められたネオンに面食らったが、住めば都で高校にもすっかり馴染んでいた。

 ****

 静まり返る講堂。ステージに一人立つ姿。赤髪に切れ長の目、ビビッドカラーのパーカーを羽織った彼女は、声高らかに告げる。

「メンバーの皆様。今宵はお集まりいただきありがとうございます。皆様にまず、ご報告したいことがあります。」

「皆様もよくご存じの通り、我らモニュメンツ・トラストはこの街の人間という存在もとい、人の心を取り戻すべく立ち上げられた団体です。この目的を達成すべく、今日に至るまで様々な取り組みを手掛けてきました。統制管理部からの仕打ちに屈せず、街の人々からの好奇な視線にも揺れることなく、続けることができたのはひとえにメンバー一人一人の献身に尽きます。昨年より本格的に動き始めたプロジェクト、アクトDも、最初は実に小さなものでした。ですが、――」

 一呼吸。息を吸い込み顔を上げた彼女は、晴れやかな表情を浮かべた。

「この度管理部の認可を受け、ボイド・シティ内の一取り組みとして正式に採用されることが決まりました。旧世界で付けられていた名前をもとに、このぬいぐるみをブッコローと名付け、製造を開始します。」

 彼女の手には、橙色の体に茶色の羽角を持ったミミズクのぬいぐるみが掲げられていた。

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