思惑

 果敢にも、或いは無謀にもというべきだが——素手でジャンゴに立ち向かった。だが、相手も丸腰ではない。拳が届く直前、ジャンゴが指を鳴らすと音もなく物陰から銃を構えた人影が現れた。おそらく護衛だ、クリスは足を止めざるを得ない。

「チッ!」舌打ち。さっきの商店街には確か、下半身の動きを極限まで引き上げる人工関節が売られていた。欲しいなんて思ったこともなかったのに、なぜそんなことを今考える。いいや、目の前を見ろ。銃を。護衛を。ジャンゴヲ。コロセ。

「やめるんだ!」ローズの声。後ろから羽交い絞めにされる。

「君はまだの身だろう。そんなことで正面からぶち当たっていたら、いずれ君の思考回路も、身体も、シティの一住民と何ら変わらなくなるぞ!」

「叔母さんはなぜ、君をこの街に送り込んだと思う?かつてシティに属していた身でありながら、なぜこの街の学生として君を転校させたのだと思う?下手すればお互いを危険な目に合わせることになったはずなのに」

「研究員の皮を被った裏切者だから、だろうな」ジャンゴに構わずローズは続ける。

「叔母さんはこの街を守ろうとしていた。大学の一研究員として働いていた時、とある研究成果がボイド・シティのお偉いさんの目に触れたんだ。学長を通じ極秘に出されたシティへの研究員としての誘いを、嬉々として引き受けた。」声のトーンが下がる。

「先端技術に触れる喜びもひとしおだった。だが気づいてしまったんだよ。一定のレベルを超えてしまった科学は、人に影響を与えるどころか人ならざるものに変えてしまったという事実に。私が知っている限り、研究所や管理部に対して数十回に及ぶ抗議を行った。ついに聞き入れられることはなく、この街を去ることにしたが…」

「君に、この街を変えて欲しかったのかもな」

「変えて欲しかった?」

「紙の本が好きなんだろ」

「?」

「図書館や書店に行くのが好きで、行ってはありったけ買い集めていたそうじゃないか。外の世界にも一応、電子書籍なんてものはあるのに」

「電子書籍はなんとなく合わないなと思っただけだ」

「だから何だ、という話だがね。おそらく君には便利なものが人を幸せにするとは限らないという思いがあるんだ。無意識のうちにね。」

「ただの好みの問題だろ」

「勿論それもあるだろうが…私も外から来る人間を多く見てきてね」一瞬ジャンゴのほうを見やる。彼は鼻を鳴らした。

「皆数カ月もせず、身体の一部を機械に換えるんだ。無理やりさせられたというわけでもなく、商店街や売り子の連中に根負けしたわけでもなく。自らの意思で」

「だから叔母さんも、私に君の保護を命じたんだろう」

「…叔母さんの何を知ってるんだ?ローズさんは、何者なんだ?」

「昔助けられたことがあってね」

「さて。今からお前らは管理部取締法により罰せられることになる。穏やかに進めるつもりだったが、危害を加える意思を見せた時点でアウトだ」

「ブッコローという名前、私のお気に入りでね」クリスは哂う。

「何を…」

「フフッ。プランB、お前らをぶっ殺すにはうってつけってわけだ」

「ブッコロー内部の通信装置を起動。アクティブ。ステータス、オールグリーン。管理部ネットワークへのアクセス、ラウドアンドクリア。データ送信実行まで10秒…5、4、…」ジャンゴの顔から余裕が消える。

「おい、何をやっている!奴を止めろ!」何がなんやらといった様子で護衛が駆ける。クリスは訝し気にローズを一瞥した。まるで話がつかめない。

「便利な世の中ってのは実にいいもんだな!実行エクセキュート

 ***

 ウェブサイトやサーバーに対し、複数のコンピューターから大量のアクセスを行うことで機能停止や妨害に追い込む。これを分散型サービス妨害攻撃、またはDDoS攻撃と言う。

 ローズ率いるモニュメンツ・トラストの目論見は正にこれだった。ブッコローのぬいぐるみの内部に仕掛けた小型通信装置を、街全土から一斉に管理部のネットワークにアクセスし一時的に機能を妨害する。その混乱に乗じて奴らは管理部の中枢系に入り込み、ボイド・シティが進めた人機一体計画の全貌、及び機械への置き換えを行った際の人体、精神に対する影響をまとめた研究結果やデータを白日の下に晒したのである。結果、事態を重く見た日本政府はボイド・シティの閉鎖と統制管理部の解体を命じた。マスコミとメディアはこぞって、この街を作り上げた政府や主要な研究機関を糾弾した。

 ん?

 懐かしくも憎たらしい。文字の羅列に目を通していると、ふとアクセス時刻とアクセス場所に目が留まる。外部から閲覧されているようだな。

 ふむ…なるほど。

「おい。アンタだよ、アンタ」

「さっきからVOID DOLLにアクセスしている、

「ビックリした顔をしているな。なに、別にアンタの居所を暴くつもりも、口封じをするつもりもないさ」

「ボイド・シティはあくまで一支部。全国各地に『シティ』は存在する。イノベーションには犠牲がつきものだ。シティの発展を願っているのは日本国民、お前ら自身であることを忘れるな」

 —————アクセスが遮断されました——————

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

VOID DOLL @P_Ping

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ