第4話 新しい自分
家事ってさあ、普通に生活してりゃできるもんだと思ってたよ。
こんなにしんどいもんだったんだ。
これじゃ、金がある人間は他人に頼むよなぁ。
うちの人らの給金上げたほうがいいんじゃないかって本当に思ったな。
僕も着替えとか、自分の部屋とかは掃除もしてたし。
料理だって野営の時とかは手伝っていたから慣れればできるって思ってたんだ。
きちんと家事をするって大変なんだって心から思った。思い知ったんだ。
あれは良い経験だ。人間にとって本当に大切なことはやって見ないと分かんないんもんだね。
「すみません。家事ギルドに登録はこちらでいいですか?」
僕もね、ギルド登録は初めてじゃないけどね。
一応、聞いてみるよね!
「は、はい。こちらです」
カウンターの向こうから小走りでくるおかっぱの少女。
危なっかしいなぁ。
うわっ、こけた……ま、まあそんなに早く走っては無かったから大丈夫なんだろうけど。
「大丈夫ですか?」
声はかけるよね、いくら大丈夫そうでも。
「ひゃい、らいじょうぶでし……」
鼻を押さえながら答えてくるけど……
鼻から血がでてるよ……どんなこけかたしたんだ……
「すみません、お待たせしております。お客さまですか?」
横から、妙齢の女性が替わりにカウンターに入ってきた。そして鼻血少女は他の人に連れられて部屋から出ていった。
「ああ、いや。こちらのギルドに登録と斡旋をお願い……」
「シル様では無いですか!
あー……うん、僕を知ってる人もいるよね。
慌てたような口調で尋ねてくる。まいったな。
「違う違う。彼女らはとてもいい仕事をしているよ。そうじゃなくてね、冒険者も飽きてきたから、他ので生活の術を得たいんだ」
不思議なものを見るような目でコチラを見てくる。うん。なんでか最初はみんなそんな感じなんだよね。
「え?シル様は他のでも十分生活できるとおもいますが」
あ、また言われた。
「まあ、そうなんだけど……家事って面白そうじゃないか……」
本音でそう思っているんだけれども、必ずその後は胡乱な眼で見て来るんだよねぇ。
「シル殿?仕事は遊びじゃないのは分かってらっしゃいますよね?」
やっぱりそう言われたか。はは…
「そりゃ当たり前じゃないか。僕だって真面目に仕事をするよ?」
本気なんだけど。
「……アイアン低級からになりますが……」
うん。知ってるよ。
「そりゃ、当たり前だね!登録してくれるかい?」
「ええ、まあ……カードをお願いします。本当に登録するんですか?」
カウンターの彼女は呆れたと言わんばかりの表情をすぐに改め、問いただしてくる。
「はい! お願いします!」
両手で自分のギルドカードを差し出す。
「シル様……なんですか!カード色がアイアンですが?えっ?」
ビックリされちゃったよ。いつもの事だけど。
「そうそう。商人ギルドがねぇ、なかなか上がんないんだよなぁ。新しいもの作って売って歩かなきゃだめかなぁ」
今年はまだ商品を一つしか開発してないし。でも売り歩くのが大変なんだよねぇ。
あれも少しは真面目にしなとね。
ああ、新しいのをいくつか持ち込んでおくか。
「まさか商人ギルドまで……いくつ登録されているんですか……」
呆れたように彼女はこちらを見てきた。
うん。ま、ね。
一つ二つ…数えてみると今は線が五本。
「えーっと……今五本だからここで六本になるかな?」
うわぁ、六本目かぁ。ちょっとだけきついかも?
大体、五本ぐらいになるように調整はしている。
だってさ、自分からやめるならまだしも放り出されちゃったら家の方から何を言われるか分かったもんじゃない。
それくらいが僕の能力の限界なんだ。
まあ、商人と冒険者の方は色々手があるからなんとかなるかも。
「なるかなじゃなくて……ああ、もう。カードを貸してください。登録してきます。あと講習会はきっちり受けてくださいね!」
「はーい」
カウンターの中の彼女は僕のカードを持って奥の部屋に入って行った。
「講習会は三日後です。朝三つ目の鐘の後に行います。忘れないように来てくださいね。逃すと十日になりますよ。いいですね?」
彼女はカードを僕に渡しながら講習会の日時を伝えてくる。
講習会ねぇ。どんな事するのかな?
楽しみだ。
講師役は妙齢の女性で
今期、新しく登録した人は僕を入れて四人。
一人は、夫を亡くして働かざるを得なくなった寡婦。
一人はようやく働くことを許可された幼い少女。
もう一人は、落ちぶれてしまった元商家の女性。
ほとんどは一年が始まる月。
学校を卒業したり、就職や結婚して住む場所が変わったりしてからのギルド登録が普通。
中途なのはそれぞれ理由があるという事。
うん。そうだね。人生何があるか判んないからね。
講習会では、雇われる時の契約の仕方から、仕事に関する約束事。
まあそうだよね。
ただの家事をするつもりで行ったのに、性的な役割を押し付けられても困るよね。
他にも、契約で掃除や食事の用意で行ったのに、洗濯から庭仕事までさせられても困るしね。
そういうのがして欲しければ、契約のやり直しを求めることが出来るって……
うんうん……まずはそういう契約のお話かぁ……
ん、次は見習いとしての期間がある。
ほぉ。見習い期間は安いけれど責任が求められないんだ……へぇ……
教育について。
うんうん、教育かぁ。やり方を習う事も出来るのか。
あ、そういえばうちに来ている子の中にも見習いっていたよね。
掃除の仕方なんかを習ってたのはそういう事か。
あれ?じゃあボクは自分ちで習う事になるのかな?
うーん。窓掃除なんてさせて貰えそうにない気がしてきたぞ。
面白そうなのに。
あ、料理とかもあるんだ!
ふんふん。料理を習う事も出来るんだ……
え?それって料理人になるって事?
あ、違うんだね。普通の料理を作る……普通の料理ってなんだろう。
厨房の賄のことかな……
どれもこれも、まずは習いたいよね!
で、これから何をするの?
面談? 何? あ、今できる事の確認なんだね。
職員のマーサさんからできる事と熟練度を尋ねられる。
「出来る事? 掃除?は一応した事が有るよ。えっと学院に通ってた頃に数度やったなぁ。あ、冒険者ギルドの初級依頼でもやったよ。床掃除と厠掃除。あんまり汚過ぎたからちょちょいとやって叱られたよ。いい思い出だね!料理…討伐依頼の時に肉の解体はした事があるよ。その時に肉を焼いたりしたけど? えっ? ただ焼くのは料理じゃない? 一応、岩塩を削ったりして味付けというやつもやったよ? 教えてもらいながらだけどね。うん、普通の生活の補助だからって軽くは見てないよ!食後の片付け? あの時は穴を掘って埋めたんだけど。普段? やりはしないなぁ。家とかでしようとしても許されないし、学生のころは、全部従士してくれてたからなぁ。トレーを戻したりもね。」
できる事を一つづつ質問され答えていくけど、相手の表情を見る限りあまりできる方じゃないみたいだ。
マーサさんは1人づづ何枚かの紙を見せ色々決めていく。
寡婦の彼女はすでに職にありつけたみたいだね。早いなぁ。
で、幼い少女は見習いとして商家に預けられることになったんだね!
良かったね。
で、僕と落ちぶれた彼女はしばらくギルド内での教育を受けることになったんだ。
なんでだろう。いや、うん何となくは分かるんだけど。
分かってはいるけど…
ギルド員になったからは下っ端なので敬称はないので僕はただ単にシルと呼ばれる事、最低限のことすら出来ない今は一つづつ覚えていかなといけない事、人様の所でお金を稼ぐ最低限の事が出来ないと働く場所が与えられない事などの説明を受けて教育が始まった。
シル!魔法を使うんじゃありません!そこは雑巾を絞ってですね……
まだ汚れは落ちて無いですよ。隅から隅まで……
シル!皮が厚すぎです。もっと丁寧に薄く剥いて下さい。食物の無駄です。
丁寧に扱わないと!ほら!これで割った食器は何枚目ですか!
シル……シル……シルシルシル…
そんな教育の日々が始まった。
ボクは頑張った……
筋肉痛が身体中に…… 心もすごく痛い……
自分がこんなに出来が悪いとは。何事も何となく出来てきた人生だったのに。
そして落ちぶれ彼女も、何か言われるたびに唇をかんでいたけど。大丈夫かな?
冒険者シルの日常茶飯事 こーゆ @kouyu421
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