【KAC20235】―③『マッスル・ソフィズム―筋肉の生み出す詭弁―』

小田舵木

『マッスル・ソフィズム―筋肉の生み出す詭弁―』

 筋肉の動きを分子的に記述するなれば。

 モータータンパクたるミオシンがこより状のアクチンフィラメントを引っ張る動作と言うことができる。

 それは筋繊維の中の数え切れないメカニズム機構の動きであり。

 

 俺は―変か?

 

 世界は束ねられている。

 数多あまたの世界が可能世界かのうせかいとして存在し、その中の確定されたモノが俺の世界な訳だが。

 確定された、もしくは、俺が観測する世界の周囲には可能世界が広がっていると考える。それが可能性と言うものでは無かろうか?

 

 なんて。筋肉に多世界解釈たせかいかいしゃくを乗せながら鍛える。

 己をいじめる行為には哲学的思考しこうが似合う気がしないか?

 これもまた俺の偏見なのだろうか?

 

 のだ。

 

 俺は現状に不満を抱いてない。

 こうやって頑健がんけんな筋肉に恵まれた俺は祝福されているとさえ思う。

 だがしかし。現状以外の俺を考察するのもまたたのし。

 無数に分岐する現在、俺が曲がりそこねた世界の中に何がある?


こたえろ、俺の上腕じょうわん二頭筋にとうきん」俺は右腕の力こぶに語りかける。

 答えはもちろん無い。と言うかあったら怖い。

 

                  ◆


「君は筋肉に何を求めているんだい?」そう声が聞こえれば。

「我が可能性を見たり」俺は彼女にこたえ。

「…筋肉に語りかけるタイプの変態だったとは」

「筋肉の中の筋繊維きんせんい…その中の無数の分子…

「ますますヘンタイだ」

「そうか?俺はこの束ねられた繊維たち筋肉メタファー暗喩を見るわけだ」

「タダの体じゃんよ?」あきれていう彼女。

?」

でしょうが」

「君は君から世界が開けてない訳だ」俺は独我論どくがろん的な解釈で生きている。

「そこまで自己中心じこちゅうしん的に生きれない。客観的な視点は欠かせない」

「俺はあくまで俺から世界を観測するのだ」

って。自分と世界を結びつけると?傲慢ごうまんだよねえ」

「トレーニーは誰だってそうだろ?」これも偏見なのか?

「君の悪い癖だな。

「…そうだろうか?」思わぬ指摘が身に刺さる。

「世界の解釈と一般のトレーニーをくっつけて巻きこむ辺がまさにそう」

「…反省する」

「クチだけっぽいよね」

「まあな!」

「んで?今日はもうちっと追い込むのかい?」

 

                  ◆


 

 我かく語りき。

 筋繊維きんせんいは我が可能性であり。

 その総体たる俺は―何なのだろうか?

 神か?いやそんな大それたモノでは無いはずで。

 観測者。そう形容するほうがしっくりくる。

 

 ミクロの世界に確定かくてい性はない。量子ゆらぎを勘案かんあんすれば当然の事で。

 俺の筋肉は数多あまたの可能性を包含ほうがんする。それが筋繊維きんせんい

 その一本一本に俺は宿り。数多の人生を生き。

 マシンに打ちこむ俺がいれば、バーベルに打ちこむ俺がおり。

 はたまたジムに居ない俺も居るだろうし、ここに来るまでに交通事故に巻き込まれて死んだ俺も居るだろう。

 ああ。

 、そう思う。

 そして。その内の1つが今の俺に収束し。

 。なにせ。

 俺はここに偶々たまたま俺として存在し。マシンに打ちこんででいる…それはただのパターンの1つであり。

 

 そこに無常むじょうを見、絶望する者も居るだろう。

 だが、俺はこの

 それでもなお、ここの

 だから俺は素晴らしく。俺の筋繊維、筋肉はビューティフル―

 

「なんて御託ごたくを垂れながらマシントレーニングすんな」彼女が俺の傍らにおり。

「健全なナルシズムは健全な肉体に宿る!!」俺は豪語し。

「トレーニーのナルシズムの一形態を見た…」目をせながら言い去っていく彼女。

 

 

                   ◆

 

 きし筋繊維きんせんい。それは1つの動きを志向しこうする。

 俺という世界の総体そうたいに何か『仕事』をさせんとす。

 『仕事』にひたむきになる快感よ。のだ。

 俺のように自己目的でも良いから、何かに向かっていかねばな。

「ふんっ」と蒸気機関きかんのスチームのように吐息を吐けば。

 神経たちは俺の筋肉を硬直させ、腕が上がり、バーベルは持ち上がり。

「はあっ」と息と力を吐けば。バーベルはゆっくりラックに戻り。

 

 その様はまさに筋肉を動力源にした機関。

 

 こういう単純な有様もまた、気持ちがよろしい。

 

「最高にキモいな」また彼女

「俺はな、今、筋肉を動源にしたエンジン機関なの…だ!!」俺はひたすら上げ下げに邁進まいしんし。


」とらしくない事を言う彼女。


「この動きがムーブメント動作機構に相当するとでも?」

「そうさ。君はその動きを秒針にしているのさ」

「…時を刻む筋肉」

「ああ。そう思うと―君の場合、嬉しいだろう?」彼女は俺の顔を覗き込みながら言う。

「まあ…な?」

「そんなに喜んでない?」

「自分が時を刻むなんて思ってもなかった」

「ええ?筋肉に世界をたくすくせに?」

「すっかり失念しつねんしていた」

「アホなの?」

「筋肉馬鹿ばかと呼んでくれ」

 

                    ◆

 

 俺の肉体には限界がある。それは認めなくてはならぬ。

 しかし。筋肉には、世界には―

「限界などないっ!!」俺はスクワットをしながら叫ぶ。時を刻む代わりに。

 収縮する筋肉が悲鳴を上げ。そこに酸が発生し。俺は息を荒らげ。

「ああ。世界よ広がれ、我が肉体を超えっ!!」

「それは無理な相談だ」彼女は俺の汗飛沫あせしぶきを浴びながら言う。

「俺は超越するのだ!」

「…エネルギーが枯渇こかつする様が見える」汗をはらいながら言う彼女。

「補充すれば良いっ。はあっ!」ああ。焼ける俺の筋肉が。

「止めてプロテイン飲みなよ」

「…感謝するっ」俺はスクワットを止め、彼女の手のプロテインを取り、飲み干して。

「良い飲みっぷりだ」

「栄養がみなぎるっ」すかさずスクワットに戻る俺は機械であり。

「飲んだ後にすぐ動くな」あきれ果てて言う彼女。

「俺は動き続けなくては」鍛え始めてこの方。

回遊魚かいゆうぎょじゃないんだぜ?」彼女は言うが。

「…何だろうっ、衝動が…俺を動かすのだっ」時は刻み続けられ。

 

」彼女は事実を突きつけ。


「不安だとっ?」聞き捨てならん。

「そして。

「俺が―迷っているとでもっ!!」言われつつも脚の屈伸は止まず。

「ああ。君は不安で迷ってる。数多あまたの世界を包含ほうがんする、数多の現在を包含する自分の中を」

「つまり?」

「怖がらなくて良いんだ…前に言ってたろ。この可能性に在る自分は奇跡で美しいと」

「ああ、言ったが…

「君は―閉じているんだね」

「閉じているともさ!!我が筋肉の内にっ!!」

「そいつを止めないと―君は永遠にそのままさ」

 

「なれば―どうすれば良いんだよおっ!!」叫ぶ。俺は孤独に耐えかねて叫ぶっ!

「開け。そして―自分をさらけ出せ、筋肉というからにこもることなく」彼女は優しく言う。

「―相手が居ない」屈伸がその言葉を砕こうとしたその時―

 

「私が居るじゃないか」と彼女は言ったのだ。

 

                    ◆

 

 俺と言う筋肉の塊は―世界の総体であり、宇宙の総体で。

 宿

 ユニバース。宇宙もしくは世界の総体は運命的に孤独であった。

 だが。 

 世界は孤独などではなかったのだ。

 筋肉は可能性のたばであり。可能性とは現実の一形態だが。


 


 それを教えてくれたのは。

 腹筋する俺を支えてくれている彼女だ。

 

「まーた御託ごたく考えてる」

「俺はさ」

「んな事気にすんなよ」力強く彼女は言い。

「ああ。なぜなら、筋肉は完全だからな!!」

「違う」

 

 さあ。

 孤独な体に閉じ込められた諸君!!

 鍛えるが良い。己の可能性達を。

 

 なぜなら―そこにはきっと希望に満ちた世界も包含ほうがんされており。

 鍛えれば、君はその可能性を手繰たぐり寄せられるのだから。

 

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