筋肉とモテは比例しない

小池 宮音

第1話

「今日の日直は……森本。悪いけど、集めたノートを職員室まで持ってきてくれ」

「はい」


 今どき生徒に教室から職員室までモノを運ばせるなんて、時代遅れな気がする。でもお願いされたら仕方がない。私は素直に頷いて、クラスメイトが各自ノートを持ってくるのを待った。


 このクラスは理数科で普通科に転科できないので、一年から三年まで顔ぶれが変わることはない。だから三十人という理数科集落はみんな仲が良い。困っている生徒がいたらみんなで解決しようと一致団結するし、誰かが泣いていたらみんなで慰めようと一致団結する。だから、その優しさを私にも発揮してほしいと思って「誰か……」と声を上げてみたが、みんな一致団結して目を逸らした。


「すまん森本。飯の方が大事だ」

「ごめんね、森もっちゃん。お弁当が私を呼んでるから」


 ちょうど昼休憩前だったのが悪かったらしい。みんな森本より弁当を取った。くぅ、育ち盛りはいいことだコノヤロー!


「ううん、大丈夫。これくらいひとりで行ける」


 三十冊のノートを抱え、私は教室を出た。顔には出していないが、心は雨模様だ。誰か私に傘を差してくれ。


 三十冊のノート、と言葉で言うのは軽いがいざ持ってみると普通に重い。帰宅部のひ弱な腕には結構キツイ重さだ。


「よいしょ……」


 身体ごと跳ねさせて腕からズレそうになったノートたちを抱え直すと、前から同じようにノートを抱えた男子生徒が歩いてきた。


「奥田君」

「あれ、森本さんも日直?」


 本来なら関わることのなかったはずの、二年一組普通科。彼は二年生全員の顔と名前を覚えているらしい。三つ子の妹がいるからそれで鍛えられているんだと思う。天才肌なのかと思えば本屋にエロ本を探しに来たり、手のひらサイズのぬいぐるみを手作りしたり、同級生に自分ちを掃除させたり、と何を考えているのか全くの謎人間だ。あまり人に関心を持つタイプではなかった私だけど、「謎」という言葉に研究者になりたい私の中の小さな探偵が「謎を解きたい」と手を挙げた。


 まだ奥田君の謎は何ひとつ解けていない。


「奥田君も日直なんだね」

「うん。今どき日直にノート運ばせるとか時代錯誤だよな」

「だね」


 よいしょ、と二度目の抱え直しをすると奥田君の手が伸びてきた。


「半分持つよ」


 そう言って彼は自分のクラス30冊分の上に私が持っていたノート15冊ほどを乗せた。


「え、いいよ、重いでしょ」

「全然。俺、家にダンベルが三つあるんだ」


 言われて思わず考えてしまった。先日奥田君の家に(部屋の片付け要因として)招かれたが、そんなものなかったような……


「あ、三つ子の妹ちゃんたち」

「そうそう。俺の腕を鉄棒がわりに使うから」


 そう微笑んだ奥田君の腕に目がいった。夏前の季節、合服姿の彼は長袖のワイシャツを無造作にまくり上げている。筋肉の名前は分からないが、隆起した力こぶは確かに存在していた。


 なぜだか鼓動が速くなる。


 いやいやいやいや。有り得ないから。私、別に筋肉フェチとかじゃないし。奥田君の身体に興味なんてないし!


 興味といえば奥田君、エロ本をネットで買ったって言ってたな……


「あのさ、奥田君」

「うん?」

「ネットで注文したエロ本って、どこに隠してるの?」

「ああ、あれは友だちの家に避難させてるよ。さすがにあの家に隠し場所は無いし、園児が三人もいるしね」

「……だよね」


 奥田君ってエロ本を託せるような友だちいたんだ。まずそこに驚いた。


 私、奥田君のこと何も知らないな。


「森本さんも読む?」

「いやいいです」


 これ、普通にセクハラよね? 普通なら軽蔑して距離を取る案件な気がするが、なんでか平気だ。変人と関わるようになって変人が移ってしまったのだろうか。


 目が奥田君の腕にいく。それなりにある筋肉。その腕で私の荷物を持ってくれる優しさ。


「女の子はエロ本読まないんだね」


 黙ってればモテそうなのに、口を開けば変人なんだよな……


 筋肉とモテは比例しないんだな、と奥田くんに教わった。



Continue……


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