筋肉馬鹿にいじめられていた僕。転生先でも筋肉共が暴れまわっていたので魔剣《筋肉殺し》で反逆する

大柳未来

本編

 天気の良い日。こんな日は幼馴染のベルと共に川遊びや木の実を取ったりして遊んだり、剣の稽古をするのにうってつけの日。それなのに僕らは市民の人たちと一緒に神殿に避難していた。神殿は着の身着のままで避難してきた市民でいっぱいだ。外からは戦の音――家が破壊される音や、雄たけびや悲鳴が聞こえてくる。


 僕のそばでベルは震えてうずくまっていた。僕は何とか勇気づけたくて、声を掛ける。

「大丈夫だよ。この神殿は昔の神様が魔剣を封印した場所。きっと筋肉病の奴らも入れっこないよ」

「ありがとう、ケント……」

 ベルも気をつかって笑いかけてくれる。僕は神殿の中央部に刺さっている剣に目をやった。

 いつからここにあるのか誰にも分からず、名すら伝えられていない剣。僕たちのことを守ってくれ――そう祈ったのも束の間、突然神殿の扉が蹴破られた。


 神殿内で市民たちの悲鳴があがる。現れた侵入者は異様な巨体を揺らしながらこちらに近づいてくる。侵入者は体中の筋肉が肥大化しており、首周りの筋肉は太くなりすぎてもはや首がないに等しい状態であった。


「やっと見つけた。女はここに避難していたのか。お前らよく聞け!! 若い女を十人差し出せば命だけは助けてやる!!」

 市民たちはどよめきこそがしたが、動かない。奴らに攫われた者たちがどういう目に遭うかは誰も知らないが、ろくなことにならないというのが市民たちの共通見解だった。


 ぎゅう、と僕の手をベルが掴んできた。怖いんだ。ここで勇気を出さなきゃ――僕は一生後悔する――!

「……ベル、行ってくる」

 僕はベルに一言告げる。ベルは言葉の意味を理解できていないかのように呆けていたけど、僕は優しくベルの手を離し、懐からナイフを出すと僕は倍ぐらい対格差のある侵略者に向かって突っ込んでいった。


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 ドスッ!

 ナイフを奴の膝に突き立てる。だが分厚い筋肉に阻まれ、切っ先までしか刃が入らない……!? こいつら、本当に僕たちと同じ人間なのか……?

「痛いじゃねぇか、坊主。おとこらしい勇敢な行為は素晴らしいと素晴らしいが――筋肉が足りんかったなぁ!!!」

 侵略者の巨大な手に首を掴まれ、そのまま持ち上げられるとまるで石でも投げるみたいに軽く投げつけられた。


 背中を強く打ち付ける。肺から空気が一気に出ていき、呼吸ができない。咳き込んでしまい、何も言い返すことができなかった。

 涙で視界がにじむ中、地面に転がる僕の目の前にあったのは例の封印された魔剣だった。刃が禍々しく赤い。この際魔剣でも何でもいい。僕に力を貸してくれ――そんな考えが浮かんでいたその時、頭の中に女性の声が響いてきた。


『転生せし勇者ケントよ。今こそ手にお取りください。筋肉を撃ち滅ぼす魔剣、筋肉殺しマッスルイレイサーを――』


 僕は声に従い、立ち上がると剣の柄を両手で握る。思いっきり剣を抜いたその瞬間、僕は前世の記憶を――この世界で生を受けた理由とその使命を思い出したんだ。




 前世での僕は地球の、日本という場所で高校生だった。前世の僕が通っていた高校は、アメリカナイズされた高校で――歯が白く、男らしく、何より筋肉モリモリの男こそが至高――そういうヒエラルキーで構成されていた。


 両親もそういうのが好きだから僕をこの高校にいれたんだろう。でも僕には合わなかった。結果日陰者となり、学業をそこそこできるもやしっ子が完成した。時にいじめられもしたが、僕は耐えられた。いつの日か、筋肉馬鹿どもを見返してやる。フィジカルではなく、別の土俵で――!


 しかし、その願いは届かなかった。

 僕は大型トラックに轢かれ――その時の運転手すらマッチョで本当に憎らしかった――死亡。見返すという目標を達成することなく僕の目の前は真っ暗になっていった。享年十六歳だった。


 僕は気がつくと、ふわふわした綿のような地面に横たわっていた。

『起きなさい。ケントよ……』

 エコーが掛かった女の人の声が聞こえる。僕が体を起こすと、真っ白な世界が広がっていた。空がどこまでも白く、地面も白いふわふわに覆われている。ここが天国か……?


 この謎空間の中で色がある存在は二つだけ。紺のブレザーを着ている僕と、金髪の女性の二人だけだった。僕は立ち上がり、じっと女性を観察してみる。

 白い布一枚をぐるぐる体に巻き付けている。なんか世界史の教科書とかで見たことあるような、質素な服装だった。古代ギリシャの彫像が実際に生きてたらこんな感じだったのかもしれない。


『ようやく目覚めましたね。ケント。私の名はイヴエイト。あなたが生きていた世界とは異なる世界で、女神として信仰をされている存在です。あなたのその性格を見込み、私の世界へ転生して頂くことになりました」

「転生、ですか……?」


『はい。私の世界では今、漢神おがみアドラクトが暴走し、人間の男性に病を振りまいています。その名も筋肉病』

「は……?」

 今なんて言った? もしかして僕が人生で最も嫌いなワード、筋肉って言った?


『あなたには筋肉病を鎮め、アドラクトの暴走を止めて頂きたいのです』

 筋肉という単語にサブイボが出る。ツッコミどころ満載だ。何だよ筋肉病って。何とかツッコミたい欲を抑えながら、僕は女神に疑問をぶつけた。

「そんな大層なことをお願いされても、僕は一学生ですよ……? できれば筋肉とは無縁な世界で、平穏に人生をやり直したいんですけど……」


『でしたらこの話は無かったことになり、あなたは消滅。新たな勇者を探さなければ――』

「すみませんやっぱやります」

『良いお返事を聞けて何よりです』


 めっちゃ笑顔で返事してくる。しかもこいつ、さらっと脅してきやがった……!

『では、早速転生させて頂きます』

 イヴエイトが僕に右手をかざすと、僕の体がサラサラと粒子状に溶けて空中に舞っていく。

「えっ、なんか……色々教えてくれないんですか? スキルくれたり、転生先の世界のことをもっと教えてくれても……!」


『大丈夫です。世界のことは生まれた後に学ぶこともできますし、スキルについてもかの悪名高き魔剣があなたに手を貸してくれるでしょう』

「魔剣?」

『えぇ。魔剣を手に取った時に、前世の記憶が戻るように設定しておきます。かつて神殺しのために創られ、筋肉を憎む使い手を待ち続けている魔剣――筋肉殺しマッスルイレイサー。その力を振るうのです』


 マッスルイレイサーってダサくないですかー!? と言葉を発しようとしたが、時すでに遅し。僕の体は雲散霧消してしまった。




 神殿へと意識が戻る。どうやら記憶が戻るまで一瞬だったらしい。周りの状況は変わっていなかった。ただ魔剣を抜いたせいで、市民の中に驚きが広がっているといったぐらいだ。

「そんな剣一本ぐらいで、オレを傷つけられると思っているのか。来な」

 手のひらを上に向け、手招きをしてくる侵略者。今の僕は前世の享年と同じ十六歳。ここで死ぬわけにはいかない。何せ――前世で散々苦渋を舐めさせられていた筋肉なんかに、負けるわけにはいかない――!

 僕は唯一知ってるこの剣の銘を教えてやることにした。

「傷つけられると思う。なんせこの剣はお前ら特効――銘は筋肉殺しマッスルイレイサーなんだからなッ!!!」


 助走をつけて、跳びかかろうとしたが視界が一気に上に上がり過ぎる。

 気が付くと僕は侵略者の背後に着地してしまっていた。剣が僕の身体能力を上昇させているのか!?

 振り返りざま、僕は横一線に切りつける。侵略者もただの筋肉馬鹿じゃない。一瞬で振り向いて左腕で歯をいなしてきた。


「はっはっはっ! 出血すらしない! 何が特効だというのだ!」

「自分の左腕――よく見てみろ」

「なっ……なあああああっ!!!?」


 なるほど、筋肉殺しマッスルイレイサー。その銘の通り、一撃が入った左腕だけ筋肉が落ちてやせ細り、一般的な成人男性ほどの太さに戻っていた。筋肉殺しマッスルイレイサーの刃の赤い輝きが、より一層強くなったように感じる。まさか筋肉を――吸っているのか?


 とにかく敵は動揺している――この隙こそ勝機!

 僕は左腕以外の残りの四肢すべて叩き込む。銅は筋肉がそのままなのにそれを支える足がやせ細る。

「あああぁぁっ!!」

 情けない悲鳴をあげ、侵略者は倒れ込んでしまった。間髪入れず、僕は侵略者の腹筋の上に立つと、剣を下向きに持ち一気に胸へ突き立てた。剣は粘土にでも刺さったのかと思うぐらい軽く刺さり、みるみる敵の筋肉を吸っていく。


「うわああああぁぁぁぁぁぁ……!」

 適性くらいと思える体格に戻ったと同時に剣を抜いた。出血はなく、剣が刺さった部分に傷一つない。侵略者は異様に発達した筋肉を失い、一般市民と変わらない体形に戻っていた。


 外からも戦の音は聞こえ続けている。加勢に行かなくては――。

「ケント!」

 蹴破られた神殿の出口に向かって歩くと、僕の名を呼ぶ声が聞こえた。ベルが群衆から一歩前に出ていた。僕のために祈ってくれていたのか、両手を胸の前に握りしめていた。


「行くのね?」

「あぁ」

 僕は魔剣を掲げる。

「女神から与えられた力だ。責任もってあいつらをこの町から追い払わないと」

「わかった。行ってらっしゃい!」


 僕は神殿から出ていく。僕と筋肉との戦いは、まだ始まったばかりだった。

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筋肉馬鹿にいじめられていた僕。転生先でも筋肉共が暴れまわっていたので魔剣《筋肉殺し》で反逆する 大柳未来 @hello_w

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