KAC「賀来家の日常」5.長女の藍

凛々サイ

第1話

「パワー」


 今日もおばあちゃんはあの動画を繰り返し見ている。ここ最近ずっとだ。気が付けばタブレットを持ち、なんとも幸せそうに以前バズった動画を永遠と見続けているのだ。アナウンサーの笑いを嚙み殺す声がまた聞こえてくる。


「おばあちゃん、またあの動画見てる」

「よっぽど気になるのね、昔のその人が」


 お皿を洗いながらお母さんは言った。数日前、なぜその動画を見続けるのかおばあちゃんに尋ねた。その時「初恋の人にそっくりなの」とうっとり顔で言ったのだ。初恋の人はどうやら目がつぶらで、マッチョだったようだ。垂れ目でおっとり顔なおじいちゃんとは正反対のタイプだ。今日もその淡い思い出の声が聞こえる。


「パワー」





 陸上部に所属している私は筋肉を見飽きているほど見ている。同じ部活に所属している同級生や女子から人気のある先輩の筋肉まで、全てだ。確かに筋肉を持つ人間は魅力的だと思う。引き締まった脹ら脛ふくらはぎや太もも、程良く筋が見える上腕二頭筋。まるでダビデ像みたいに美しいと思う。それに健康的だ。そんな元気の源のような象徴に70代のおばあちゃんが魅了されるのも仕方ないと思う。過去に捕らわれる事も。だけどおじいちゃんは少しだけ悲しんだ。「初恋の相手は私かと追い込んでいた」と。


 でもちょっとだけいいこともあった。必要以外に身体を動かさなかったおじいちゃんがなんとラジオ体操を始めたのだ。あの動画に感化されたのだろうか。それとも悔しかったのだろうか。何にせよその事自体はとてもいいことだと思った。健康的に過ごすためにはいくつになっても筋肉は必要だ。筋肉は裏切らない、と誰かが言っていた。もしかすると本当にそうなのかもしれない。




 今日もおばあちゃんはあの動画を見続けている。そして独り言が聞こえた。


「やっぱりとっても似てる、この殿方……」


 その画面にいたのは、あの優しい目元のアナウンサーだった。


 

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