聖女Rの手記より
明星浪漫
シヴァイヌ
──春の
教会の外から声がかけられる。静謐な空間を破るように、聖女様、と。戸が数回叩かれて、聖女と呼ばれる女の返事を待つために沈黙する。女──リュゼは祈りを捧げていたままの格好で、ゆっくりと瞼を持ち上げた。顔を上げると、知を求める女神が、穏やかな笑みでリュゼを見下ろしていた。もう一度だけ瞼を伏せ、深い呼吸をして立ち上がった。戸へ近づくと、ざわついた雰囲気を感じ取った。
「どうかしましたか」
重たい扉を押して、リュゼは穏やかな声で返した。戸の外には街で果物を売っている女が立っていた。女は「あぁ、聖女様······!」と歓喜を含ませた声で、頭を深く下げた。リュゼは女の肩にそっと手を置いて、楽にするように言った。もう一度、どうかしたのか問う。女は答えた。
「見たこともない動物がいたのです、流れ者かと思って、聡明な聖女様にお聞きしようと」
リュゼの前に立っていた女が体をずらすと、女の後ろに、男が数名しゃがんでいた。そして、男たちは、パンのような色をして、懐っこい顔をした獣の首根っこを掴んでいた。その獣は、はふはふと息をしていた。
「柴犬······?」
リュゼの喉から呆けたような言葉が転がり出て、ハッとして、リュゼはきゅ、と口を噤んだ。
「シヴァーヌ?」
「シヴァ······なんとかと言うのですか、これは」
訝しげな男たちの声に、リュゼは神妙な顔をした。
「いえ······昔、本で読んだ、
リュゼの自信なさげな、しかし口元に指を寄せて考えるその姿に、女も男もワッと声を上げた。「さすが聖女様!」「博識でいらっしゃる!」そして獣も、リュゼを見上げてキャン、と鳴いた。その目は、希望に満ちている。
リュゼは口角を少し上げて笑みを作り、首を横に、緩やかに振った。
「しかし確信が持てません」
「聖女様が言うのなら、きっとこれはシヴァーヌで間違いありませんよ!」
「では聖女様、これは誰かに飼育させますか。家畜か、愛玩か、定かでは無いですが食えはするでしょう」
獣がぎょっとしたように息を詰めて、その後、大きく吠えだした。男たちがウワッ!と驚いて、咄嗟に獣を蹴った。キャイン!と悲鳴を上げて、獣は蹲った。リュゼには見慣れた獣であるが、ここの人間には未知の獣であるので、当然の反応であった。
「これ、乱暴はいけませんよ」
「しかし、聖女様······いえ、すみません」
リュゼは笑みを深くした。リュゼの考えは確信へと変わったからであった。
「外つ国の獣がいるとは珍しい。しかし本で読んだところによると、外から来た生き物というのは、元からいる生き物を害する恐れがあるそうですわ」
「なんと······!」
リュゼは一転、悲しそうに眉を下げた。
「この獣は、残念ですが、駆除した方がよろしいでしょう」
蹲っていた獣は、低く唸り声を上げている。リュゼは怯えた様子を見せると、男たちは急いで獣を連れて立ち去った。獣は、大きな声で、ずっと吠えていた。女が、リュゼに礼拝の邪魔をして申し訳ないと言って去っていったのを見て、嘆息した。リュゼは知っていた。さっきの獣が、きっと、リュゼと同じ存在であることを。
──春の一月二十日。今日も流れ者がやってきた。
リュゼの住むここは、島国ナーロッパ。古き伝統と街並みを守るこの国は、別名を「流れ者の国」と言った。ここには、何故か「異世界から来た」と主張する輩が一定数訪れる。
──外から来た獣は元からいるものを害すると聞く。民には処分するよう助言した。
そう、元からいる者が害されないように。
聖女・リュゼは、転生者である。
***
副題『転生してもふもふになったので異世界を満喫しようと思ったら、聖女を名乗る女に処刑されたんだが』
聖女Rの手記より 明星浪漫 @hanachiri
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