第22話 それはもう

 鉄也は光石の手の中のスマホの画面を見てみた。

 表示されていたのはインパクトガールチャンネルの管理画面だ。彼女がインパクトガールとして投稿してきたこれまでの動画のサムネイルがズラズラと並んでいる。再生回数一桁。いいね、コメントはゼロ。


 これは墓場だ。誰も訪れることがない、動画たちの墓地だ、と鉄也は思った。胸が締め付けられるような思いがした。


 大分方向音痴な努力ではあるが、彼女は彼女なりに配信者として頑張っているのである。承認欲求由来のアレな動機とはいえ、ダンジョン探索と配信にかける光石優華の情熱は本物である。一度しか探索に同行したことはないが、それでも鉄也は確信を持っていた。


 ……まあ、それだけ彼女の承認欲求が強いということでもあるのだが……。悪い奴に騙されたりしないといいけど……。鉄也はちょっと光石の将来が心配になった。


 それはともかく、激しめにズレた努力とはいえ、その結晶がこの無惨な画面というのはやはり可哀想だと思った。これは励まさないといけない。そう思った鉄也は、光石の肩に手を置いた。


「ひょわっ! し、神藤くん……? ど、どうか、しましたか……?」


 光石の体がびくっと跳ね上がった。その顔は真っ赤になっている。

 あ、そういえば彼女は俺相手に自爆してくるんだったな。肩に手なんて置いたらこんな反応になるのは当然か。


 光石の反応ははっきり言ってメチャクチャかわいい。が、今はそういうことをしている場合じゃないと鉄也は頭を切り替えた。


「……光石、人間の価値は投稿した動画の再生回数で決まるわけじゃない。光石にはチャンネルの管理画面には映らないいいところがたくさんある。メガネが似合うとか。メガネがすごく似合うとか。メガネをかけるとメチャクチャ似合うとか」

 心を込めて真剣に、鉄也は己の本心を語った。


「その三つ全部一緒! 私のいいところ一つしかないじゃないですか!」

 鉄也は心の底から褒めたのだが優華は不満をあらわにした。


「励ましてくれるのは嬉しいですけど、もっとよく画面を見てくださいよ。ほら、ここ……」

 光石がスマホに映っている管理画面の一部を指さす。

 鉄也は指示通りにその場所を見た。


「ん……お、これは……」


 光石が示していたのはインパクトガールチャンネルの最新動画のサムネイルだった。つまり、鉄也が彼女と出会った、昨日の探索の動画である。もう編集してアップしたのか。仕事が早いな、と思った鉄也だったが、画面をよく見ているうちにある事実に気づいた。


「この動画、再生回数が……三十七回……」


「そうなんです! そうなんですよ! 今回の動画は再生数が三十七回もあるんです! インパクトガールチャンネルにおいて、初めて動画の再生数が二桁に達したんですよ!」


「おおー」

 ドヤる光石に鉄也は拍手を送った。


「しかも、初めていいねがつきました!」


「おおー」


「しかもしかも、初めてのコメントまでつきました!」


「おおー」

 連続でドヤる光石に鉄也も連続で拍手を送った。


「よかったじゃないか」


「まあ、コメントの内容は神藤くんについてなんですけどね」


「そうなのか」


 光石に言われて改めて見てみると、コメントには『一緒に戦っている探索者の人、すごい威力の魔弾撃ってますね! こんなの初めて見ました!』と書かれていた。


「……なんか、ごめんな」


 あくまで光石のインパクトガールチャンネルなのに自分の方が目立ってしまったような気がして、鉄也は詫びた。


「いいんです、いいんですよ……いいねとコメントがもらえただけで、チャンネル的には大成功ですし……」


「本音は?」


「私も褒められたいです!」

 承認欲求強めの少女、インパクトガールこと光石優華はキッパリと言った。


「だよなあ……」


「というわけでですね、今回、神藤くんと結果的にコラボすることになったおかげで、再生回数が過去最高を記録しました。だから、その、時々、神藤くんの気が向いてて、都合が良いときがあったりしたらでいいので、私のチャンネルに出演してもらえないでしょうか」

 ためらいがちに光石が言った。


「それだったらもうパーティ組んじゃった方がよくないか?」

 鉄也が言うと光石はぽかんとした顔になった。


「パーティ? 私と、神藤くんが……?」


「ああ。ダメか?」


「……いいんですか」


「え?」

 鉄也が言うと、光石はずいっと前に出てきた。


「私なんかで、いいんですか? 私、昨日の夜はベッドの上で神藤くんとパーティを組んで一緒に探索する妄想に励んでいたんですよ? ちょっと劇的な出会いをして、助けてもらって、その上優しくしてもらったからってその日のうちにそこまでやっちゃうような女なんですよ? そのおかげで夢にまで神藤くんが出てきて、夢の中でも二人で仲良くダンジョンの探索してたんですよ? おまけに現実じゃコミュ障の私も夢の中では積極的になれて、それはもう楽しい時を過ごして、朝目覚めた時は現実の自分とのギャップで死にたくなったんですよ? そんな私と、神藤くんはパーティを組んでくれるっていうんですか?」


「そんなことしてたのか……」

 若干たじろぎながら鉄也が言う。


「してたんですよ。それはもうバッチリ。これ以上ないほど完璧に、徹底的に、妄想の世界で神藤くんとよろしくやってたんですよ」


「この国には内心の自由があるんだし、わざわざ申告しなくてもよくないか……」


「わかってるんです。私もこんなこと言わなくていいってわかってはいるんですよ。でも、パーティ組まないかって言ってもらえたことが嬉しすぎて、絶賛混乱中なんです。そうしたら、なんかもう本音をぶちまけずにはいられなくなってしまったんですよ。わかります、この気持ち?」


「わかるようなわからないような……。でもな、俺もその、インパクトガールガチ恋しかけた勢だから、光石がそんなことしてたって言われると正直言って、嬉しいんだが……」


「あっ、そ、そういえば、そうでしたね……神藤くんは、私のこと……」


 異様なテンションで捲し立てていた光石だったが、そこでようやくトーンダウンした。

 ガチ恋しかけてる件について意識されるのはちょっと恥ずかしいが、あのテンションのまま放っておいたら光石は後で死にたくなるようなことを言ってしまいそうだし、これでいいんだろうと鉄也は思った。


「と、とにかく、俺としては光石のインパクトガールチャンネルに協力するのは問題ないし、それだったらパーティ組んだ方がいいと思う」


「そ、そうですね。神藤くんがそう言ってくれるのであれば、パーティ組むことにしましょうか」


「決まりだな。これから一緒にインパクトガールチャンネルを盛り上げていこう!」

 気合を入れて鉄也が言うと、光石もうなずいた。


「はい! 一緒に頑張りましょう! 私の承認欲求を満たすために!」

 インパクトガールこと光石優香は元気よくそう言った。


「……やっぱりそこは大事なのか」


「それはもう」

 光石はキッパリとそう言ったのだった。

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ソロ探索者、美少女ぼっち配信者と組んでダンジョンに挑む 三条ツバメ @sanjotsubame

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