第21話 光石優華の正体

「…………」


 鉄也は周囲を見回す。

 当然、あのピンク髪はどこにも見当たらない。メイド服の女の子だっていないし、巨大なインパクトハンマーを担いだ女の子もいない。


「えっと、今度こそ、わかりましたよね、神藤くん?」


 振り向いた光石が期待を込めた目でこちらを見てきた。


「すまない。知り合いがメリーさんごっこに付き合わせようとしてきたみたいなんだ。でも安心してくれ。ブロックしておいたから。いまは光石のメガネの方が大事だからな」


「ええっ! ブ、ブロック……? うわ、本当にブロックされてる……そんな……」


 慌てた様子でスマホの画面を確かめた光石はショックを受けていた。


「光石」


 鉄也はすっと彼女の手を取った。光石優華の体がびくんと跳ね上がる。


「お願いだ。メガネを外したりしないでくれ」


「いや、あの、だから、そういうことじゃなくて……でも、神藤くんがこんな風にわたしに接してくれるならもうわかってもらえなくてもいいかも……いや、よくない! よくないよ! 神藤くん、ちょっと下がっててください!」


 光石はなにやら葛藤している様子だったが、決意を固めたように言うと、鉄也の手をふりほどいた。


「ごめん。俺、強引だったよな。でも、光石にはメガネが本当によく似合うって気持ちに嘘はないんだ。それだけは、わかって欲しい」


 鉄也は可能な限りの誠意を込めて言う。つい興奮のあまり手を取ったりしてしまったが、彼女を怖がらせるつもりはなかったのだ。ただ、メガネをかけた光石がいかにかわいいかを伝えたかっただけなのである。


「い、いえ、すっごくドキドキしただけで、わたしも嫌だったわけじゃないし、もう正体がわかってもらえなくてもいいんじゃないかなって思いかけたくらいだけど、でもやっぱり、神藤くんにはきちんと伝えておきたくて……」


「光石の、正体?」


 鉄也は首をかしげた。彼女は普通の高校生のはずだ。正体もなにもないはずだが……。


「わ、わたしは、配信者の、インパクトガールなの!」


「いや、そんなわけないだろ」


「真っ向からの全否定!? も、もう! こうなったら……」


 鉄也があっさり否定すると、光石はムキになったようにポケットから小さな櫛を取り出した。それは鉄也も見たことがある、ダンジョン産のアイテムだった。髪を梳かすだけで髪の色を変えられる、探索者だけでなく一般の人にも人気のアイテム……。


 束ねていた髪をほどいた光石がささっと櫛を入れると、その黒い髪が、ピンク色に変わっていく。ものの一分もしないうちに、髪全体がピンク色になった。そして、鉄也の前に、昨日衝撃的な出会いを果たした、あの人物が出現していた。


「イ、インパクトガール!」


「やっと、やっとわかってくれた……」


 正体を知って驚く鉄也を見て、光石優華ことインパクトガールはほっと胸をなで下ろしていた。


「なんで神藤くんは気づいてくれなかったの! わたし、髪の色で識別されてるの!?」


「いや、なんていうか、申し訳ない……」


 鉄也は素直に謝った。まさか光石がインパクトガールだったとは。メガネを外したのはそれで気づいてもらえると思ったからなのだろうが、あれだけメガネの似合う美少女からそれを取ってしまうことへの憤りのせいで鉄也は我を失ってしまっていた。


 改めてきちんと見てみれば、たしかに彼女はインパクトガールである。むしろどうしていままで気づかなかったのかと不思議に思ってしまうくらいだった。


「メッセージだって送ったのにブロックされちゃうし……」


 光石が頬を膨らませる。


「いま解除したから……許してくれ……」


 鉄也はふたたび彼女に詫びた。あのメリーさんごっこもこっちに気づいて欲しくて送ったサインだったわけだ。本当にどうして気づかなかったのやら。いや、理由ははっきりしているな。


「わたしはちょっと劇的な感じで正体を明かしたかったのに、神藤くんはメガネのことばっかり……」


「それはまあ、メガネをかけた光石がとにかく魅力的で、他のことが考えられなかったから……」


「さ、さっきもそう言ってたけど、そんなに、その、わたしが、か、かわいかったの……?」


 光石はかなり不安そうな様子で聞いてきた。


「はっきり言おう。最高だ。メガネをかけた光石は、誰よりもかわいくて、誰よりもきれいだ」


 鉄也は決然と言った。


「さ、最高って……」


「いまのインパクトガールの状態でもかなりの美少女だと思うが、黒髪でメガネだともっといいんだ」


「い、いまのわたしもかわいいの!?」


「ああ。昨日ダンジョンでカッコいいとか言われてガチ恋勢になりかけたくらいには」


「神藤くんが、わたしに、ガチ恋……」


 ぽーっとした顔でインパクトガールがつぶやく。


「そ、そんなこと、本人に向かって言っちゃって、いいの……?」


「いや、そっちだって昨日は派手に自爆してたし……」


 鉄也は言った。昨日の帰り道での連絡先交換の下りはかなりアレだった。向こうがあれだけ色々とぶちまけていたのだから、こっちだって多少はいいだろうと思っていた。


「そうでしたね……ハハッ……」


 光石としても昨日のアレが自爆だったことは自覚しているようで、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「それで、ひょっとして今日呼び出されたのは昨日の自爆の続きなのか? それだったら、俺の方も自爆する用意はあるが……」


 鉄也は言った。自分が大分恥ずかしいことを言っている自覚はあるが、もはやそのあたりはどうでもよかった。これほどの相手が自分に対して自爆してくれたのだ。こちらだって誠意を見せて自爆する覚悟は出来ていた。


「そ、それは、すっごく、すっごく魅力的な提案なんだけど、でもそのこととは違う用件なの。……いずれは、自爆の話もしたいんだけど、いまは違うの。とりあえず、いまは……」


「そ、そうか……」


 昨日の続きでないのは残念だったが、光石は鉄也以上に残念そうに見えた。まあ、いずれはそのあたりの話もすることになるのだろう。とはいえ、その件でないとなると一体何の用事なのだろう。


 そう思っていると、インパクトガールは鉄也に向かってスマホの画面を見せてきた。

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