第20話 それを外してしまうだなんてとんでもない
「放課後、校舎裏で待っています」
光石優華からの手紙にはきれいな字でそう書かれていた。
佐伯は「神藤にも春が来たか。そこそこの女子を狙う奴は俺の敵だが、ランクの高い女子を狙う奴は応援するぜ」とクズっぽいことを言いながら親指をグッと立てていた。
ハーレム志望の坊主頭と違って、鉄也は浮かれたりしなかった。単純に、光石とは接点がなにもなかったからである。
一応同学年だし、たまに姿を見かけることはあった。だから顔と名前は知っているが、ただそれだけ。角縁のメガネが似合う、物静かな雰囲気の女子だということくらいしか知らないのだ。
こんな風に呼び出される理由に心当たりは全くなかった。だが、イタズラということはなさそうだった。手紙を渡された佐伯曰く、彼女はかなり真剣な様子だったとのことだ。心当たりがないからといって無視するというのはやはりよくないだろう。何の用かはわからないが、いくしかない。
放課後まで動く必要はないが、そうはいってもこんなものをもらったのでは相手のことが気になってしまう。
休み時間、鉄也は佐伯に話を聞いてみることにした。
「なあ、光石ってどんな子なんだ?」
「お、やっぱり気になるか。いいぜ、俺は将来のためにこの学校の女子のデータは大体頭に入れてある。この俺が、恋のキューピットになってやろう」
佐伯はにんまり笑ってうなずいた。坊主頭のキューピッドはなんか嫌だったし、そもそもキューピッドが必要になる状況なのかもよくわからないのだが、ここは話を合わせた方がいいだろうと鉄也は思った。
「ああ、頼むよ」
「おーし、任せろ。……といっても光石に関しちゃあんまりデータもないんだけどな。見た目通りの性格のおとなしい女子で、友達はあんまりいないようだ。休み時間は一人で本読んでるか自習してることが多い。成績はいいな。ああ見えて運動もいけるタイプだ」
「へー、そうなのか」
言われてみれば、メガネをかけた光石が体育の授業で活躍しているのを見たことがあるような気がした。
「性格が性格だし、うちの学校にはなんていってもアイドル配信者の下鶴愛奈がいるから、どうしても陰に隠れちまうんだが、実はかなりかわいいと密かに人気がある。言ってみりゃ我が校の№2だな」
「№2ねえ……」
順位付けするのは失礼だろうとは思うものの、確かにうちのクラスの下鶴に比べれば目立たない存在ではあるだろう。接点がそもそもないのでかわいいかどうかは鉄也にはいまいちはっきりしなかったが。
「データがないって言ったけどよ、その辺のミステリアスさも人気の理由らしいぞ。放課後や休日になにをやっているのかは誰も知らないそうだ」
「予備校とか習い事とかじゃないのか?」
「いや、そういうのには通ってないそうだ。私生活が謎に包まれた我が校の№2美少女。どうだ、気になってきたか?」
「まあ、一応はな」
鉄也はうなずいた。こうして話を聞いてみると、ますます自分に手紙をくれた理由がわからなくなってくる。佐伯の言うとおり、鉄也は彼女のことがかなり気になってきていた。
そうしていよいよ午後の授業も終わり、放課後となった。
「神藤、決めてこい」
「……なにをだよ……」
さわやかな笑みを浮かべる佐伯に呆れつつも鉄也はある種の期待を胸に、校舎裏へと向かった。普通に歩くつもりでいたのだが、気がつくと早足になってしまっていた。
俺はなにを期待しているのやら。これじゃ佐伯の奴を笑えないぞ。自分に対して苦笑しつつも歩みは止められない。校舎裏には大きな木が一本だけ生えていて、目印になっているところがある。そしてそこに、光石優華が立っていた。
「あ、神藤くん、ど、どうも……」
角縁メガネの奥の瞳が、鉄也を見てパッと明るくなった。
その変化に、鉄也はドキッとした。いや、俺と彼女とは接点がないわけで、こんな風に嬉しそうに反応してもらえるはずはないんだが……。というか、この子、メチャクチャかわいいな、と鉄也は思った。
やや小柄で、黒い髪をシンプルに後ろで束ねているだけなのだが、よく見ればはっとするほどの美少女だった。これならたしかに下鶴にも引けを取らない。
いや、物静かなタイプが好みの鉄也から見れば、下鶴優奈よりも光石のほうがかわいく見えた。改めて近くで見る彼女の姿に衝撃を受けている鉄也がなにも言えずにいると、光石が続けた。
「えっと、昨日はありがとうございました」
そう言って彼女はぺこりと頭を下げた。
「昨日? なんのことだ?」
彼女とは接点がない。お礼を言われるようなことなんてなにもしていないのだが。
「なんのことって、それはほら、わたしたちの、共同作業のことに決まってるじゃないですか……」
照れた様子で光石が言う。その姿はかわいいのだが、鉄也はますます混乱した。
「共同、作業? 俺と光石で、なにかしたのか?」
何度頭をひねってみてもなにも思いつかなかった。こうして改めて対面したわけだが、光石優華は鉄也の予想をはるかに超えた美少女だった。こんな子と一緒に何かをしたのなら絶対に忘れたりしない。だが、鉄也には彼女と何かをした記憶なんて全くなかった。
「あ、そういえばあのときは……。いえ、それだったら、こうすれば思い出してくれますよね?」
光石はなにかに気づいた様子だったが、かぶりを振るとそう言ってメガネを外してしまった。
裸眼の状態で、じーっと鉄也の方を見てくる。
「……光石」
「あ、思い出してくれましたか、神藤くん?」
期待に目を輝かせて光石が聞いてくる。そう、メガネを外してしまった目を、期待に輝かせて。
「それを外してしまうだなんてとんでもない」
「え?」
「光石は絶対メガネをつけている方がいい。外したりしないでくれ。その方がかわいいから」
鉄也は強く言った。元がいいのでメガネなしでもかわいいことはかわいいのだが、鉄也はどう考えてもメガネをかけているときの光石の方がかわいいと思っていた。
「い、いや、そういうことじゃなくて……ていうか、いま、わたしのことかわいいって言いました……?」
「ああ言った。これほどメガネが似合う美少女は見たことがない。だから、外したりしないでくれ」
「えええええ…………。ど、どうしよう、嬉しいけど、すっごく嬉しいけど、でも気づいてもらえないと話が前に進まないし……」
光石は驚いてはいたものの嬉しそうだったが、困った様子でもあった。
「そ、そうだ!」
なにか閃いたのか、光石はさっと後ろを向くと、ごそごそと動き始めた。背中を向けられているせいで鉄也にはよくわからないが、どうもスマホを操作しているらしかった。
と、鉄也のポケットの中でスマホがぶるっと震えた。なんだろうかと思って見てみると、インパクトガールからメッセージが届いていた。
「わたしインパクトガールさん、いまあなたのすぐそばにいるの」
スマホの画面にはそんなメッセージが表示されていた。
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